第13話 休息日
ハウルウルフ・コマンダーとの戦闘から一日が経過した。あの後、僕はエルフの女の子───ルミネさんを無事に地上まで送り届けて、帰路へとついた。
そして疲れ果てた体を労わって本日は探索をせず休息日として、のんびり昼間からとある場所に赴いていた。
「今日も混んでるな〜」
白大理石で出来た大きな建物の中に入って、いつもと変わらない人の多さに感嘆する。
そこには仰々しい格好から、薄い布にしか見えない格好と様々な装備に身を包んだ探索者達でごった返していた。
探索者協会、通称〈探協〉。そこは探索者への依頼の斡旋や、探索で手に入れた魔石やドロップ品を買取、大迷宮に関わる全ての管理をしている機関である。
大迷宮に入るには探協からの許可が必要で、探索者になるために一番最初にすることは、この探協で探索者登録をすることから始まる。
そんな探索者にとっては切っても切り離せない関係にある探索者協会に僕はやって来ていた。
理由はココ最近で溜め込んでいた魔石やモンスターの素材を換金するためだ。
本当は昨日のうちに換金をする予定だったが、予想以上に疲れたので探協にはよらずにそのまま帰ってしまった。なので今日その換金をしに来た。
「並ぶか……」
いつまでも出入口の前で突っ立ていては邪魔なので足早に換金所の窓口に向かう。
広いエントランスを起点に真っ直ぐ進めば依頼やその他手続きをするための総合窓口。右に行けば回復ポーションや探索で役に立つ魔道具が売られた売店と、カフェテリアがある。右に進めば今回の目的である換金所だ。
換金所の窓口には僕と同じように素材の換金をするためにたくさんの探索者が列を生して並んでいた。
これはざっと見積っても15分は待たされる長さだ。
一人でポツンと6つある窓口のうち、比較的人が少なそうな右から3番目の列に並んで順番が来るのを待つ。
「……」
話し相手がいないので気を紛らわす手段がない。ものすごく暇だ。
ジルベールのパーティーにいた頃も基本的に素材の換金は僕の仕事だったので慣れてはいるが、この列に並んでの待ち時間は全く慣れない。
前後に並ぶ探索者はどちらも複数でこの列に並んでいて、待ち時間を潰すために何やら楽しげな会話を繰り広げていた。
行儀が悪いとは思いつつも僕は目の前で盛り上がっている2人組の探索者の会話を盗み聞きすることにする。
「聞いたか〈白銀の戦姫〉が〈魔龍〉に続いて58階層の〈エルダーゴーレム〉も単独討伐したってよ」
「マジかよ!?〈白銀の戦姫〉ってまだ16とかの小娘だよな……スゲェな……」
「ああ。この迷宮都市で活動を初めてから何かしらアイツの話を聞くよな。さすがは〈聖なる覇者〉の
「違いねぇ。俺達にはせいぜい21階層の〈ブレイズワイバーン〉が限界だ」
冗談交じりに笑い合う目の前の2人組。今度は何となく後ろの男女2人組の探索者の話を聞いてみる。
「今度〈聖なる覇者〉が大規模な遠征を行なって階層更新に挑むらしいよ」
「そうなんだ、まあ最近ノリに乗ってるもんね」
「だね。〈白銀の戦姫〉が入ってからは勢いに拍車がかかった感じがする」
「あの子、凄く美人よね」
「そうだね。でも僕には君の方が───」
なんだか雲行きがピンク色になってきたのでそこで僕は盗み聞きを止めた。
やはり暇だからと言って他所の会話を勝手に聞くのはいけない事だ。決して後ろの男女がイチャつき始めたから盗み聞きを止めた訳では無い。
「それにしても……」
たまたまかもしれないが前後で同じ人物の話題が上がっているとは思わなかった。しかも昔馴染みの知人ときたもんだ。
それにしてもそうか、彼女はまたとんでもない功績を残したのか。
推定15メートルを超えて、オリハルコンよりも硬いと言われている〈エルダーゴーレム〉を単独討伐して、Sランクパーティーの最高火力として大活躍。
また遠くまで差をつけられてしまったものだ。
それでも、彼女と交した約束を諦めるつもりなど毛頭ないんだけど。寧ろ、今の話を聞いて俄然やる気が出てきた。今はまだ足元にも及ばないけれど、昔と比べれば今の僕は強くなる手段を手に入れたし、着実に強くなれている。
だから諦めるなんて言う考えは頭の片隅にも存在しない。絶対に追いついてやるのだ。
幼馴染の大活躍を聞いて決意を更に燃やしていると、どこかからこんな話が聞こえてきた。
「そういや最近ジルベールの機嫌が悪いらしいぜ」
