第6話 上機嫌な男

 その日の男は妙に上機嫌だった。

 いつもは何かしらに託けて不機嫌そうな態度を取り、一人の少年に八つ当たりをしていたのだが、今日はどうも様子が違った。


 男はこの迷宮都市ではそれなりに名の通った探索者だった。

 名前をジルベール・ガベジット。Aランクパーティー〈紅蓮の剣戟〉のリーダーであり、レベル5の実力者であった。


 そんな彼がどうしていつにもまして上機嫌なのか? その理由は今までパーティーに置いておいた雑用係をようやくクビにすることができたからだ。


 そもそもジルベールが彼をパーティーに入れたのはただの気まぐれだった。単純に「従順な雑用係が欲しい」と思っていたジルベールはまだ探索者として右も左も分かっていない少年を雑用係として迎え入れた。


 パーティーを組んだ当初からジルベールは少年を仲間とは思っておらず、都合のいい雑用係、召使い程度にしか思っていなかった。実際に少年は戦闘力が皆無で、スキルを持ってはいたがほぼ意味のないハズレスキル、しかもグズでのろまで仕事の覚えも悪く、正直に言って微塵も使えなかった。


 本当はすぐにこんな雑魚、パーティーからクビにしようと思っていたのだが、それでは今までの少年に対する鬱憤が晴らせないと思った。

 そこでジルベールは一つの妙案を思いついた。


 なんでもその少年はSランクパーティーに所属する幼馴染を追いかけて探索者になったらしい。目標はいつかその幼馴染と同じ高みに至ること。

 その目標をジルベールは利用させてもらうことにした。


 探索者として上を目指す向上心があったジルベールは、自分のパーティーを必ずSランクにすると考えていた。そして探索者として才能があったジルベールは僅か6年で自身のパーティーをAランクまで昇格させた。

 その過程で一緒に行動してきた少年はパーティーがAランクに昇格したことに「自分が少しでもその幼馴染に近づくことができた」とバカな勘違いをするだろうと考えた。


 そのタイミングでジルベールは少年をパーティーから追い出し、彼の希望を悉く踏みにじってやろうと思ったのだ。

 実際にジルベールの思惑通りに少年は、ジルベールにクビを通告されてこの世の終わりのように絶望した顔をした。


 あの時の快感をジルベールは忘れることができなかった。単純が故にこの案はとても上手くいった。追放を言い渡した時の少年の顔は今でも面白すぎて忘れられない。あれを哀れだと言わずしてなんだと言うのか。今までの苦労がすべて報われた瞬間だった。


 そして少年は何も反論できずに手持ちの金と装備を置いてパーティーから抜けた。


 他の仲間が泣きそうな顔で酒場を後にした少年を尾行したところ。少年は小さな広場で無様にも泣いていたという話を聞いた。この話にジルベールは更に上機嫌となった。


 少年を追放した翌日。ジルベールは本日の探索を休みにして、パーティーメンバーとともに少年から奪った装備を質屋で換金しに大通りを訪れていた。


「意外と高く売れましたね」


「ああ。雑魚の癖にアイツ、それなりの良い装備をしてやがった」


 そして現在、贔屓にしている質屋で装備の換金を終えて、ジルベールはそこそこの重みになった金袋に満足していた。

 隣で金袋を興味津々に見つめる盗賊シーフのゲルドの言葉に頷いて、最高な気分で大通りを闊歩する。


 少し道を歩けば周りから視線を感じて、こんな話声が聞こえてくる。


「おい、見ろよあれ。Aランクに昇格した〈紅蓮の剣戟〉だぜ」


「ほんとだ。すげえな、どいつもこいつも強そうな奴ばっかだ」


「私、サインもらおうかな?」


「やめとけやめとけ。お前みたいなやつ、相手にされるわけないだろ」


 それは羨望の眼差し。通り過ぎる人々は彼らを敬い、畏怖する。


「くふふふ……」


 その周りの反応にジルベールは笑みが止まらなかった。

 これほどまでの優越感を味わったのは初めての経験である。強さとはこんなにも全能感を味わわせてくれるものなのかと興奮した。


 最高だった気分がさらに最高になり。ジルベールはさらに堂々と道の真ん中を練り歩く。パーティーメンバーも自信に満ちた表情で彼の後ろについていく。


 誰もが道行く〈紅蓮の剣戟〉に注目した。

 そろそろファンサービスの一つでも周りの群衆にしてやろうかと考えていると、一つの集団に目が留まる。


 一目でその集団が同業者だといううのが分かる。そいつらは異様な雰囲気を放ち、何食わぬ顔で歩いてくる。周りの群衆も今まで集めていた注目をジルベール達からその集団へと一気に集めた。

