第8話 惨状
悲鳴がした方向へと全速力で向かい、たどり着いた先には殺伐とした光景が広がっていた。
「グルゥゥゥ!!」
辺りには鮮血が飛び散り、地面にはぐったりと倒れた人が数人いる。
それにこの階層で最もポピュラーなモンスター〈ハウルウルフ〉が群がっている。
数は15匹。これほど大規模な群れをなしているハウルウルフはそうそう出現しない。新人探索者が太刀打ちするにはかなり荷が重いだろう。
ハウルウルフは鋭利な牙を全く動く気配のない人だったモノに突き立てる。遠目からでも「グシャリ」と言う嫌な擬音が聞こえてくる。
噛み付いては引きちぎり、噛み付いては引きちぎりが繰り返されてその人だったモノはバラバラに解体される。
人だったモノに我先にと喰らいつくハウルウルフ。
見ているだけで目を背けたくなる光景に、一つの雄叫びが聞こえてきた。
「クソがァァアアアアッ!!」
それは一人の大剣を振りかぶった大男。
全身血まみれで、傷だらけ。立っているのが不思議なくらいその男は本当にボロボロだった。
それでも男は最後の力を振り絞るように剣を狼達に向けて絶叫する。
考えるまでもなく。目の前で壊滅したパーティーで前衛職を務めていた探索者なのだろう。その表情と声音からは強い憎しみと絶望の色が滲み出ていた。
「死ねぇッ!!」
大男が上段に構えた大剣はハウルウルフの群れに襲いかかる。
しかし、その斬撃はお世辞にも早いとは言えず。大男の決死の攻撃は軽々と躱されてしまう。
「ガウッ!!」
「うぐぁッ!!」
攻撃を躱した一匹のハウルウルフは、お返しと言わんばかりに大男の腕に噛み付く。それを皮切りに、他のハウルウルフも大男に噛み付きはじめた。
砂糖に群がる虫のようにハウルウルフたちは大男の体を啄ばむ。
「や、やめてくれ……やめ────」
モンスターに命乞いなど通じるはずもなく。大男は最後に首を噛みちぎられて絶命する。
「ぼとり」と白目を向いた男の頭が転がる。首からは噴水のように真赤な血が吹き出して、その場は混沌としていた。
「とっくの前に手遅れだったか……」
最後の生き残りだったであろう大男の死を見届けて、僕は無意識に呟く。
僕がここに来ても来なくても結果は最初から決まっていた。
そうと分かっていても、いざこんな光景を目の当たりにすれば多少の後ろめたさがこみあげてくる。
残酷ではあるが大迷宮ではよくある光景だ。冒険慣れしてきた新人探索者が狩場を移して、調子に乗って返り討ちに合う。本当によくある話だ。こればかりは運が悪かったと思うしかない。
胸糞悪い気分だ。こんなことならばあの悲鳴なんて無視すれば―――――
「ん?」
そこで僕の中に疑問が浮かぶ。
今一度、ハウルウルフ達に気取られぬように死体に群がるそこを見る。
転がっている死体は全部4つ。そのどれもが原型を留めておらず、バラバラに解体されて、どれがどのパーツと組み合わせるのか見当もつかない。しかし、それでも分かることがある。
転がっている死体はすべて男だという事だ。
どの死体も肉付きや骨格、身に着けいていた装備から女ではない。
それを確認して思考する。
「……」
僕が聞いた悲鳴は女の子の声だった。
しかし今ここに転がっている死体はすべて男。
つまりはまだ運よく生き残っている探索者(女の子)がいるのではないか?
思考と同時に視線を彷徨わせて、悲鳴を発した主を探す。
するとすぐにお目当ての人物を見つけることができた。けれども状況的には最悪だ。
先ほどまで死体に群がっていたハウルウルフ達はいつの間にかある一点に視線を向けていた。荒く呼吸をして、だらしなく涎を垂らしながら血走った目をそこに向けている。
つられるように視線を向ければそこには一人の少女がいた。
「や、やめて……こないで……」
フードを深くかぶってその容姿はよくわからないが今しがた聞こえてきたあどけなさのある高い声と、フードの中には納まりきらない金糸雀色の長髪だけで男か女かの判断は容易だった。
じりじりと少女ににじり寄るハウルウルフ達。少女は再び恐怖の声を口から漏らして怯えるばかり。
その恐怖する姿を見て狼たちは愉しむかのように遠吠えを上げる。
一瞬、少女と視線が重なる。ローブの奥からのぞかせる翡翠色の瞳がきらりと光った。
「っ!」
息をのみ、僕は宝石のように光るその瞳を見つめることしかできない。瞳は必死に何かを訴えてくるが体は動きだそうとはしない。
無意識に奥歯を噛み締める。
少女が何を訴えてきてるかなんて言わなくても分かっている。僕だってできることならあの少女を助けたい。
しかし敵の数は総勢15匹。しかも戦うのは今日が初めての相手だ。状況はよく考えるまでもなく不利、死にに行くようなものだ。普通ならば即座にこの場から逃げるべきだ。
分かっている。分かってはいるが体は動きだそうとはしない。
「っ……!!」
どっちつかずで、優柔不断な自分の行動に腹が立ってくる。
助けるわけでもないのに様子を伺って、危険だと分かっているのにその場から離れようともしない。
今にもハウルウルフ達はその鋭い牙を少女に突き立てようとしている。それを見て湧き上がってっ来る感情は怒り。
選択する必要がある。
このまま自分の命を優先して逃げるか、それとも目の前の命を見捨てずに助けるか。決断は二つに一つ。どちらを選んだとしても誰も責めなんてしない。状況が状況なのだ、これは誰にも責めることはできない。
賢いのは絶対に前者だ。それでも、ここであの少女を見捨てて僕は僕自身を許せるのだろうか? 助けを求められてそれを見て見ないフリをすることなんてできるだろうか? そんなことをして僕は本当に――――
「……」
――――誰かを見捨てて本当に堂々と彼女の隣に立つことができるのか?
否。
「無謀でも偽善でも何でもいい……」
ここであの女の子を見捨てて、僕は
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