第16話 新調する
地上へ戻ると、まだ太陽は天高くに昇っていた。
正確な時間を確認してみれば午後3時。まだ時間も十分にあるので、僕は先に探協で今日のドロップを換金することにした。
大迷宮から探協までは目と鼻の先。徒歩で5分もしないところにある。
「中途半端な時間だから人が少ない……かな?」
開け放たれている扉を潜って探協の中に入ってみれば、いつものような活気はそこになかった。
どこかのんびりと間延びしたような空気。カフェテリアには午後のティータイムを楽しむ優雅な探索者達で賑わっているが、受付の方はガラリとしていた。在中している職員の女性はカウンターにだらしなく頬杖をついて大きな欠伸までしている。
仕事中に有るまじき態度ではあるが、しっかりと仕事さえしてくれれば大して気にもしない。寧ろ、長蛇の列に並ぶストレスが皆無なので上機嫌だ。
「───こちらが今回の売却額になります。ご利用ありがとうございましたぁ」
「どうも」
手短に換金を済ませて探協を後にする。滞在時間は5分にも満たない。驚異的な回転率だ。
そして、やはりいつにもまして職員たちに覇気がなかった。
「まあそれはいいとして……」
再び外へと舞い戻り、ざっと辺りを見渡す。
人が一番集まる迷宮都市の中心、別名〈セントラルストリート〉は今日もたくさんの人で賑わっている。
大迷宮を中心にして都市を形成、発展して行った迷宮都市。そこにはたくさんの人や物が集まる。
少し道を歩けばお祭りのような喧騒が辺りを包み込む。
「今日も多いなぁ〜」
人混みをかき分けてストリートを進む。
至る所から客を呼び込む元気な声が聞こえてくる。どこかから肉の焼ける香ばしい匂いがしてきて食欲をそそられる。
それらに惑わされることなく、ただ真っ直ぐに道を歩く。
すると突然、物理的に足を止められる。
「……え?」
グイッと腕を引っ張られる感覚に困惑した声が出てしまう。
反射的に引っ張られた腕の方を見るとそこには一人のエルフ───ルミネさんが僕の腕を掴んでいた。
「───ルミネ……さん?」
「こ、こんにちは、テイクさん……」
「こ、こんにちは」
「ハアハア」と肩で呼吸をするルミネさん。何やら焦った様子の彼女を見て僕は更に困惑する。そんな僕の心境を察したのかルミネさんは慌てて言った。
「た、たまたま探協から出てくるのを見かけて……その、ご挨拶でもしようかと……」
「あ、そうでしたか……すみません、わざわざ追いかけてきてもらって」
理由を聞いて納得する。
結構なスピードで人混みを掻き分けていたのを追いかけてきたからルミネさんはこんなに呼吸を乱しているのか。というか、軽く見かけたと理由だけでわざわざ声をかけてくれるなんて律儀な人だ。
そんなルミネさんのできた為人に感動していると、彼女は乱れた呼吸を完全に整えて、何やら緊張した面持ちで質問をしてきた。
「どこかに急いでるみたいでしたけど、これから何か予定があるんですか……?」
「え?ああ、これから鍛冶屋に行こうと思ってたんです」
「───へ?鍛冶屋ですか?」
「はい」
そんな表情から一転。ルミネさんは気の抜けた声を出す。何をそんなに緊張していたのか、よく分からないが僕はボロボロのナイフを取り出して言葉を続ける。
「この前買ったばかりのナイフがもうダメになっちゃって、新しいのを買おうと思ってたんですよ」
「な、なるほど……」
ルミネさんは「ホッ」と胸を撫で下ろすと、僕が取り出したナイフをまじまじと見て頷く。そしてこんなことを言ってきた。
「あの……もしよかったら私も一緒に行ってもいいですか?」
「一緒にですか?」
「あっ!その……その!私もちょうどこの前の探索で使っていた装備がダメになっちゃって、新しい装備を買おうと思ってたんです!
なので!もしよかったら御一緒させて貰えないかなと…………」
「あっ、そういうことですか。いいですよ」
急に耳まで真赤にして捲し立てるルミネさんに僕は一つ返事で彼女の申し出を了承する。
一人で武器や防具を買うよりも、誰かと意見交換をしながら装備を買う方が良いと言う人もいる。彼女もそのタイプなのだろう。僕なんかで良ければご一緒させてもらおう。
なによりボッチはどこに行っても肩身が狭いので仲間がいるのは大歓迎だ。
「い、いいんですか!?」
そんな事を考えているとルミネさんは少し声を大きくして詰め寄ってくる。
「は、はい。いいですよ」
「あ、ありがとうございます!!」
僕が首肯するとルミネさんは華を咲かせたように満面の笑みを浮かべて喜ぶ。
……そんなに一人で鍛冶屋に行くのが嫌だったのだろうか?