 そのことにジルベールは不快感を覚えるが、すぐに仕方のないことだと割り切る。さすがの彼でもその集団には敵わないと確信していたからだ。


 どこかの誰かがつぶやく。


「〈聖なる覇者〉だ……」


 それはこの迷宮都市で今、最強と呼ばれるパーティーの名前だ。

 Sランクパーティー〈聖なる覇者〉。創設僅か3年で探索者の高みであるSランクとなり、所属するメンバー全員がレベル6越えの猛者ばかり。現在の大迷宮の最高到達階層を更新したパーティーである。


 リーダーのアトス・ブレイブを先頭に彼は平然とした顔で歩いてくる。


 ジルベールは無意識にその覇気のないアトスを見ていた。

 ジルベールの目標はいつかあのパーティーに並び立つ……いやそれよりも上の強さと地位を手に入れることだった。そんなジルベールの目標とも言える一団との邂逅に彼は自然と高揚感を覚えていた。


 ジルベールの記憶が正しければ彼らは大迷宮へ長期の遠征を行っていたはずだった。

 しかも今回は探協に認められたパーティーしか受注することのできない〈クエスト〉の為の遠征。

「いつかは自分も彼らのように」なんてことを無意識に考える。

 言うなれば〈聖なる覇者〉はジルベールの憧れでもあった。


 次第にジルベール達と〈聖なる覇者〉の距離は縮まる。

 互いに面識はない。特に言葉を交わすでもなく、彼らは広い大通りの道をすれ違う。ジルベール達と彼らにはまだ大きな差がある。声を掛けられるはずがない。

 ジルベールはそう思っていた。


 しかし彼の予想を裏切るかのように一人の少女が歩みを止めて振り返る。そしてジルベールに声をかけた。


「ねえ―――」


「っ!?」


 抑揚のない平坦な声。しかしその声は大通りの喧騒にかき消されることなく、しかっりとジルベール達の耳に届く。

 反射的にジルベールは声のする方へと振り向き、そして息を呑んだ。


 そこにいたのはジルベールよりも2~3個ほど年が離れた少女。

 陽の光に照らされた白銀の長髪に、まだ少し幼い顔立ち。しかしその少女には歴戦の戦士かのような雰囲気が漂っている。それは偏に周りにいる仲間のおかげでそう見えているわけではない。粉うことなく彼女自身の実力であった。


〈白銀の戦姫〉アリシア・リーゼ。


 その少女は迷宮都市でそう呼ばれていた。

 齢15にして58階層の主である魔龍を単独で討伐し、パーティー〈聖なる覇者〉の最高火力メインアタッカ―を務める、正しく本物の天才。


 ジルベールは少女を見た瞬間に直感した。少女との圧倒的な差に。

 それと同時にまさか声を掛けられるとは思いもしなかった〈聖なる覇者〉のメンバーに声をかけられたのだ。しかもこの迷宮都市で1か2位の強さを誇る最高火力にだ。喜ばない方がおかしい。


 少女がどんな用件で声をかけてきたのか、ジルベールは全く見当もつかないが、嬉々として彼女の次の言葉を待つ。

 そして次の彼女の言葉にジルベールの高揚感は一気に消え失せた。


「テイク――――あなたのパーティーにいたはずのテイク・ヴァールは今日はいないの?」


「…………は?」


 素っ頓狂な声が出る。どんな質問が来てもすぐに返答できるように身構えているつもりではあったが、この質問は予想外であり、ジルベールにとって最悪の質問であった。


 なぜ〈白銀の戦姫〉があんなゴミのことを知っているのか、そもそもウチのパーティ―に所属していたのを知っていたの疑問ではあったが、そんなことよりもジルベールは腹がったって仕方がなかった。

 どうして目標の存在から嫌いな野郎を気に掛ける話を聞かなければいけないのか?


 それ故にジルベールは今までの上機嫌な表情から、眉間に皺を寄せて険しいものへと変化させる。


「あんな雑魚、Aランクの昇格と同時にクビにしてやりましたよ!今の俺達には必要のないゴミですからね!!」


「……そう」


 怒りのあまり大きな声が出てしまう。しかし少女は声量に対しては得に気にした様子もなく、ジルベールの返答を聞いて少し落胆した様子を見せるだけ。


「ちょっ……まちやがれ!俺の名前は―――――」


 そして少女はもうジルベールに興味を失ったのか、踵を返してパーティーメンバーの元へ戻っていく。ジルべールはそれに待ったをかけるが少女にその声が届くことはない。

 その事実がジルベールの機嫌を更に損ね、不快なものにして、彼の自尊心をズタズタに引き裂いた。


「どうしてあんなゴミを……ッ!!」


 もうかなり遠くなった〈白銀の戦姫〉の後ろ姿をジルベールはただ睨みつけることしかできなかった。



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