第7話 検証結果
この階層の探索を始めてから今日で2日目。もう少しで次の6階層へと続く道が見えてきてもおかしくはないところまで来ていた。
「体がまだ痛い……今日は1回しか使えないな」
歩くたびに体の節々が悲鳴を上げる。
強くなるためには必要なことだとはいえ、常時この痛みが付きまとうのは勘弁してほしかった。
「まさか【取捨選択】にこんなデメリットが存在したとは……」
今しがた「ブチっ!」という擬音が聞こえてきそうなほどの激痛を訴えてくる腹筋を労いながら、慎重に5階層の奥へと進んでいく。
初めて、スキル【取捨選択】を使用してから4日が経過。
僕はスキルの力によって本当に能力値を大幅に上げることに成功した。
この4年間、全く変化のなかったステータスがこんなにあっさりと上がったときは、「今までの苦労は何だったのか」と疑問に思いもしたが。
結果よければすべてよし、このまま一気に強くなってやろうと考えたわけだが、世の中そんなに上手くはできていなかった。
最初こそ、相手(死体)のステータスを奪えることに驚きも喜びもしたが、この【取捨選択】というスキルにはメリットと同時にデメリットも存在したのだ。当然と言えば当然な話だ。こんな破格の効果を持ったスキルがなんのデメリットも無く使えるはずなどない。
そのデメリットとは、相手のステータスを奪い、自身のステータスに計上するときに身体へ激しい痛みが生じるのである。それはもう想像を絶するほどの激痛だ。全身が痛すぎて立つことも儘ならず、正気を保つのも難しい程の痛み。このスキルを使った後、必ず僕は地面をのたうち回ることになる。
これも当然と言えば当然な話だった。
急速なステータスの成長というのは今までの自分が劇的に変化するということ、体が成長するのと同じ原理だ。急激な成長はそれだけ体に負担がかかってしまう。
そんな理由もあって【取捨選択】を初めて使ってから4日経った今、僕はまだ4体のモンスターからしかステータスを奪えてなかった。デメリットの反動もあって1日に【取捨選択】を使える回数はよくて2回が限界。それ以上使えば痛みに耐えかねて意識を失ってしまい、しばらくは指一本も体を動かすことができなくなるだろう。
実際に連続でスキルを使ったときは死ぬかと思った。全身痛いわ、動かせないわ、意識がぶっ飛びそうになるわでヤバかった。たまたまモンスターが近くにいなかったから何とかなったが、一人で勝手に瀕死状態を起こすのはもう勘弁だ。
そんな苦い経験もあり、基本的にスキルは一日に1回か、最低でも一日は間を置いてから使うように決めた。
早く強くなりたい。という気持ちもあるが、危険地帯の大迷宮で一人でぶっ倒れると言うのは命がいくらあっても足りない。焦る気持ちを抑えて今は地道にモンスターを倒して自分に合ったペースで強くなるしかない。
元々、成長する見込みが全くなかったステータスなのだ。寧ろ僕にとってこのことはとても幸運なことなのだ。それを忘れずにやっていこう。
「ふう……この下だな」
そんなことを考えながら進んでいると、次の階層へと繋がる階段がある部屋へとたどり着く。
セーフティポイントとなっているこの部屋には他の探索者もまばらにいて、次の階層に向かう前の最後の休息を取っている。
そんなポツポツと点在している一団を横目に僕は休息を取らずにそのまま次の階層へと向かう。
10分ほど下へと続く階段を降りれば目的の第6階層へとたどり着く。
「一人でここまで来れるようになるなんて、感慨深いな……」
大して変わり映えのしない6階層の風景をみてぼそりとつぶやく。
少ないながらも着実にステータスが上昇してきた僕は、今まで狩場にしていた3階層から6階層を新たな狩場にしようと考えていた。
この4日で戦闘にもだいぶ慣れてきたし、何よりステータスの上昇のお陰もあって3階層のモンスターでは物足りなくなってきた。ステータス的にも6階層辺りなら安全に探索できると考え、気分転換も兼ねて今日はここまで来てみたのだ。
6階層は探索に慣れてきた新人が次の狩場にする比較的人気なスポットだ。
