第19話 祈りの唄

 ルミネさんの登場によって僕はなんとか、あの気まずい空間からなんとか逃げ出す事が出来た。


 彼女は何やら僕に用事があるらしく声をかけてきたらしい。

 詳しい内容をシリルさんにはあまり聞かれたくないようで、場所を移すために僕達は探協を後にした。


 シリルさんには本当に申し訳ないことをしてしまった。今度会った時に何かお詫びを考えておかなければ……。


 そんなことを考えながら僕は昨日買ったばかりの深緑のローブを纏ったルミネさんの後ろをついて行く。


 何処に行くのかは彼女の口からハッキリと聞いた訳では無いが、歩いている方向から何となく察しはつく。


 10分とかからずに目的地に到着したようで、ルミネさんはピタリと歩みを止めるとこっちに振り返った。


 目の前には大迷宮へと続く大きな入口が聳え立っている。どうやらここで話をするらしい。


 一度、深呼吸をするとルミネさんは覚悟を決めたように僕の瞳を真っ直ぐと見つめた。

 そんな彼女の尋常ではない様子に、これからどんな話をされるのか緊張してしまう。

 ゴクリと生唾を飲み込んでいるとルミネさんは話を始めた。


「テイクさんはこれから大迷宮に行くんですよね?」


「え?あ、はい、そうですね。昨日新調したナイフの試し斬りもしたいですし……」


「そうですよね……」


「……?」


 予想外な話の切り出し方に肩透かしを喰らってしまう。

 困惑した僕を他所にルミネさんは数秒の間を置いて言葉を続けた。


「その……私とパーティーを組んでくれませんか!!?」


 それは辺り一帯に響くとても大きな声だった。


 突然の大声に僕は情けなくも体を震わせて驚いてしまう。周りにいた通行人や探索者達も彼女のその声に一斉に僕たちの方を凝視した。


 そんなルミネさんの意を決した一言に僕は直ぐに返答することが出来ず、固まることしかできない。

 なんとか言葉を絞り出そうとするがその前に捲し立てるようにルミネさんが喋る。


「とても身勝手なことをいっているのは分かってます!それでも何とかお願いできないしょうか!?」


「えっと……なんでまた急にパーティーを?」


 なんとか言葉を絞り出して質問をしてみる。そもそもなんで彼女はいきなりこんなに事を言い出したのか、その理由を知りたい。


 正直に言ってしまえば今は誰かとパーティーを組む気はなかった。

 この理由としてはパーティーと言うものにいい思い出がないのと、スキル【取捨選択】をおいそれと使えなくなると思ったからだ。

 だから本当は彼女の話を断ろうと思っていたのだけれど────


「その……私、この前の事がトラウマでまだ探索を再会できていないんです……。

 でも家族を養うためにはそんなことも言ってられなくて、でも一人で大迷宮に行くのは怖くて、即席のパーティーに入れてもらおうと思ってもやっぱり前の事を思い出して怖くなってどうしようもなくて……それでテイクさんの事を思い出したんです。

 命の恩人のテイクさんと一緒なら大迷宮に行くのも大丈夫な気がしてきて、ご迷惑を承知でこうしてお願いさせてもらいました……」


 ────そんな苦しそうな顔で、こんな事を言われてしまったら断るものも断れなくなってしまう。


 ここで彼女のお願いを断れば僕は人として終わってしまう気がする。

 なので一つの条件を付けてルミネさんのお願いを聞くことにした。


「……今日一日だけならいいですよ」


 ・

 ・

 ・


 ……どうしてこうなったんだろう?


 現在、僕の脳内を埋め尽くすのはそんな疑問。


 ルミネさんのお願いで一日限定のパーティーを組むことになった。色々と過去のトラウマや行動に制限がかかるので乗り気ではなかったが、あんな話を聞かされれば断れない。


 まあこの際、パーティーを組むのは良しとしよう。僕なんかと一緒に大迷宮を探索して過去のトラウマを克服できると言うのなら、一日ぐらい彼女に献上するのもやぶさかではない。


 やぶさかではないのだが、この状況は全く予想していなかった。


 簡潔に今の僕の状況を説明しよう。

 エルフの女の子が僕の左腕に抱きついて離れようとしない。

 何を言っているか分からないと思うが、僕もこの状況を全くもって呑み込めていなかった。


 大迷宮に入ってから1時間とかからずに第3階層へとたどり着いた。

 最初こそ、とても緊張した面持ちで僕の服の裾をちょこんと摘んで歩いていたルミネさんだったが、無数のモンスターが出現する3階層になってから様子が一変した。


 今まで普通の距離感だったはずの彼女との物理的距離が急に0になったのだ。気がつけば彼女は僕の腕をがっしりと抱きしめていた。


 辺りを恐ろしそうにキョロキョロと見渡したり、遠くからモンスターの鳴き声が聞こえてきただけで驚いている所を見るに、本当にルミネさんは一人で大迷宮に入るのが怖いのだと分かった。


