第14話 少女の後悔
探索者協会に併設にしてある、オシャレなカフェテリア。
内装はシックで落ち着いた雰囲気。とても荒くれ者が多い探索者がお行儀よくこんなところでお茶を嗜む姿なんて想像つかないが、店内はそれなりに賑わっていた。
外の景色がよく見える窓際の席へと案内されて、流れでそのままウェイトレスに適当な飲みのを注文する。
優しく差し込む陽射しが気持ちいい。何となく外の景色を眺めて飲み物が来るのを待っていた。
「「…………」」
その間、特に会話は無く。それは飲み物が届いてからも変わりない。
正直に言ってとても気まずい。何か話すべきなんだろうけど、何を話していいか全く思いつかなかい。
「……ニガ───」
気を紛らわせるために届いた飲み物に口をつけるが思わず顔を顰める。
格好をつけて頼んだコーヒーが予想以上に苦かったのだ。見栄なんて張るもんじゃない、子供舌の僕にはまだ黒い液体は早かった。
チラリと対面に座った女の子の様子を盗み見るとちょうどタイミングよく目が合う。
ルミネさんはストローで一生懸命にオレンジジュースを飲みながら、気まずそうに僕を見ていた。
そして慌てたように目線を不自然にズラして再び静寂が訪れる。
改めて言わせてもらうが気まずい。
なんで僕はあの時「お茶でもどうですか?」などと口走ってしまったのだろうか?
別に僕はお喋りではない。よく幼馴染からは「聞き上手」と褒められるくらいには無口だし、気の利いた話の一つもできやしない。
なのになんで自分から死地へと足を踏み込んでしまったのだろう。こうなる事は火を見るより明らかだったろうに……。
ただ、あそこで彼女と別れるのは何かいけないと思った。
依然として続く静寂に心の軋む音が聞こえてくる。周りの程よい喧騒が更に僕たちの間にある静寂を際立たせる。
心の内で溜息を吐いて、この状況をどう切り抜けようか考える。
再び視線を窓の外にやると、前方からポツリと言葉が落ちた。
「今日、パーティーメンバーの死亡手続きを探協でしてきたんです……」
今にも消え入りそうなか細い声。それでもこの静寂の中では不自然な程によく聞こえた。
僕の予想はだいたいあっていたようだ。昨日の今日であんな暗い顔をして探協にいたのならばそれ以外の理由はないだろう。
「全員の名前を渡された紙に書いて、承認印が押されたら簡単に手続きは終わりました。とっても呆気なかったです」
微かに肩を震わせて彼女はなにかに耐えるように汗ばんだグラスを両手で握る。
「死体はもうどこかの魔物に食べられて、ちゃんと弔うことも出来ない。唯一私にできるのは書面での手続きだけ……本当に呆気なさすぎますよ……」
生き残った者の宿命とでも言うべきか、それは体験した本人にしか分からない辛さや苦しさがあるのだろう。
「お疲れ様でした……」
ようやく絞り出たのはそんな短い一言。もっと気の利いた言葉があっただろうに、僕にはこれが精一杯だった。
どんな言葉で慰めようと考えても、どれも薄っぺらくなると感じた。
「どうして私たちのパーティーがあんな目に遭わないといけないんですか…………!」
悲痛な叫びだった。
「なんで6階層なんかに上位種がいるんですか」
納得できない理不尽の数々だった。
「今も頭から離れないんです。血塗れになってバラバラになる仲間の姿が」
目を閉じれば思い出したくない悪夢の数々が目の前の女の子を襲う。
「モンスターが……大迷宮が怖いです」
気がつけばその翡翠色の瞳には大量の涙が溜まり、今にも溢れだしそうだった。それでも目の前の女の子は何とか我慢をして、こう言った。
「どうして私だけ生き残っちゃったんだろう」
それは自分だけが生き残ってしまった罪悪感からか、それとも一緒に死んで楽になりたかったから出てしまった言葉なのか……いや、おそらく両方の意味が込められていたのだろう。
口からポロリと吐き出たその言葉で今まで我慢していた女の子の頬に一筋の雫が伝う。それを皮切りに涙はどんどんと溢れて止まることは無い。
そんな彼女の姿を見て僕の手は無意識にルミネさんの頭を優しく撫でていた。
「……」
「えっ…………?」
唐突に頭を撫でられて硬直するルミネ。それでも僕は撫でるのを止めずに口を開いた。
「そんな悲しいこと言わないでください」
それはとても偽善的で無責任な言葉。だけど僕は言わずには居られなかった。
「自分の命をそんな蔑ろにしちゃダメです……それじゃあ命を張って貴方の命を守った彼らの気持ちはどうなるんですか?そんなこと言っちゃ、絶対ダメだ」
「っ!!」
少し語尾が強くなってしまった。そんな僕の言葉を聞いて目の前の女の子は何か気づいたように一度息を飲むと更に涙を流した。今度は声に出して、大きな声で。
傍から見れば年上の男が少女に厳しい言葉を言って泣かしている、というとても犯罪チックな状況。
しかも無遠慮にもずっと女の子の頭を撫でているわけであって、慌てて頭の上に乗せていた手を退けようとするがそれを目の前の女の子が拒否してくる。
結局のところ、僕はそのまま泣きじゃくる彼女の頭を優しく撫で続けた。
どれほどそうしていただろうか、気がつけばルミネは目を真っ赤に腫らして「ぐすり」と鼻を啜って何とか一旦落ち着きを取り戻した。そして唐突にこんな質問をしてきた。
「テイクさんはどうして探索者になろうと思ったんですか?」
「幼馴染と小さい頃に『2人で大迷宮の謎を解き明かす』って約束したんです。その約束を叶えるために探索者なりました。ルミネさんは?」
それに僕は澱みなく答えて、同じ質問をルミネさんにしてみる。
「下に3人いる弟と妹……家族を養うために探索者になりました」
「そうでしたか」
彼女の返答に頷いて、僕は心底安堵する。不謹慎だがこんなことを思ってしまった。
「他の貴方の仲間には申し訳ありませんが、ルミネさんを助けられて本当に良かったです」
「っ……本当に……助けてくれてありがとうございました……」
やっと止まった涙が再び溢れだしてしまう。
「えっ、あっ……すみません、そんなつもりじゃ……!」
それを見て僕は情けなくも狼狽えてしまう。全く泣かせるつもりなんてなかったのに、今度は確実に自分の言葉で泣いてしまった。
「ふふっ……」
なんて焦っていると、よほど僕の慌てた姿が滑稽だったのかルミネは泣きながら柔らかに微笑んだ。
探索者協会に併設してあるオシャレなカフェテリア。その窓際の席の一角に不可思議な光景を繰り広げる男女の影あり。
けれども程よい喧騒に包まれて僕たちに注目する客は全くいなかった。
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