第5話 簒奪者

「ふっ…………!!」


 息を吐き、地面を強く蹴って岩陰から飛び出す。

 僕とゴブリンの距離は目と鼻の先。ナイフを握った右手を思い切り伸ばせば届く距離だ。


 僕は何も考えずにナイフの刃をゴブリンの骨と皮しかない脆そうな首元に素早く運ぶ。

 完全に死角からの攻撃に成功したと思ったが、


「グゲギャッ!?」


「チッ……バレたか……」


 ナイフは首元に到着する前にゴブリンの持っていた棍棒エモノによって弾かれる。

 先制攻撃には失敗したが焦りはない。こちとら戦闘経験がほぼ皆無なのだ、元から上手くいくとは思ってない。


 一旦ゴブリンとの距離を取る。

 攻撃をすることに集中しすぎて、大事なことを忘れていた。


「ふう……」


「ギャギャッ!!」


 汚い声で吠える緑のモンスター。僕よりも奇襲をされたゴブリンの方が焦っているようで、威嚇をするだけで攻めては来ない。


「好都合だ……鑑定」


 ナイフを構えたままジッとゴブリンを注視してスキルを発動させる。

【鑑定】は問題なく発動すると視界の端に前回より小さめにゴブリンのステータスを表示した。


 ───────────────

 ゴブリン

 レベル1


 体力:40/40

 魔力:0/0


 筋力:30 

 耐久:20 

 俊敏:25 

 器用:15


 ・魔法適正

 無し


 ・スキル

 無し


 ・称号

 無し

 ───────────────


 初めて見たモンスターの───ゴブリンのステータス。それを見て僕は安堵する。


 良かった、もっと能力値が均衡していると思っていたが僕の方が全然上回っている。これなら判断を間違わなければ倒すことは本当に可能だ。


 モンスターとの戦闘に少しハードルを上げすぎていたのかもしれない。そりゃ確かに中層や下層のモンスターともなればこんなことを言ってはいられないかもしれないが、今戦っているのは上層の低級モンスターだ。寧ろこれくらいの能力値が当たり前なのだ。


