第9話 吼える狼
手にだいぶ馴染んできたナイフを構えて地面を強く蹴り、本能のままにハウルウルフ達に突っ込んで行く。
「はぁああああああああああぁぁぁッ!!」
雄叫びを上げて心を奮い立たせる。決して今しがたの覚悟を揺るがないものにするために自らを鼓舞する。
「ッ……バウバウッ!!」
少女ににじり寄っていたハウルウルフ達は突然の僕の雄叫びに驚いている。そして、一斉に視線を向けて声高に吠えた。
それを気にせず僕は走る足をとめずに一気に少女の前へと躍り出る。
一匹のハウルウルフが大きく跳躍して、鋭い牙を立てて頭上から噛み付いてくる。
それを冷静にナイフを構えて迎え撃つ。
「ガウッ!!」
「……はあッ!!」
一線。無駄な力はかけずに突進してくるハウルウルフの勢いを利用して口元から尻尾までナイフで掻っ捌く。
呆気なく真っ二つにされたハウルウルフからドブ臭い鮮血が飛び散る。それを気にせず、僕はまだまだ沢山いるハウルウルフ達を気にかけながら背後の少女に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「…………」
「あの……」
少女はまさか本当に僕が助けに来てくれるとは思っていなかったのか、声をかけても返事をせず呆然とするばかりだ。
気持ちは分からないでもない。こんな絶望的な状況で助けてくれる探索者なんてのは普通いないだろう。もしいるとすればそれは命知らずで馬鹿だ。相当、偏屈な正義感やプライドをお持ちのことだろう。
……まあ今はそんなことどうでもいい。それよりもどうやってこの状況を打開するかだ。
「……動けるようなら準備をしておいてください。何とか道を切り開くのでその隙に逃げて」
「ど、どうして……?」
「質問は生き残ってからでお願いします。僕も初めての経験で余裕が無いんです。とりあえず合図をしたら死ぬ気で走ってくださいね」
「っ……!」
少し感じは悪いが、躊躇う女の子に一方的に言うと彼女は勢いよく頷いてくれた。
とりあえず意思疎通に成功したことに安堵して、完全に女の子から視線を切って目の前の狼たちに集中する。
「……鑑定」
一体のハウルウルフに焦点を合わせて短く呟く。
鋭い視界の端に無数の数字が表記された半透明のウィンドウが出てくる。
──────────────
ハウルウルフ
レベル1
体力:105/105
魔力:25/25
筋力:90
耐久:85
俊敏:150
器用:35
・魔法適正
無し
・スキル
【咆哮 Lv1】
・称号
無し
──────────────
他のハウルウルフも続けて鑑定してステータスを確認してみるがどれも似たような数値。
ステータスはそれほど高くない。一体だけならば全く問題のない相手だ。だけど、今の状況はそう言う訳じゃない。14対1で、数だけなら考えるまでもなく僕が圧倒的に不利だ。
「ふぅ…………」
けど、そんなのは突っ込む前から分かっていたことだ。どうにかして隙を作り、この女の子を近くの安全地帯まで逃がさなきゃ。
深呼吸をしてナイフを構え直した瞬間に2匹のハウルウルフが突っ込んでくる。
「ガルゥッ!!」
「バウッ!!」
左右からの挟撃。タイミングは完璧だ。1寸のズレもなく、2匹のハウルウルフは僕の首を噛みちぎろうとしてくる。
けれどまだ対処できる範囲内。
「ッ!」
ステータスの差を利用して、素早く2体のハウルウルフの首を一振で刎ねる。
萎れた鳴き声と共に地面に落ちるハウルウルフ。それを一瞥して、直ぐに次の相手にかかる。
間髪入れずに1体のハウルウルフが目の前に飛び込んでくる。それをまたナイフで屠る。
これで都合4匹。残りは11体だ。
神経を研ぎ澄ませる。
決して後ろにいる女の子の方にハウルウルフを行かせてはならない。1匹でも漏らせば何のためにこんな死線に飛び出したのか分からない。
「グルゥッ!!」
「ガウッ!!」
耳元に、無駄にデカいハウルウルフの鳴き声が聞こえてくる。
一息もつく暇なんて無い。目の前の獣たちは死を恐れずにこちらの命を刈り取りにくる。
「次から次へと……!!」
悪態を吐きながら走ってきたハウルウルフにナイフを突き立てる。
これで都合6匹。このペースなら何とかなるかもしれない。この状況を打開する現実味を帯びてきた。
そんな甘い考えが脳裏を過ぎった瞬間だった。
「うぐッ……!?」
脇腹の辺りに何かが突き刺さる激しい痛みが走った。
直ぐに視界を下に向ければ、そこにはいつ間にか僕の右脇腹にハウルウルフが噛み付いていた。
2体のハウルウルフが視界に入った瞬間にその隙を突いて懐まで接近してきていたのだ。完全に油断した。時間差での攻撃、それもかなり間隔を狭めての速い連携だ。
「クソっ!!」
「グルゥ……!」
痛みに耐えながら脇腹のハウルウルフをナイフで殺そうとするが、それは難なく躱されてしまう。
噛みつかれていた脇腹からどくどくと大量の血が流れている。かなり深くまで牙を刺されてしまったようだ。
直ぐに止血をしたいがそんな余裕を目の前の大きな群れは許してはくれない。