「またか?Aランクに上がって上機嫌だったのに……今度はどんな事で文句を言ってるんだ?」
「さあ?でもとにかく周りに当たり散らかしてるらしい」
「…………」
僕の燃え上がる気持ちに水を差すかのような思い出したくもない人間の話。一気に気分が萎えていくのが分かる。
「またあの男は好き勝手やってるのか……」
僕をパーティーからクビにしてだいぶ落ち着くと思っていたのだが、どうやらそんなことは全くなかったようだ。
今度はどんな理由で駄々を捏ねているのか知らないが、よくもまあそんなポンポンと不満が湧いて出てくるよ。ここまで来ると関心さえしてしまう。
全く耳に入れたくなかった情報にげんなりしていると、いつの間にか目の前の探索者がいなくなって自分に受付の順番が回ってきていた。
「次の方どうぞ〜」
「……あっ、はい」
少しだけ反応が遅れて受付に向かうと、黒と赤を基調とした制服に身を包んだ女性職員がペコリと頭を下げる。
「探索者協会へようこそ。換金する魔石や素材の提示をお願い致します」
「はい……お願いします」
そのまま慣れた様子で業務に入る。
この3日間の探索で溜め込んでいた素材を全て受付カウンターに乗せる。と言ってもコマンダーとの戦闘でゴブリンの死体を全て投げ捨ててしまったので予定していた量よりは少なくなってしまった。
「お預かりします。少々お待ちください」
「はい」
渡した素材を受付のお姉さんは丁寧な所作で受け取ると奥の方へと消えてしまい、3分ほど待たされる。
そして渡した素材の代わりにこんもりと何かが入った布袋を手渡してくる。
「こちらが今回の売却額になります。ご利用ありがとうございました」
「ありがとうございます」
何か、というのはもちろんお金であり。僕は予報以上にお金の入った布袋を受け取って換金所を後にする。
「っ!?」
我慢できずに軽く中身を確認してみればその金額に驚く。ざっと20万ベルドは入っている。この3日で以前の月給と同じぐらい稼げてしまった。
上位種のコマンダーの素材が高く売れたからこれだけの額になったのだろうが、それにしてもこんな大金になるとは予想していなかった。探索者ってこんなに稼げるのか……。
「おお……」
思わぬ大金に心の内が満たされていくのが分かる。
正直、結構手持ちの金がギリギリでどうなるかと内心、気が気ではなかったのだ。これだけあれば暫くは安心していいだろう。
少し気を抜けば表情筋が緩んでだらしなくなるのを何とか我慢して、僕は大金が入った布袋を懐へとしまう。
そしてそのまま、用事が済んだので探協の出入口へと歩みを進める。
まだ時刻は12時前。今日は一日休息日なのでこれからどうしようかと考えていると後ろから声をかけられる。
「あ、あの……!」
「はい?」
一瞬、大金を抱えているので「ビクリッ」と変に体が緊張してしまうが、平静を装って声のした方へ振り返るとそこには昨日助けたエルフの女の子───ルミネさんがいた。
彼女は昨日とはまた違ったラフな格好でいて、少し目のやり場に困る。
「あっ、どうもこんにちは」
「こんにちは……」
あまりジロジロと見るのも失礼なので目線を逸らしつつ挨拶をする。そして暫くルミネさんの様子を伺ってみるが彼女は一向に次の言葉を言う気配がない。
何かしら用事があるから声をかけられたとばかり思っていたが違うのだろうか?
気まずい空気が流れる中、視線をルミネさんの顔にやるとあることに気がつく。
それは彼女の表情がとても暗いのだ。重く張りつめたようなその表情はどこか見覚えがあった。
そんな彼女を見て何となく察しがつく。次に僕はこんなことを口走っていた。
「時間があるならお茶でもどうですか?」
言って我に返る。
自分はいったい何をナンパ野郎みたいなことを口走っているのかと。
ルミネさんは少し目を見開いて返事を返す気配がない。
それもそうだ、いきなり昨日知り合ったばかりの男にお茶に誘われれば困惑もするだろう。
「全てを無かったことにして逃げ出したい……」と心の底から自分の行動を後悔していると、ルミネさんは長い沈黙から口を開いた。
「…………はい」
こくりと小さく頷くルミネさん。
予想に反して、彼女は僕の誘いを了承した。
そして僕は彼女ともに探協に併設してあるカフェテリアへと向かった。
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