この階層の主なモンスターは〈ハウルウルフ〉という狼型のモンスター。基本的にコイツらは1〜5体ほどの数で出現する。攻撃方法は噛みつきだったり爪での引っ掻きなのだが、それよりも特徴なのが鳴き声だ。瞬発的に発せられる鳴き声──基、咆哮はまともに喰らえば数秒間は身動きが取れなくなる。初心者が初めてのこの階層に来て苦戦する相手だ。
対処方法としては耳栓をするとか、ヒットアンドアウェイで常に距離を取るとかになる。
が正直、レベル1がソロで倒すにはそれなりにリスクがあるので今回は〈ハウルウルフ〉との戦闘は極力避ける方針でいく。
「安全が一番だ……今日は体も痛いし」
ステータスが上昇したと言ってもほんの少しだ。周りの探索者と比べれば、僕なんかはまだ新人に毛が生えた程度の実力なのは変わらない。正直、〈ハウルウルフ〉がどんなステータスをしてるのか気になるし、戦ってみたい気持ちもあるが、やはり安全が一番である。
「───でも見かけたら直ぐに逃げるんじゃなくてステータスぐらいは見てみようかな……」
分かってはいても飽くなき探求心は強欲で、ぼんやりとそんな事を考えてしまう。
どうせなら参考にステータスだけは拝んでおきたい。今まで戦ってきたゴブリンとどれほどステータス的に差があるのかは気になるところである。
2倍か3倍か? 一体どれほど数値に差があるのだろうか?
思わずそんなことを考えてしまう。
最近、癖になりつつあるモンスターのステータス鑑定。
様々なステータスを見る度に色々な発見があって面白いのだ。当たり前の話だがモンスターにも個性がある。力の強いゴブリンも居れば、素早いゴブリンだっている。
何となくそれを鑑定で可視化して見ると楽しいのだ。是非ともハウルウルフのステータスも見ておきたい。
「うーむ……」
今しがた引き締めた気が早くも緩みかけながらも6階層の探索を開始する。
人気スポットなだけあって、辺りからは先行していたであろう探索者達がモンスターと戦闘している音が聞こえてくる。
序盤から中流域にかけての狩場はもう既に先客がいる状態だ。
他のパーティーが先入りしている狩場に乱入するのは論外なので、そそくさと迷宮内を走り抜けて6階層の奥に良さげな狩場がないかを探す。
先行したパーティーのお陰かモンスターとの接敵は皆無で、難なく階層の探索をすることが出来る。
探索を始めて30分ほど。
気がつけば人気のない辺りまで来ることができた。
「先行したパーティーがいた形跡もないし、ここら辺でいいかな?」
足を止めてあ当たりを見渡す。
そして他のパーティーがいないことを確認して、ここら辺で重点的にモンスターを探すことにする。
今のところ気配は感じないが、辺りを練り歩いてたらそのうち遭遇するだろう。
さて、6階層で最初に見つけるのはどんなモンスターだろうか。できることなら1体で行動しているはぐれのハウルウルフだと嬉しい。
妙な期待感を抱きながら、モンスターを探し始めて5分。
なかなかモンスターが見つからないなと思っていると、その声は聞こえてきた。
────キャァアアアアアアアアッッッ!!
「っ!?」
それは甲高い悲鳴。声の高さや幼さから女の子のものだということが分かる。聞こえてきたのは現在地より少し奥に行った先。
声音から察するに緊急事態だということは分かりきっている。恐らく、モンスターとの戦闘で何かトラブルが生じたのだろう。
「ちっ!」
悲鳴を聞いてから少し考えて走り出す。
正直、明らかにトラブルの匂いしかないことには関わらない方がいいというのは分かっている。それでも僕の足は声のした方へ走ることを決めた。
明らかに助けを求める悲鳴を聞いてしまったからには、聞かないふりをすることなんて僕には出来なかった。
もし今の声を無かったことにして、仮に声の主たちが死んでしまった日には目覚めが悪すぎる。
それに、誰かを見捨てて、堂々と彼女の隣に立てるとは思えなかった。
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テイク・ヴァール
レベル1
体力:210/210
魔力:5/5
筋力:210
耐久:105
俊敏:192
器用:117
・魔法適正
無し
・スキル
【取捨選択】【鑑定Lv1】
・称号
簒奪者
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