その彼女の大袈裟な喜びようを見て僕は首を傾げつつ、再び止まっていた足を動かす。それにちょこんとルミネさんが着いてくる。
「どこの鍛冶屋に行くのかはもう決めてるんですか?」
「はい。今度は絶対に失敗しないためにこの迷宮都市ディメルタルで一番有名な老舗の武具屋に行きます」
さっきよりも歩くスピードを落としてルミネさんの質問に答える。
そう、既に目的地は決まっている。
武器を買いにくのだからもちろん武具屋な訳だが、そこら辺に店を構えている無名武具屋なんかではなく。有名な鍛冶師がやっている老舗店だ。
探協から〈セントラルストリート〉を10分ほど歩いたところにその武具屋はある。
デカデカと聳え立つ6階建ての大きな建物。その看板には〈クロックバック武具店〉と書かれていた。
「こ、ここって……」
立ち止まったお店の名前を見てルミネさんは硬直する。
さすがに探索者を始めたばかりの新人でもこの武具屋の事は知っているようだ。
「はい。世界最高の鍛冶師と呼ばれているアイゼンス・クロックバックのお店です」
「だ、大丈夫なんですか?名匠クロックバックのお店と言ったらナイフ一本で何百万ベルドとするって……」
「あはは、大丈夫ですよ」
「ほ、本当ですか……?」
僕の言葉を聞いてルミネさんは途端に困惑した表情する。まあ彼女のこの反応はとてもご最もな反応だった。
名匠〈アイゼンス・クロックバック〉が作る装備は迷宮都市に留まらず世界最高と謳われ、そんな彼が作る装備が欲しいという探索者は五万といる。それ故にクロックバックが作る装備はそんじょそこらの探索者がおいそれと手の出せる物ではない。
勿論、僕の今の手持ちでも到底手の出せるものではなく。ならば何故こんな有名なお店に来たのかと言うと、理由は別にあった。
今回は名匠〈クロックバック〉が作った装備ではなく。彼の弟子達が作った装備を買いに来たのだ。
世界最高と呼ばれるクロックバックのもとで武具の作り方を学びたいという鍛冶師は多くいる。それこそ世界中から彼に弟子入りする者がいるほどだという。
普通の探索者ならばクロックバックの武具を買うことなんて高額すぎてまずできない。しかし彼の弟子たちが作る武具は意外とお値打ちで買うことができる。
まだ無名の鍛冶師が作った武器でも、名匠の弟子が作った武器ともなれば信頼度は十分だ。下手な店で買うよりは何倍もいい。
実際にクロックバックの弟子達が作る装備も評判が良く。ここで成功した弟子が暖簾分けを許されて別の都市で武具屋をしていると言う話は数多くある。
「というわけで、意外と僕たちみたいなお金を持ってない人でもここで装備を買うことができるんです」
「な、なるほど」
このお店で弟子の作品も売られていることを知らなかったルミネさんにそのことを説明して納得してもらう。
そんなこんなで僕達はお店の中へと入る。
「わあ……!!」
中に入るとルミネさんは今までの拭いきれない不安の表情から一転して、目をキラキラと輝かせる。
豪華な装飾が施された内装に、ショーケースの中にズラリと並べられた宝石のように輝く武具たち。
誰もが初めてこの光景を見れば興奮するのと間違いなしだろう。僕もそうだった。
一階は総合受付。
装備のオーダーメイドの依頼や相談、その受け取りをする階となっている。既製品が売られているのは二階からになる。
「僕たちの目的地は4階なんで、行きましょうか」
「は、はいっ!」
依然として辺りを興味津々に見ているルミネさんに声をかけて目的の階層へと行く。
一階と打って変わって四階はとても雑多とした雰囲気がある。そこにいる客層も駆け出しや中堅らしき探索者で賑わっていた。
「それじゃあ一旦各々で見て回りますか」
「え?」
「僕は武器のコーナーにいるんで何かあったらそっちに来てください」
「あ、あの……一緒に───」
「それでは!」
軽く手を振って僕は目的の武器がある方へと足早に向かう。
何やらルミネさんは言いたげな様子だったが、何かあればこっちに来るだろう。
そう納得して武器の陳列棚、主にナイフがあるコーナーへと向かった。
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