第22話 お誘い

 大迷宮グレイブホール第6階層。

 そろそろここでの探索もやり尽くしてきた感じがするが、飽きもせずに今日もこの階層へと訪れていた。


 眼前には5匹のハウルウルフが鋭い牙を突き立ててこっちに向かってくる。


「テイクくん!!」


「うん!」


 直ぐ後にいたエルフの少女に名前を呼ばれる。それに頷いて僕は〈不屈の一振〉を構えた。


 特に気負うことは無い。

 敵はココ最近で嫌というほど狩りまくっているモンスターだ。この数なら問題ない。

 それに今の僕には心強い仲間がいる。


「勇気を糧にいま力を与えよ───全てを薙ぎ払い、打ち砕く────」


 綺麗な唄声が聞こえる。瞬間、全身に不自然な力が沸き起こる。

 それは俗に言う〈強化バフ〉という身体強化。スキルによって与えられたその力は千変万化の効果を発揮する。


「はぁあッ!!」


 地面を思いっきり蹴って狼たちに向かって行く。

 1秒とかからずにナイフが届く間合いへと達して、一呼吸で3体の首を刎ねる。間髪入れずに手に握ったナイフを振れば残りの2体も絶命した。


 勇ましく襲いかかってきた狼たちは呆気なく鮮血を撒き散らして地面に転がる。

 それを横目にナイフに付いた血を払って一息つく。


 やはり仲間がいると戦闘の効率は段違いだと感じる。それに彼女のスキル【勇気の唄】による強化バフの効果は絶大だった。

 筋力、俊敏、耐久と言った各種強化に加えて、傷を癒すことも出来るなんて、やはり破格すぎる能力だ。


「ご苦労様です、テイクくん」


「ルミネもね」


 他のモンスターがいないことを確認してエルフの少女───ルミネが駆け寄ってくる。

 ルミネとパーティーを組んでから今日で3日目。だいぶ彼女との連携も板に付いてきた。


 この2日で僕達はお互いの戦闘の役割や、使える魔法やスキルの共有、実力の確認を徹底的に行った。

 まずパーティーを組んでからすることと言えばコレだ。お互いの実力を把握することで戦術や戦略の幅が広がって、それだけで大迷宮を安全に探索する事が出来る。


 最初はチグハグだった歯車も、2日もびっちりと戦闘を続けていれば噛み合ってくる。もうこの6階層に僕たちの敵はいないだろう。


 この2日間での出来事を思い返しながらハウルウルフの死体に触れてスキル【取捨選択】を発動する。


「消去」


『スキルの発動を確認。触れた対象にステータスが存在。死体からステータスとスキルの分離、一時消去に成功。

 続けて【取捨選択】に入ります。死体を本当に捨てますか?ステータスを本当に捨てますか?』


「何回みても不自然な光景ですよね」


 触れていた死体が消えて、無機質な声を聞いていると後ろからずいっとルミネがまじまじと死体に触れていた僕の右手を見る。


 彼女にはスキル【取捨選択】の効果内容を事細かに説明して、何度かこうやって死体を消すのも実践して見せているのだが、それでもこの光景はまだ慣れないらしい。


「そうかな?」


「そうですよ。捨てた物にステータスがあればそれを拾って自分のモノにできて、しかもスキルの亜空間に収納できて出し入れ自由。テイクくんのスキルは異常すぎますよ」


「あはは……自分でもそう思うよ」


 呆れ気味なルミネの言葉に賛同して立ち上がる。因みに今回のハウルウルフのステータスは拾わなかった。


「スキルの進化というのも聞いた事のない話です。本当になんなんでしょうね?」


「そうだね」


 難しい顔をして唸るルミネ。そんな彼女を横目に再び洞窟の奥へと進んでいく。


 先日の一件でルミネは随分と打ち解けた様子でボクの事を「テイクさん」では無く、「テイクくん」と呼ぶようになった。

 彼女曰く「同じパーティーになったのだから堅苦しいのは無しです」と言うことらしい。それに習って僕も彼女を「ルミネ」と呼ぶことにした。


 幼馴染以外の女の子の名前を気軽に呼ぶというのは今までなかった経験なので、これがまた慣れない。


 たまに癖でさん付けをしてしまうと、ルミネは決まって不満そうな目線を向けてくる。

 仕舞いには名前を呼ぶ練習と題して30分ほどずっと彼女の名前を連呼させられたこともあった。

 どうやら彼女には名前を呼び捨てにして欲しい拘りが相当あるらしい。


「どうかしましたか?」


「……いや、なんでもないよ」


「そうですか?」


「うん」


 少し苦い記憶を思い返していると無意識に隣のルミネを凝視してしまっていたらしい。