「グルゥアアッ!!」
全方位から覆い被さるように5匹のハウルウルフが牙を光らせて突っ込んでくる。
ステータスの差があれど、さすがにこの数を一気に捌くのは不可能だ。負傷は免れない。
「チッ……!!」
攻撃を躱そうにも、ここで僕が逃げれば後ろに女の子にハウルウルフたちは狙いをシフトするだろう。
それだけはダメだ。
「はぁあああッ!」
気合いで近くまで迫ってきていたハウルウルフ3匹を斬り伏せる。
しかし、他の2匹にまで手は間に合わず。左肩と右太腿に鋭い痛みが走る。
「うぐぁああッ!!」
骨の軋む音と肉の引き裂かれる感覚が同時に襲いかかる。
当然ながらハウルウルフたちは全力で噛み付いていている。僕を殺そうと全身全霊で来ている。
「離れろ!!」
ナイフを我武者羅に振り回して噛み付いていたハウルウルフ達を振り払う。
形勢が一気に逆転してしまった。
逃げることは疎か隙を作るのも難しい状況だ。最初は調子よくハウルウルフを倒せていると思っていたが、どうもそう思わされていたようだ。
そもそもがおかしな話だった。
普通、ハウルウルフの群れはこんなに大きくはならない。良くても4〜6が限度で15体の群れなんてのは聞いたことがない。
それにゴブリンよりも少し上の知能しかないハウルウルフに人を油断させるという知恵が回るはずがない。統率の取れ方なんてのも異様だ。
次々と湧き上がってくる疑問の中、ふと一体のハウルウルフに目がいく。
そいつは他のハウルウルフよりも一回りほど大きくて、毛並みの色も少し深い色をしていた。
両脇には自分を守るように3体の普通のハウルウルフが付き従っている。
「……アイツか」
直ぐにそのハウルウルフがこの群れの司令塔だということが分かる。
再び2体のハウルウルフが襲いかかってくるがそれを何とかあしらいつつ、その司令塔のハウルウルフを鑑定する。
「鑑定」
─────────────
ハウルウルフ・コマンダー
レベル1
体力:250/250
魔力:50/50
筋力:180
耐久:90
俊敏:299
器用:100
・魔法適正
風
・スキル
【咆哮 Lv2】【索敵 Lv1】
・称号
司令塔
─────────────
……強い。
ステータスを見て確信に変わる。
コイツが群れのリーダーで、高い統率力の理由なのだと。
そして一か八かの賭けに出る。
「どけッ!!」
依然として周りをチョロチョロと走り回る2体のハウルウルフを蹴り飛ばして、一気に親玉であるハウルウルフ・コマンダーの方へと駆ける。
このまま戦い続けてもジリ貧だ。また総攻撃を仕掛けられれば今度は対処できる自信が無い。ならば、その前に親玉の首を取って群れの瓦解を狙う。
これだけ統率の取れた群れだ、司令塔を失った時の動揺は大きいはずだ。
その隙をついて後ろの女の子と一緒に安全地帯まで逃げる。
かなり無理やりな作戦だが、やらなければ全滅だ。やるしかない。
様子の一変した僕を見てコマンダーを囲うように守っていたハウルウルフ達が臨戦態勢に入る。
「ガルゥウッ!!」
一定の距離に入った瞬間、コマンダーが雄叫びを上げる。それに呼応するかのように3体のハウルウルフが散開した。
前方から3体のハウルウルフ、後方からは先程蹴飛ばしたハウルウルフが2体。数はバラけているが挟撃の形になった。
このまま何もせずに突っ込めば囲い殺されるだろう。それを確信してハウルウルフ達は猛進してくる。
だが何も無策で僕はコマンダーに特攻した訳では無い。
「拾え!!」
『スキル【取捨選択】の発動を確認。亜空間から拾うモノを選択してください』
「ゴブリンの死体をありったけ出せ!!」
『選択を確認。亜空間に収納しているゴブリンの死体×15体を排出します』
僕の言葉に呼応して無機質なスキルの声が聞こえてくる。
次の瞬間、僕の周りに計15体の血にまみれたゴブリンの死体が出現する。
「「「ッ!?」」」
急なゴブリンの死体に前後方のハウルウルフ達は目を見開いて驚くと、走る足に急ブレーキをかける。
そして僕はその隙を見逃さず大きく跳躍して、一気にハウルウルフ達を飛び越えて親玉であるハウルウルフ・コマンダーの前へ躍り出た。
「上手くいってよかった」
半信半疑でスキル【取捨選択】の収納能力を使って大量のゴブリンの死体を出したが本当に出てきた。
ゴブリンの死体はハウルウルフ達にとって大好物だ。いきなり大好物が目の前に大量に転がってきたら驚くだろうし、戸惑うだろう。それにいくら司令塔の命令があるとは言え、目の前に無造作に好物が出てきては興味を引かれて仕方が無いはずだ。
しばらく、あのハウルウルフ達はゴブリンの死体に釘付けになってくれるはず。これで女の子に注意がむくことは無い。
仮にコマンダーが新しい命令を出そうとしても───
「さあ、サシでやろう」
「グルゥッ………!!」
───僕がコイツの首を取れば関係ない。
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