第23話 食事会

 数々の店が連なる〈セントラルストリート〉から外れて、僕達は住宅街へと来ていた。

 中央の祭りのような喧騒とは違って、ここはとても静かだ。街灯の明かりも最低限で、月の光が際立つ。


 到底、こんな住宅街のど真ん中に飯所があるとは思えないが、知る人ぞ知る名店的なモノがきっとあるのだろう。


 これから向かう店に期待を膨らませながら、空に浮かぶ月の下を歩いていけば、どうやら目的に着いたらしい。


 ルミネと同じタイミングで足を止めて連れられてきた目の前の建物を見ればそれは何の変哲もない木造の一軒家だった。料理屋らしき雰囲気は微塵も感じない。


 中には人がいるようで窓の隙間からは明かりがこぼれている。この普通の民家にしか見えない家がルミネのオススメのお店なのだろうか?


「ここって……」


「私の家です」


「そうルミネの…………って、はぁ!?」


 目の前の一軒家を見て首を傾げているとルミネが衝撃の発言をする。

 僕は聞き間違いか何かだと思い、もう一度聞き直す。


「冗談とかではなく……」


「私の家です」


「……」


 どうやら聞き間違いでもなんでもなく。目の前の一軒家はルミネの住んでいる家らしい。

 そこで僕は頭の理解が追いつかなくなる。


 ご飯を食べに行こうと言う話だったのに、何故僕は彼女の家の前まで連れてこられているんだ?

 こちらとしては普通に酒場で酒でも飲みながら親睦を深めるつもりだったのだけれど────


「どうしてルミネの家?」


「お店に食べに行ってもいいんですけど、せっかくならテイクくんに私の手料理を食べて欲しくて……こう見えても結構お料理は得意なんですよ」


「そうなんだ……」


「ささ、どうぞあがってください」


「あ、はい」


 ────まさかの展開に戸惑いながらも、ここで帰る訳にもいかないので素直に招かれることにする。

 家に入った瞬間、ほのかな他人の家独特の香りと、3つの元気な足音が僕たちを出迎えてくれた。


「「「おかえりなさい!!」」」


「ただいま。みんな今日もいい子にしてた?」


「「「うん!!」」」


 三者三葉に元気な笑顔で頷く3人のちびっ子エルフたち。そして彼等はルミネから視線を外すと勢いよく僕の方を凝視してくる。


 蛇に睨まれた時のカエルの気持ちとはまさにこんな感覚なのだろう。妙な緊張と威圧感で体が一気に硬直する。

 そんな僕を見てちびっ子エルフたちは各々に口を開く。


「誰だお前!!」


「知らない人……怖い……」


「ルー姉ちゃんのカレシ?」


「やっぱりそう見える?」


 うん。最初の男の子と女の子の反応は最もだ。けど、一番年下そうな女の子は少し的外れな反応を見せてくれる。

 後、なんでルミネは否定しないで満更でもないのさ……。


 助け舟が全くない状況に少しゲンナリとして、僕はまず自己紹介をすることにした。


「初めまして、僕はルミネの探索者仲間のテイク・ヴァールって言います。どうぞよろしく。あと彼氏じゃないよ」


「………ほら、あなた達も自己紹介して?」


「「「はーい!」」」


 それに続くようにルミネの音頭でちびっ子エルフは大きい方から順番に挨拶をした。


「俺の名前はラビ!」


「私の名前はレビ……」


「僕はロビ」


 長男のラビが10歳、次女のレビが9歳、三女のロビが8歳。弟妹がいることは知っていたが予想よりも幼い。3人ともルミネと同じ金糸雀色の髪色をしており、エルフ独特の美形顔だ。これは将来化けるだろう。