「僕でもモンスターは倒すことができる」


 表示していたステータスを消して、再びゴブリンに向かって飛び出す。

 ゴブリンもそれに合わせて棍棒を構えて僕を待ち受ける。


 今度は死角からの攻撃からではなく、真正面からのガチンコ勝負。

 当然のことだが、リーチの短いナイフの場合、片手剣などの武器と比べて更に敵に接近しなければ刃を当てることができない。


 ほぼ拳で殴り合う距離。僕は逆手に構えたナイフをゴブリンの胸部めがけて斬りつける。


「ッ……!」


「グギャ!」


 しかし攻撃は再びゴブリンの棍棒に阻まれる。キンッと鉄の弾けた甲高い音が鳴り、ナイフを持っていた腕を上に弾き飛ばされた。


「グギャギャ!!」


 ゴブリンはその隙を見逃すことはなく。ガラ空きになった僕の腹部に目掛けて不格好な棍棒を思い切り叩きつけてくる。

 防御は不可能でモロに反撃をくらってしまった。


 物凄い勢いで腹にめり込んでくる棍棒。経験のない衝撃と痛みが走り、空気が逆流して勢いよく胃液と共に吐きでる。


「カッ……ハッ……!!」


 思わず激痛を訴える腹を抑えて身を屈めてしまう。

 続けてくる攻撃に備えて一旦距離を取るなんて考えは浮かばなくて、ただ痛みと苦しさで泣きたくなってくる。


「ギャギャ!」


 頭上からゴブリンの愉しそうな笑い声が聞こえてくる。

 目線を上にあげてみればそこには腹の立つ笑みを浮かべ、棍棒を振り上げるゴブリンがいた。

 このまま無防備に痛がっていたら脳天を叩かれて殺される。


 油断していた訳では無い。

 細心の注意を払って、なるべく危険の少ないタイミングで相手を選んだつもりだ。だけど実際はこのザマだ。


 圧倒的に戦闘慣れしてないし、痛みによる耐性が無さすぎた。

 分かっていたことではあるが、モンスターとの戦闘はそんなに簡単なものじゃない。


 侮っていた訳では無い、だが気づかないうちに慢心していた。「この程度なら大丈夫だろう」と勝手に決めつけていた。改めて再認識する必要がある。

 低級だろうが上級だろうがモンスターとの戦闘は全て命の取り合い、殺し合いだ。それを今一度心に刻む。


「っ……!」


 振り落ちてくる棍棒を横に飛んで気合いで回避する。


「死んでたまるかッ!!」


「グギャ!?」


 ゴブリンは攻撃を躱されると思っていなかったのか、目を見開いて驚いている。


 空振りした棍棒は地面に深く突き刺さる。

 ゴブリンは頑張って地面にめり込んだ棍棒を引き抜こうとするがなかなか上手くいかない。


 決定的な隙が生まれた。

 その隙を見逃すことなく、ガンガンと痛みを訴える腹部を無視してゴブリンとの距離を詰める。


「死ねッ!!」


「グギャギャギャ!?」


 不格好にナイフを構えてゴブリンの首元に突き立てる。ゴブリンは僕の突進に気づいて焦って回避行動を取ろうとするが間に合わない。


 ナイフは何にも阻まれることなくゴブリンの首元へと走り、瞬き一つの間にズブリと骨と皮しかない貧相な首な突き刺さる。

 絶対にここで息の根を止める為に、突き刺さったナイフを更に押し込み、ぐるりと刃を半回転させる。


「グ───ギャ───ッッッ!!!」


 瞬間、ゴブリンの絶命するか細い声と、赤黒い血が首から吹き出す。

 数秒間、ゴブリンは最後の力を振り絞って体をばたつかせるが、直ぐにくたりと力なく脱力した。


「勝った……のか?」


 体にもたれかかってきたゴブリンを見てポツリと呟く。

 何度か緑の体を揺すってみても変な鳴き声を上げることは無いし、噛み付いてくることも無い。それは完全に死んでいた。


「勝ったんだな……」


 そしてようやく自分がこのモンスターを倒したのだと実感する。


「よっしゃ……!」


 一気に全身の力が抜けていくのを感じる。無意識のうちに体はガチガチに緊張していたらしい。それと同時にモンスターを倒したことによる高揚感がやってくる。


 苦節6年。僕は初めて一人でモンスターと戦って、一人でモンスターを倒すことが出来た。とてもお粗末で人に自慢できるような戦闘内容ではなかったが勝ちは勝ちだ。


 ゴブリンの死体を眺めて無意識に笑みが零れてくる。

 傍から見ればヤバいやつだがしょうがない話だと思う。この感動は成し遂げた本人にしか分からない。


 だが、いつまでも大迷宮の中でモンスターの死体を見て笑ってはいられない。

 ここからが今回の本題なのだ。


 そもそもなぜこのゴブリンを倒したのか?

 それは金の為もあるが、スキル【取捨選択】の検証をするためだ。目的を忘れてしまっては元も子もない。気持ち悪い笑みを引っ込めて、さっそく検証する必要がある。


「ふう……よし、やるか」


 深呼吸をして興奮した気を落ち着かせる。

 そしてゴブリンの死体へと近づいて右手で触れてスキル【捨てる】を発動させる時と同じ言葉を呟く。


「消去」


 緊張の所為か少し上擦った声が出てしまう。


 いつもは紙屑などの小さなものしか【捨てる】では消すことが出来なかった。ゴブリンを捨てるのは初めての経験で本当に消すことが出来るのか不安になってしまう。

 しかし、そんな不安を他所に触れていたゴブリンの死体は不自然にその場から消えて、スキルは確かに発動した。


 そして、ゴブリンが消えたのと同時に無機質な声が聞こえてきた。


『スキルの発動を確認。触れた対象にステータスが存在。死体からステータスとスキルの分離、一時消去に成功。

 続けて【取捨選択】に入ります。死体を本当に捨てますか?ステータスを本当に捨てますか?』


 無機質な声はそう問いかける。

 それに僕は戸惑いながらも答えた。


「えっと……死体は捨てる、ステータスとスキルは拾う……でいいのか?」


『選択を確認。死体はスキルの亜空間へと収納されます。ステータスとスキルを割り振ります……成功しました』


「……これで本当にステータスが変わって───うぐっ!!」


 無機質な声に半信半疑になっていると次の瞬間、全身に今まで感じたことの無い激痛が走る。


「あ───がっ───うぐっ───!!」


 先程ゴブリンから受けた腹部の痛みとはまた別の痛み。体の中に劇物が入り込んでくる違和感、電撃に打たれたような激痛に思わず身をのたうち回らせる。


「はあ……はあ……はあ……」


 その拷問のような激痛は5分ほど続いた。

 呼吸は乱れて、喉が異様に乾いている。意識は朦朧として、直ぐに立ち上がるのは難しい。


「かん……てい……」


 何とか体を起き上がらせて、本当にステータスが変わったのか確認してみる。

 視界にステータスが表示された。


 ───────────────

 テイク・ヴァール

 レベル1


 体力:35/90

 魔力:5/5


 筋力:90

 耐久:65 

 俊敏:117 

 器用:72


 ・スキル

【取捨選択】【鑑定】


 ・称号

 簒奪者

 ───────────────


 そこには確かに値が変化した僕のステータスが表示されていた。


「マジかよ……」


 本当にゴブリンの全ステータスが反映されている。本当にスキル【取捨選択】によって全てを自分のものにすることが出来た。


「称号まで手に入れたけど……簒奪者ってなんだよ。悪人扱いかよ」


 なんとも不名誉な称号まで手に入れてしまったが、それよりもスキルが本当に発動したことに驚きと喜びが隠せない。


 この6年間、成長率がよくなくて全く変化してこなかったステータスがこうも一瞬で上がった。


「このスキルがあれば本当に強くなれる」


 今この瞬間、疑いから確信に変わった。

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