第25話 模索

〈試練〉という謎の現象が起きてから翌日。僕は今日も大迷宮グレイブホールへと赴いて、下の階層へと向かう道すがら隣のルミネに昨日起きたことを詳しく説明していた。


「試練をクリアするとステータスが限界突破できる……」


「うん」


「でも失敗すればテイクくんのステータスが初期値に全部リセットされてしまう……」


「うん。あと、試練を受けないで放棄してもステータスはリセットされちゃう」


「……それって試練を受けるしかないですよね?」


「そうだね。でもこれはチャンスだ」


 僕の話を聞いても全く疑う様子もなく、むしろ心配をしてくれるルミネ。傍から見ればこの〈試練〉とやらは理不尽なものに聞こえるらしい。


「そもそも、僕はもうこれ以上の成長の見込みがないんだ。でもそれを打開できるかもしれない。それならどんな無理難題だろうと僕はやるよ」


「……例え、死ぬことになってもですか……?」


「…………うん、そうだね。挑んだ果てに死ぬのなら本望かもね」


「っ……ダメです!!」


「ルミネ?」


 僕の言葉にルミネは大きな声を出すとその場に立ち止まる。僕も足を止めて振り向くと、彼女は悲しそうに表情を歪めて僕を見ていていた。


「簡単にそんなこと言わないでください……!」


「……ごめん。今のは失言だったよ」


 悲痛なルミネの言葉に、僕は自分の発言の愚かさに気がつく。


 例え冗談であっても一度大切な仲間を失っているルミネの前で「死んでも構わない」なんて言う発言はしてはいけない。

 昨日から少し感情的になってしまっている。落ち着かないと……。


「もう二度とそんなこと言わないでください……」


「うん。本当にごめんね」


「あと───」


「うん?」


「───テイクくんは絶対に私が死なせません」


 目尻に涙を貯めているルミネに再び謝ると、彼女は決心したように力強くそう言った。


「どんなに傷ついても私が絶対に癒してみせます。だからテイクくんが死ぬことは絶対に有り得ません」


「ルミネ……」


「だから絶対に2人で試練をクリアしましょう」


「うん。ありがとう」


 ルミネの言葉に覚悟を改める。


 自分は今一人ではなく。信頼出来る仲間と大迷宮にいる。そのことを再認識して試練に挑もう。


 少し重苦しくしてしまった雰囲気をかき消すかのように、再び下の階層へと向かうために歩き出す。


 ルミネにも情報の共有をしたところで、もう一度試練の内容を確認して考える。


「ステータスの合計値が4500以上の敵を一体討伐……これを30日以内……」


 内容を見た時から分かっていたことではあるけど、この試練は相当な難易度だ。


 まず僕の今のステータス合計値は3674。これはステータスだけを見ればレベル3と同等の能力値となる。


 そして今回の試練では合計値が4500以上のを討伐しろと言っている。これをクリアするには最低でもレベル4相当かそれ以上のモンスターを討伐する必要がある訳だが……現実的に考えて、今の僕の実力でこの試練をクリアすることは難しいだろう。


 実力的にもそうだけど、今主に探索している階層でこんな合計値の高いモンスターと出くわす確率なんてのは限りなく低い。


 ルミネに無理を言って、今日から10階層の探索を始めるつもりだが、10〜20階層で基本的に出てくるモンスターの強さはレベル2で、たまにレベル3のモンスター、更にごく稀にレベル4のモンスターが出現するかと言うところだ。


 21階層以降ならばレベル4のモンスターと

 遭遇する確率はグッと上がるが、今の僕達では死にに行くようなものだ。


 ルミネの強化バフがあってもレベル4のモンスターを討伐できるかは怪しい。成長限界レベルストップの所為でこの試練をクリアしない限り、僕はモンスターのステータスを拾って強くなることは出来ない。