 不思議そうに小首を傾げる彼女に僕は頭を振って、再び薄暗い洞窟に目線を向ける。


「〜〜〜〜」


 そんなやり取りの後にルミネから楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。


 ルミネとパーティーを組んで一緒に探索をするようになってから、たまに彼女は道中に体を軽く揺らして鼻歌を歌うことがある。


 その歌がまた綺麗で、聞いた事がないはずなのに懐かしい気持ちになってくるのだ。

 ルミネは無意識にこの歌を口ずさんでいるみたいで、一度「それはなんて曲なの?」と、質問をしてみたら顔を真っ赤にさせて恥ずかしがっていた。

 その時のルミネの慌てようは見ていて少し面白かった。


 隣の少女に悟られぬようにクスリと思い出し笑いをして大迷宮を進んでいく。

 薄暗い洞窟の奥にエルフの唄声が遠くまで木霊していた。


 ・

 ・

 ・


 地上に戻るといつもの如く空は茜色に染っていた。大迷宮に入る前はあんなに清々しい青色をしていたのに不思議なものだ。大迷宮にいると時間が経つのが本当にあっという間だ。


「お疲れ様でした、テイクくん」


「ルミネもお疲れ様。今日も沢山歩いたね」


「そうですね」


 お互いに今日も無事に帰ってこれたことを称え合う。

 今日の探索で手に入れた魔石や素材は既に探協で換金をしてきた。後はこれを山分けして解散するだけなのだが────


「じゃあこれが今日の稼ぎね」


「ありがとうございます……あの、本当にこんなに貰っていいんですか?」


「当然だよ」


「でも───」


 ────ルミネは手渡されたお金をじっと見つめると申し訳なさそうに眉を下げて聞いてくる。どうやら彼女は報酬の分配が気に食わないらしい。


 パーティーによって報酬の分配方法は様々だが、僕達は2人パーティーなのでそこら辺は変に拗れることなく分配できる。ジルベールのパーティーにいた頃は「何もしてない」と言うことで取り分は1割にも満たなかったが、今はそんなことない。


 2人で仲良く半分こ。つまり五分五分で報酬の分配をしている。しかし、どうやらルミネはこれに納得いっていないらしい。


 律儀と言うか真面目と言うか、彼女は「後ろの安全地帯で支援しかしていない自分が、体を張って戦ってくれているテイクくんと同じ額を貰うのはおかしい」と言うのだ。


 確かに、パーティーによっては後衛や支援職の探索者の取り分が少ない所もあるにはあるが、それはおかしな話だと思う。

 結局は適材適所、持ちつ持たれつだ。僕はルミネの支援があるから危険を顧みずに全力で戦えている。だから僕だけが稼ぎを多く貰うのはおかしい。


 しかしこんな感じの事を言っても、ルミネはお金を貰うのをこうして渋る。本当に真面目すぎると思う。けれど貰ってもらわなければ困るので少し意地の悪い方法を使う。


「そっか……僕とルミネは対等な仲間だと仲間だと思ってたんだけど、どうやらそう思っていたのは僕だけだったみたいだね……」


「うっ……そ、そんなことは……」


「なら問題なくコレを受け取ってくれるよね?」


「……………はい。ありがとうございます」


 長い沈黙を経てルミネは渋々と言った様子でお金の入った布袋を鞄にしまう。それを見て僕は満足に頷く。


 なんともヘンテコな理由で一悶着あったが、無事に報酬の分配は終了する。

 ここまで来れば後は解散してお互いに家路に着くだけだ。


「それじゃあ、今日は本当にお疲れ様。明日もまたよろしくね」


 僕とルミネの帰る方向は真逆なので一緒に帰ることは無い。

 軽く手を振って反対方向へ歩き出そうとするが、そこでルミネに待ったをかけられる。


「あの……テイクくん、この後暇ですか?」


「え?ああ、うん。暇だけど……?」


「っ!それならこれから一緒にご飯でも食べませんか!?」


「暇」という僕の発言にルミネは顔を一気に明るくさせるとそんな嬉しいお誘いをしてくれた。断る理由も特に無いので僕は一つ返事でそのお誘いを受ける。


「いいね、行こうか」


「それじゃあ早速行きましょう!着いてきてください!」


 色良い返事が貰えた事が嬉しいのか、ルミネは満面の笑みで先頭を切る。

 どこか行きつけの美味しい飯所でも知っているのだろうか?と迷いのない彼女の後ろ姿に僕は黙って着いていく。


 そして、僕はルミネに案内された予想外すぎる場所を見て驚愕することになった。

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