「ゆっくりしてってくださいね、テイクくん」


「お、おじゃまします」


 自己紹介も程々にいつまでも玄関先にいる訳にもいかないので中へと案内される。

 リビングに入るとそこには一人の老人がいた。


 火の灯ってない暖炉、その前のロッキングチェアに腰掛けてゆらゆらと揺れながら読書中の老人。彼は本を閉じて僕の方を見るとニコリと優しく微笑んだ。


「おや、ルミネにお客人とは珍しい」


「初めまして、ルミネ……さんの探索者仲間のテイク・ヴァールです」


「これはご丁寧にどうも。私は彼女の祖父のローレンと申します。いつも孫と仲良くしてくれてどうもありがとう」


「いえいえ!こちらこそいつもお孫さんには助けて貰って───」


 互いに名乗って頭を下げ合う。

 物腰柔らかで凄く良い人そうだ。


 ルミネの祖父───ローレンさんと握手をしてそんなことを考えていると、後ろから何かが勢いよくぶつかってくる。


「あいた……」


「おいテイク!お前ほんとうに探索者なのか?ガリガリでクソ弱そうだけど?」


 何事かと後ろを見ればそこには勢いよく突進をしてきたラビが偉そうに仁王立ちで聞いてきた。すぐ後ろで他のちびっ子エルフも興味津々な顔をしている。


「こらラビ!まずテイクくんにぶつかったことを謝りなさい!」


「大丈夫だよルミネ、全然平気だから。子供は元気が一番だよ」


「でも……」


 お姉さんらしく行儀の悪い弟を叱るルミネだが、それに僕は待ったをかける。別に子供にどつかれるぐらい大したことではない。


 僕はラビたちと目線の高さが合うようにしゃがみ込んで質問に答える。


「うーん……探索者の中ではまだまだだけど、とりあえずラビよりは強いかな?」


「なんだと!!」


「あはは、なんなら試してみる?」


「望むところだッ!!」


 僕の挑発にまんまと引っかかったラビは勢いよくパンチをしてくる。それを難なく受け止めて、両脇抱えて勢いよく持ち上げた。


「うわぁぁぁあああ!!」


「ほら〜高い高〜い」


 それは大抵の小さい子供なら飛んで喜ぶ通称〈高い高い〉。これで落ちない子供はいない。小さい時の僕もよく親にこれをやってくれとせがんだものだ。


「ああーーー!ラビ兄だけずるい!次は僕にもしてテイク!」


「わっ、私も……」


 案の定、僕の予想通りにラビはもちろんのこと、それを見ていた妹エルフ2人が食いついた。


「ごめんなさいテイクくん。少し弟たちの面倒をお願いしてもいいですか?直ぐにご飯を作ってきちゃうので」


「うん、全然いいよ。手料理楽しみだ」


「っ!!期待しててくださいね!!」


 申し訳なそうにリビングから台所へと移動するルミネに気にしないように言って僕は目の前ではしゃぐちびっ子エルフたちを全力で高い高いする。


 ・

 ・

 ・


「ちょっ、ちょっと休憩させて……」


「「「ええ〜!」」」


 かれこれ30分ほど僕はちびっ子エルフたちを順繰り順繰り、高い高いし続けた。

 よくもまあ30分も飽きずに高い高いされて飽きないものだ。小さい子の純真な心に恐怖すら覚えた。


「へっ!こんなんでへばるなんて大したことないな!!」


「たっ、楽しかった……!」


「はいお水」


「ありがとう……」


 近くにあった椅子に腰掛けて、休憩してるとラビ、レビ、ロビの3人がワラワラと僕の周りで好き勝手言ってくれる。

 さっきまで僕の事を警戒していたのにすっかりと無害認定されたらしい。


〈高い高い〉はせがまれなくなったが次々とちびっ子達から質問が飛び交う。それに答えながら、早くルミネが戻ってこないかと考えているとタイミングよく彼女は大きなお盆に料理を乗せてリビングに現れた。


「みんなお待たせ〜。さあご飯にしましょう」


「「「はぁーい!!」」」


 ルミネの登場にラビ達はそそくさと彼女の元へ駆け寄る。

 そして大きな丸テーブルにたくさんのルミネの手作り料理が並べられた。


「弟たちの面倒を見てくれてありがとうございました。疲れましたよね?あの子たち容赦ないから……」


「あはは……まあ元気なのはいいことだよね」


「お礼と言ってはなんですが、腕によりをかけたので沢山食べてください」


「うん。いただくとするよ」


 席に着いて料理の数々を見る。どれもこれも美味しそうな料理ばかりだ。疑っていたわけではないけど本当にルミネは料理が得意らしい。彼女とは大違いだな。


「……今、他の女の子のこと考えてました?」


「……どうして?」


「女の勘です」


「……」


 昔の懐かしい思い出が脳裏を過ぎる。隣のルミネのジト目が怖い。


「まあいいです。これからテイクくんの胃袋をがっちり掴めば問題ありません」


「……お手柔らかにね?」


 皆で手を合わせて食事となる。


 ちびっ子達は相当お腹が減っていたのかルミネの料理を美味しそうに次々と口に運ぶ。

 それを微笑ましそうに見つめながらルミネとローレンも自分のペースで料理を取り分けている。


 食事の合間に他愛のない会話が繰り広げられる。

「今日はこんなことがあった」「明日はこんなことをしたい」「今度はアレが食べたい」など、どこの家庭でも普通に交わされるなんてことの無い会話だ。


 その会話の中で時折、僕にも話しが振られる。特にラビからは探索者のことについて詳しく聞かれた。「どうやったら探索者になれるのか」とか「どんなスキルを使うのか」とか。


 話を聞く限りどうやらラビは探索者に憧れているようだった。

 その姿は昔の自分と重なって、色々な大迷宮での話をラビたちに話してしまった。


 酒場で僕たちに数々の冒険の話を聞かせてくれた探索者達もこんな気持ちだったのだろうか?

 ふと、ルミネの美味しい料理に舌鼓を打ちながら考える。


 なんだか今日は懐かしいことばかり思い出す気がした。それもこれもこんなに大人数で食卓を囲んだのはかなり久しぶりだったからだろう。


 少し特別なルミネ一家との食事会は夜が更けるまで続いた。

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