 分かったのだが、何よりも距離が近い。

 正直に申し上げればこの状況は非常に不味い。何が不味いって僕の理性が不味い。


 常に左腕に柔らかい感覚がして、少し呼吸をしただけでも女の子独特の甘い良い香りが脳を痺れさせる。

 女性経験が幼馴染以外皆無な僕にとってこの状況は天国であり、同時に地獄でもあった。


 何よりも本気で怖がっていルミネさんを尻目に、この状況を素直に喜んでいいはずがない。彼女は過去のトラウマを克服するために苦しい思いをしてここに来ているというのに、その反面でこの状況を喜ぶなんて不誠実すぎる。


「あの……近くないですか?」


「す、すみません……私みたいな子に抱きつかれて嫌ですよね。でもこうでもしていないと気が狂いそうで…………」


「あ、いや、そういうことではなくてですね……」


 なのでいち早くこの状況をなんとかしなければいけないのだが、それとなくルミネさんを諭して見ても全く離れる気配がない。

 寧ろ、ルミネさんは僕の腕を「ギュッ」と抱きしめるのだ。


 その度に彼女の決して大きくはないが、それなりにボリュームのある二つのお山が惜しみなく叩きつけられてもう本当にヤバいのだ。


 なんだかとてもいけないことをしている気分に苛まれる。

 ルミネさんのお山が僕の腕を刺激する度に、僕の脳内幼馴染がこう言うのだ。


「お?浮気か?私以外の女の子とイチャイチャして楽しそうだなオイ?」


 と、こんな感じの幻聴と謎の圧力を感じるのだ。


 戦闘の一つでも起ればこの状況を直ぐに解決することができるのだが、こういう時に限ってモンスターの気配すらない。

 気がつけば腕にルミネさんが絡みついたまま僕達は6階層まで足を運んでいた。


「っ……!!」


 6階層に足を踏み入れた瞬間、ルミネさんの表情が今までよりもさらに険しくなる。きっとあの時の事がフラッシュバックしているのだろう。


 数秒ほど僕の腕を今までよりも強く抱きしめると、ルミネさんは「パッ」と腕から離れて大きく深呼吸をした。


「すぅ〜はぁ〜……来るのが遅くなってごめんなさい、みんな…………」


 ポツリと彼女は呟くと僕の目をじっと見つめてこう言った。


「ずっと抱きついちゃってごめんなさい。邪魔でしたよね」


「えっ、いや……大丈夫というか、寧ろ大歓迎というかなんというか……」


「ふふっ……気を使ってくれてありがとうございます。

 もう少し、私の我儘に付き合ってもらってもいいですか?」


「な、なんでしょうか?」


「私とテイクさんが初めて会った場所に行きたいんです。連れてってくれませんか?」


 僕とルミネさんが初めて出会った場所。つまりは彼女の仲間が死んだ場所と言うことだ。彼女のこの言葉にどんな意味が含められているのか、その全てを推し量ることはできない。だけど、彼女は苦しい過去を精算するためにここに来たのだということだけは分かっていた。


「……………分かりました」


 僕は一言頷いて彼女を先導する。


 途中、彼女にとって苦い思い出しかないハウルウルフが現れて襲いかかってくるが、新しい相棒の〈不屈の一振ペルセヴェランテ〉によって全てを葬り去る。


 最初こそ戦闘に参加できなかったルミネさんだったが、奥に進むにつれて過去の不甲斐なさを拭い去るかのようにスキル【勇気の唄】で支援をしてくれる。


 初めての支援バフは控えめに言っても凄くて、僕達は簡単に目的地の一角へとたどり着く。


 以前と比べてそこにハウルウルフや死体の数々は無く。とても殺風景なものだった。


 本当に綺麗さっぱりとそこには何も無い。それでも彼女にとってここは仲間の最期を看取った因縁のある空間だ。


「……」


 ルミネさんは一人でに部屋の中心へと歩き出す。


 それに僕がついて行くことは無い。ただ全神経を集中させて、彼女に危険が及ばないように部屋の入口で気を張るばかり。


 数十歩と歩くとルミネさんはピタリと止まる。そしてその場で片膝を着き、両手を汲んで深く祈りを捧げる。


「勇敢なる者たちに安らかなる眠りがあらんことを……私は彼らを─────」


 綺麗な歌声が聞こえてくる。

 あどけなさが残る、高くて、透き通るような声。それは勇気の唄であり、神へと捧げる祈りの唄でもあった。


 薄暗い大迷宮で一人のエルフが祈る。

 彼女の唄に呼応するかのように周りに埋まっていた魔晄石が淡く輝き、そのエルフを柔らかに照らす。


 その光景はとても神秘的で、思わず呼吸も忘れて見入ってしまう。


「遅くなって本当にごめんなさい。もう大丈夫だから……」


 祈りを解いて立ち上がったエルフの少女は誰に向かって言うわけでもなく呟く。

 大迷宮の天を仰ぐ少女の頬には一筋の雫が伝っていた。

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