 制限時間は30日と一見、長く思えるけど全くそんなことは無い。更に下の階層を目指すにしても30日ならせいぜい行けても20階層までが限界だ。


 のんびりとどうやってこの試練をクリアするか考えたいところだけど、そういう訳にも行かない。

 まさに〈試練〉と言うに相応しい難易度だ。


 頭を捻らせて考え込んでいると、いつの間にか10階層へと辿り着く。

 そして安全地帯を抜けて直ぐにスキル【索敵】がモンスターの反応をキャッチした。


「────ルミネ」


「はい、いますね。俊敏の強化をかけます」


「うん、お願い」


 すぐさま隣のルミネに知らせるが、彼女は既にスキルの準備をしている。

 綺麗な唄声と共に体に活力が湧いてくる。


【索敵】に引っかかったモンスターの数は4体。まだ接敵した訳では無いが、進んだ先の物陰から直ぐに姿を表すだろう。

 その瞬間目掛けて奇襲を仕掛ける。


「っ!!」


〈不屈の一振〉を構えて僕は一気に飛び出した。


 ルミネのバフのお陰で俊敏のステータスに1.2倍の補正が加わる。これによって数的に不利であっても対応ができる。


 物陰から出てきたのは4体の〈レッドコボルト〉。赤い毛並みが特徴的で普通の〈コボルト〉と比べて一回り体が大きいモンスターだ。


 初のレベル2とのモンスターの戦闘。けれど怯むことなく、一気に仕掛けに行く。

 無警戒に出てきた1体のレッドコボルトの首をすれ違いざまに刎ねる。


「まずは1体ッ……!!」


「グルゥアッ!?」


 野太い犬声が耳朶を打ち、ソレは呆気なく絶命する。


「「「バウッ!?」」」


「ぼとり」と鈍い音をたてて転がり落ちたレッドコボルトの首。それを近くで見ていた他のレッドコボルトの表情は驚愕の色に染まる。


 しかし、それでも奴らは慌てることなく直ぐに冷静さを取り戻して臨戦態勢へと入った。


「……鑑定」


 加速してレッドコボルト達の背後へと周り、奴らのステータスを盗み見る。


 ──────────

 レッドコボルト

 レベル2


 体力:450/450

 魔力:90/90


 筋力:586

 耐久:670

 俊敏:786

 器用:277


 ・魔法適正

 火


 ・スキル

【咆哮 Lv2】


 ・称号

 無し

 ──────────


「こんなに違うのか……」


 一つ階層が変わるだけでモンスターの強さも段違いに変わる。

 前に戦ったコマンダーなんて比べ物にならないぐらいに目の前のレッドコボルト達は強かった。


 でも今の僕には何の問題もない。

 これが10体以上の群れを生して特攻してきたらさすがに死を覚悟するけど、この数なら余裕だ。


「2体目ッ!」


「グルゥア!!」


 背後から一番手前にいたレッドコボルトの縦に一閃。真っ二つにする。

 そこで完全に姿を見られて発覚される。


 けどもう遅い。敵の数は残り2体、しかも呑気にスキル【咆哮】僕に使って怯ませようとしてくる。


「悪いけどそれは効かないんだ」


「キャウッ!?」


 全く動じない僕を見てレッドコボルトはおどろく。

 ただ煩いだけの犬声に少し顔を顰めて、僕は素早く3体目の【咆哮】を使ってきたレッドコボルトの首を刎ねる。


「バ……バウ!!」


 最後に残ったレッドコボルトは僕に勝てないと悟ったのか辺りに散らばった仲間の死体を踏んで逃げようとする。


「逃がすか!」


 けれど恐怖で本来の力を出せていないモンスターを逃がす道理は無い。

 僕は瞬きのうちに生き残ったレッドコボルトへと肉薄して〈不屈の一振〉を胸に突き刺す。


 そして呆気なく最後のレッドコボルトも地面に倒れ伏した。

 戦闘が終了して辺りに他のモンスターがいないことを確認してから、張り詰めていた気を解く。


「ふう……」


「お疲れ様です、テイクくん」


「ルミネもね」


 互いに労いの言葉をかけてルミネがスキルで疲労回復の強化バフを唄ってくれる。

 そして、少し体が軽くなるのを感じながら再び1体のレッドコボルトのステータスを見て溜息を吐く。


「勿体ないなぁ……」


「そんなに良いステータスなんですか?」


「うん。今までとは比べ物にならないぐらいに高いよ。その分、反動の痛みも凄そうだけどね……」


 それでも強くなれるのならば耐えられる。けれど今はスキル自体の機能の一部が使用できない。それがなんとももどかしかった。


「はぁ……消去」


『スキルの発動を確認。触れた対象にステータスが存在。死体からステータスとスキルの分離、一時消去に成功。

 続けて【取捨選択】に入ります。死体を本当に捨てますか?ステータスを本当に捨てますか?』


「全部捨てる……」


『選択を確認。死体はスキルの亜空間へ収納されました。ステータス、スキルは収納不可能なため全て消去します』


「うぐ……」


 レッドコボルトの死体が不自然に消えて、分かっていたことではあるけれど、無慈悲な無機質な声に僕はガックリと肩を落とす。


 その後も僕は「勿体ない」と思いながら10階層のモンスターを倒し続けた。

 少し精神的にやつれた気がするのは、多分勘違いではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る