第10話 VSハウルウルフ・コマンダー

「……」


「ゥゥゥゥ……」


 獲物を構えて互いに睨み合う。


 ハウルウルフ・コマンダーはまさか一人の人間にここまで追い詰められるとは思っていなかったのか、先程の余裕は見られない。

 他のハウルウルフのように下手に特攻してくる訳では無く。しっかりと目の前の敵の実力を推し測ろうとしている目だ。


 それは僕も変わらない。

 ステータスを見てこのコマンダーは僕よりも強いことは分かっている。俊敏なんて凄い差が開いている。下手に仕掛ければ一瞬で殺されてしまうだろう。


 だから最初の攻めは慎重に行く必要がある。もう亜空間に収納しているモンスターの素材やアイテムは無い。先程のようなゴブリンの死体を出すなんて言う奇襲も使えないのだ。ここからはお互いの実力がモノを言う真剣勝負だ。


 張り詰める緊張感。

 無意識に唾を飲み込んで互いの出方を伺う。背後から何やら興奮したようにゴブリンの死体に群がる犬ころがいるが完全に無視だ。


「「ッ!!」」


 どちらともなく地面蹴った。


 一つ瞬きをすればもう目と鼻の先に雄々しい獣がいる。それに臆することなく構えたナイフを突き立てる。


 ───キンッ!!


 鋭い金属音が大迷宮に響き渡る。

 鋼鉄に匹敵する硬度を持ったコマンダーの牙と、耐久力が以上に高いナイフが混じり合う。


 鍔迫り合いの形と相成る。

 力は拮抗……いや、少し僕の方に分がある。このままゴリ押せば奴の牙を1本は折ることができる。


 それを本能で感じ取ったのか、コマンダーは大きく後ろに飛んで距離をとる。


「ッ……グルゥ……!」


「そう簡単にはいかないか……」


 そのまま一気に牙を断ち切るつもりだったが、さすがは上位種。群れの長を務めるだけあって知能が高い。


「ガウッ!!」


 大きく距離を取ったコマンダーは休む間もなく再び地面を蹴った。


 今度は先程よりも速く、タイミングをずらす意味も込めてジグザグにジャンプをしながら接近してくる。

 右、左、右、左、右………。

 コマンダーの動きを目で追いかけるがその素早さに目が眩みそうになる。


 ナイフを目の前に構えてしっかりと見定める。


 そして、次のステップで僕と奴が再び衝突すると判断した刹那、コマンダーは異様な加速をして僕の左側から突進してきた。


「グラゥッ!!」


「はやっ…………チッ!!」


 反応が嵩瞬遅れる。

 何とか迎撃はするが、完全には防げない。頬に奴の鋭い爪が掠める。


 なんだ今の速さは? 明らかにステータスの敏捷だけでは説明がつかない。何か他の力が働いたような────


「鑑定……………なるほど」


 距離をとってスキル【鑑定】を発動する。ステータスの一部に注視すれば直ぐに先程の異様な加速に納得がいった。


 ────────────

 ハウルウルフ・コマンダー

 レベル1

 魔力:38/50

 ────────────


 そこには魔力が減ったコマンダーのステータスが映る。


「風魔法で加速したのか」


 何の変哲もない風による身体強化魔法。しかし、モンスターが使うとこの上なく厄介だ。

 こんな上層で魔法使うモンスターなんて出会う方が稀だ。改めて上位種の強さを実感する。


「グルルルル……」


 先程の攻防で速さは圧倒的にこちらに分があると確信したのか、コマンダーはニタリと口角を吊り上がらせる。

 その挑発とも取れる態度に黙っているわけにはいかない。


「まだまだッ!!」


「ガルゥッ!!」


 声を荒らげて突っ込む。コマンダーも好戦的な笑みを浮かべたまま疾走する。


 まだ勝負は決まっていない。敏捷は大きな差があるが、その他はそれほど大きな差なんてのは無い。筋力だけで言えば僕が上回っている。どうにかして至近距離まで近ずければ勝機はある。


 だがそうは思ってもなかなか上手くは行かない。圧倒的な敏捷の差がこちらの戦況をみるみるうちに不利にしていく。


「ぐッ……!!」


 縦横無尽に駆け回るコマンダー。奴は持ち前の機動力を活かして着実に僕に攻撃を当ててくる。


 やり返そうにも僕のナイフは空を切る。かと思えば奴の鋭利な爪が僕の肩や腕、足など、全身を切り付ける。


 徹底的なヒット&アウェイで堅実な攻めだ。本当にモンスターと戦っているのか疑いたくなってくる。


 下層に行けばこんなモンスターがわんさかと出てくるのは知っていたが、実際に戦ってみると痛感する。僕はまだまだ戦闘初心なのだと。癪だがこんなのといつも戦っていたジルベール達を少し尊敬してしまう。


 三度、コマンダーの爪が僕を襲う。今度は先程、手下のハウルウルフに噛み付かれた肩を深く切り裂かれる。


「ガウッ!!」


「クソっ……!」


 思わず体がよろけて、顔は苦悶の表情に染る。

 そんな僕を見てコマンダーは完全な勝機を見出したのかトドメを刺しに来る。


 大きくステップを踏んで切り返し、今までで一番の速さでの突進。大きく口を開けてコマンダーは僕の首を刈り取ろうと来る。

 相当な速さだがそれでも何とか目で追うことが出来た。


 再び異様な加速をして跳躍。それにナイフを構えて迎え撃つ。

 速すぎてもう殆どコマンダーのことなんて見えていないが、これだけ直線的な攻撃なら予測は立てやすい。

 素直にナイフを構えて待ち受けていれば攻撃は届く。


 そう確信した瞬間だった。


「グルゥアアアアアアアアアアッッッ!!」


「っ……!?」


 全身に響く殴りつけるような怒号。一瞬、思考が停止して真っ白になる。

 何も考えられなくなって、視界に移るコマンダーの動きがゆっくりと歪む。どういう訳か体の言うことも聞かない。


 何が起きたんだ?


