第21話 根負け

 〈セントラルストリート〉から少し外れた場所にある広場。陽はもう完全に落ちるかと言うところで、魔晄石の街灯に明かりが灯り始める。


 広場の中央にある噴水から水が吹き上がる。それをベンチに座って何となく見つめていると、隣にエルフの女の子が座る。


「これ、お水です」


「……ありがとうございます」


 差し出された水を受け取って一気にそれを飲み干す。


 喉に冷たいモノが通る感覚が心地いい。大きく溜息を吐くと薄暗い空を仰いだ。まだ心臓が激しく脈打っている。

 そして自分のさっきの行動を振り返り、隣に座るルミネさんを変なことに巻き込んでしまった罪悪感がふつふつと沸いてくる。


 呆然としていた意識が一気に鮮明になっていって、遅れて動揺と焦りが訪れた。

 変なことに巻き込んだ上に、様子がおかしい僕の心配をしてここまで付き添ってくれた彼女にお礼の一つもしないのは人としてどうかと思い至る。


 直ぐに目線を隣に座るルミネさんに向けて僕は勢いよく頭を下げた。


「す、すいません!僕の所為で変なことに巻き込んで、ここまで介抱してもらって……もう大丈夫なので───」


「テイクさん」


「は、はい!」


「落ち着いてください」


「はい……」


 しかし僕の謝罪は途中で遮られて、なんなら宥められてしまう。

 どうやら平静を取り戻したと思っていただけで、傍から見れば僕はまだ動揺して見えたらしい。


 再び深呼吸をして気を落ち着けようとしていると、今度はルミネさんから口を開いた。


「もし良ければテイクさんに何があったのか教えてくれませんか?」


「っ……」


 僕は直ぐに返事をすることが出来ない。


 確かに先程のいざこざに、無関係なルミネさんを巻き込んでしまったのだ。彼女には少なからず事の流れ、経緯を知る権利があると思う。


 けれど、あんな情けなくてしょうもない話を彼女にするというのか?

 プライドなんて言うそんなしょうもない理由なんかではない。単純に聞いても何も面白くなくて、寧ろ不快になる話を聞かせてもいいのか?


 僕の中でそんな葛藤が巻き起こる。

 しかし、それは直ぐに隣の女の子の一言で消え失せた。


「テイクさんは私の命の恩人です。私はこの恩を少しでもあなたに返したい。力になりたいんです。私できることなんてたかが知れてますが、それでも目の前で苦しそうにしているあなたを放ってなんて置けない。どんな過去があろうと私は決してテイクさんに幻滅することなんて有り得ませんし、絶対に味方でありたいと思います。なので、話していただけませんか?」


 翡翠色の透き通るような瞳が僕を見つめる。その真剣な眼差しで、今の彼女の発言を疑う余地はなくなる。


 気がつけば僕は一つ、また一つと言葉を紡いで口に出していた。


 幼馴染との夢を叶えるために才能のない自分が探索者になったこと。現実を知り、今の自分では彼女と一緒に夢を叶えるのは実力も立場も相応しくないということ。そんな何も出来ない自分が6年間、ジルベールの元で雑用係として扱き使われ地獄の日々を過ごしていたこと。そしてついこの間、パーティーがAランクになったと同時にパーティーをクビになったこと。そこから一人で夢を叶えるために探索者を続けていること。


 僕は涙を堪えきれず、情けなくも全てをルミネさんに吐露した。

 ルミネさんはこんな聞くに絶えない稚拙な話を最後まで静かに聞いてくれた。そして、話を聴き終わった彼女の第一声は怒りだった。


「そんな酷いことって……ふざけてます……」


 唇をキュッと噛んでルミネさんは肩を震わせる。まるで自分の事のように怒ってくれる彼女のその言葉が僕には嬉しかった。

 それだけで少し報われたような気がした。誰かに思いの丈を吐き出すことでこんなにも気持ちが楽になるのだと思った。


「つまならない話を聞かせてすみません。それと最後まで話を聞いてくれてありがとうございました」


 僕は依然として怒りをフツフツと煮えたぎらせているルミネさんに頭を下げてお礼を言う。そしてこれ以上遅くまで彼女を付き合わせるのは悪いと思ってこの話を終わらせようとすると、それに彼女は待ったをかけた。