 そう考える前に直感した。

 それはハウルウルフの代名詞とも言えるスキル【咆哮】だ。


 しかしこの場合、目の前のコマンダーが使ったのはただの【咆哮】ではない。〈スキルLv2〉普通のハウルウルフが使う【咆哮】とは一線を画す威力の【咆哮】だ。


 スキル【咆哮】の効果は『敵を声によって数秒間拘束させる』というもの。単純だが、強力だ。スキルを喰らえば数秒間は無防備になってしまう。


 まさかこのタイミングでこのスキルを使ってくるとは……いや、タイミングとしては完璧だ。最後のトドメで万全を期すために相手の行動をスキルで抑制する。完璧としか言いようのないタイミングだ。


「グルゥアッ!!」


「くっ………!!」


 歪んだ視界に勝ちを確信した顔のコマンダーが映る。あと数秒もすれば奴の牙は僕の首を噛みちぎる事だろう。


 あと少し、あと少しで───妙にゆっくりと感じるコマンダーの動き、「本当にあと少しでコマンダーの攻撃が届く」と言うタイミングで体の拘束が解けた。


 視界も一気に鮮明になって目の前にドス黒いコマンダーの口内が広がっている。


「うぐっ─────」


 咄嗟に左手を突き出して、首の身代わりにする。何とか致命傷を避けることは出来たが現状は最悪だ。


「ぐぁああああああああああああッ!!!」


 腕に走る激痛。異物が突き刺さる違和感に骨が噛み砕かれ折れていく感覚に叫ばずにはいられない。

 頭の中を埋め尽くすのは「痛い」と言うこと。ただ痛いということしか分からない。


 視界を埋め尽くすのは死に物狂いで腕に噛み付く獣の姿。奴の口が動く度に不快な獣の息の臭いと激痛が襲う。


 気が狂いそうな痛みに次第に頭は別のことを考え始める。


「消えろ────」


 それは無意識に言葉になっていた。


「────消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろキエロキエロキエロキエロキエロキエロッッッ!!!」


 喉が擦り切れんばかりに叫ぶ。


 痛いのは嫌だ、怖いのは嫌だ、死ぬのは嫌だ。


 そんな感情が爆発して無意識に叫び続ける。


 依然としてコマンダーは僕の腕に牙を立てて噛み付き、必死に腕を噛みちぎろうとしている。肉のちぎれていく感覚にあと少しで完全に腕はコイツによって断たれる。


 そう確信した次の瞬間、不思議なことが起きた。


「─────えっ?」


 今まで感じていた痛みを全く感じなくなったのだ。しかもグチャグチャに錯乱していた思考もスっと平静を取り戻し、今までの激痛が嘘のように思えてくる。


 そして目の前に意識をやればそこには一心不乱に腕に噛み付いているハウルウルフ・コマンダー。そんな無防備な敵の姿を見てふとこんなことを考える。


 ────今ならやれる。と。


 無意識にダラりとぶらさがっていた右腕に力を入れる。しっかりとナイフの硬い柄を握り、思いっきりガラ空きとなっていたコマンダーの喉元にナイフを突き刺す。そのまま一気にナイフを腹まで引き裂けば───


「キャッ…………!?」


 ───目の前の獣は苦悶に藻掻き、数秒と経たずに大量の血を流して呆気なく死ぬ。


 呆気なくコマンダーが死んだことで今までゴブリンの死体に夢中になっていた手下のハウルウルフ達は一気に動揺した様子を見せる。さすがに群れの司令塔が死んだことには気がついたらしい。


「「「キャウンキャウン!」」」


 そしてどうすればいいかわからなくなったハウルウルフ達は情けなくしっぽを撒いて大迷宮の奥へと逃げていった。


 情けないハウルウルフ達を見届けて、どっと疲れが湧いてくる。途中から感覚が無くなっていた痛覚まで復活して、一気に視界が眩み始める。


「っ……ちょっと無理をしすぎたかな……」


 腕に噛み付いていたコマンダーの顎を外して、グッタリとのしかかっていた奴の死体を退けて寝転がる。


 もう立ち上がることもできそうにない。満身創痍とはまさにこの事だ。まだやることがあるというのに中途半端もいいところだ。


 そんなことを考えていると隠れていた女の子が慌てた様子でこっちに近づいてきてこんなことを聞こえてくる。


「だっ、大丈夫ですかっ!?」


「……」


 その質問に僕は何も答えることが出来ない。声を出すのもしんどい。


「あっ、あっ、そうですよね!喋るのもそんなボロボロじゃ無理ですよね!!」


「……」


 そんな僕の心情を知ってか知らずかフードを深く被った女の子は慌てた様子で僕の体を抱き上げる。


 以外にも元気そうな女の子を見て一気に安堵する。これなら彼女一人でもなんとか安全地帯まで行くことが出来るだろう。


 助けると決めた手前申し訳ないが、僕はこれ以上動くことは出来ない。本当に中途半端で申し訳ないが後は一人でどうにかしてくれ。


 伝わらないとは分かっても心の中でそう言ってゆっくりと目を瞑る。


「ああ!ダメです!目を閉じちゃダメ!死んじゃいます!!」


 目を閉じた僕を見てゆさゆさと乱暴に体を揺する女の子。


 怪我人且つ命の恩人に対して、満身創痍な体を揺らすとは何事かと文句を言いたくもなったがそんなことよりも眠たくて仕方がなかったので、僕はそのまま寝ることにした。


 本当に疲れているため、揺すられても普通に寝ることが出来た。

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