「テイクさん。私とパーティーを組んでくれませんか?」


「……」


 唐突にエルフの少女が放った一言は今朝にも聞いた内容だった。

 それに僕は返事をできない。


 決して、彼女からの誘いが嫌という訳ではない。寧ろ、こんな僕なんかと「パーティーを組みたい」と言ってくれることをとても嬉しく思った。それでも僕は踏み出せない。

 過去の記憶が、今もあの地獄の日々をありありと蘇らせる。足が竦み、再びどん底へと突き落とされるのではないかと恐怖してしまう。


「それは────」


「───私とパーティーを組んでください」


 言葉を振り絞って彼女の誘いを断ろうとするが、頑なにそれは受け入れられない。

 そんな絶対に意見を曲げようとしない彼女を見てこんな質問をした。


「どうしてそこまで僕とパーティーを組みたいんですか?」


「テイクさんだからです」


 ルミネさんの答えは短すぎてそれだけでは理由としては弱すぎる。


「ルミネさんのスキル【勇気の唄】は優秀です。今日、一緒に大迷宮を探索して本当にそう思いました。あなたなら支援職として高ランクパーティーから引く手あまただ。6年間も底辺を彷徨っている僕なんかとパーティーを組む必要なんてないはずです」


 これはお世辞なんかではなくて全て本当のことだ。今はまだ駆け出しの探索者かもしれないが、彼女ほどの実力ならば1年と経たずに高ランクパーティーの主力になれる実力がある。そんな彼女が僕なんかとパーティーを組むメリットがあるとは考えられない。


 しかしそんな僕の考えを目の前のエルフは全く聞き入れずに一蹴する。


「そんなこと知りません。私、他の人となんて死んでも組みませんよ。テイクさんが「分かった」と言ってくれるまでこここからテコでも動きませんから」


「そんな子供みたいな……だからどうしてそこまで───」


「───テイクさんだからです」


 幼い子供のように駄々を捏ね始める少女に僕は困ってしまう。そして彼女は力強く同じことを言った。


「あなたの事を知って、力になりたいと思った。これだけが理由じゃいけませんか?

 私のスキルは確かに便利で色んなパーティーから引く手数多だと思います。それでも私はこの力をあなたの為に使いたいと思いました。他の人になんと言われようともこれだけはもう曲げられません。だから私はテイクさんとパーティーを組みたいです……ダメですか?」


「っ……」


 それだけで十分だと言わんばかりに彼女は胸を張って言い放つ。

 そして最後の抵抗に僕は一つずつ確認をしていく。


「また、今日みたいなジルベールに絡まれるかもしれませんよ?」


「むしろ望むところですね。今度はあの腹立つ顔面に一発良いのを食らわせてやりますよ」


「正直、危険なことも沢山します。また死にそうになるかもしれません」


「探索者になったんですからそんなの覚悟の上です。それに、今日で完全に迷いは無くなりました」


「……足でまといだと思ったら直ぐに置いていきます」


「望むところです。絶対にしがみついて行くので逆に覚悟しておいて下さい」


「…………僕、一応男ですよ?男と2人きりで大迷宮に入るなんて何をされても文句を言えませんよ?いいんですか?」


「テイクさんになら…………いいですよ?」


「はぁっ!?」


 最後の質問で一泡吹かせるつもりだったが返り討ちにあってしまう。

 どうやら彼女は本気らしい。ならばもう一度、信じてみてもいいのかもしれない。この小さくも勇気あるエルフの少女と一緒に高みを目指してもいいのかもしれない。


「……おほん!るっ、ルミネさんの覚悟は大変分かりました!僕の根負けです……これからよろしくお願いします」


「っ!はい!こちらこそよろしくお願いします!!」


「その言い方は色々と誤解を招くのでやめてください……」


「イヤです!!」


「…………」


 月明かりに照らされた噴水が舞う。

 ここに一つのパーティーが結成された。

 最初はお淑やかな子なのかと思っていたが、意外とそんなこともないようだ。


 目の前で本当に嬉しそうに笑うエルフの女の子を見て、僕はそんなことを考えた。





───────────

ルミネ・アドレッド

14歳

レベル1


体力:150/150

魔力:140/140


筋力:98

耐久:148

俊敏:125

器用:135


・魔法適正

火 風 水


・スキル

【勇気の歌 Lv1】


・称号

無し

───────────



最後まで読んでいただきありがとうございます。


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