第4話 初めてのソロ
無限の奈落へと続く大きな洞穴。それは前触れもなく世界に発生して瞬く間に侵食していった。
曰く、その洞穴は生きているらしく、現在もこの大地を侵食し続けその階層を増やし続けているという。
洞穴には大量の魔素が溜まっていて、その魔素によって高純度の魔力鉱石や魔力宝石が取れたり、それを守るかのように異形なる
未だに大迷宮の全貌は掴めておらず、未到達階層がいくつも存在する。
現在の最高到達階層は58階層。迷宮都市ディメルタルで最強と呼ばれてるSランクパーティー〈聖なる覇者〉が更新した。
その階層更新の遠征には彼女も参加していたと聞いたことがある。確か1年前だったろうか? まだ当時15歳という若さで遠征のパーティーメンバーに選抜されて、しかも
本当に月とスッポンくらいの差ができてしまっていた。小さい頃一緒に遊んでいたのがはるか昔に感じられて、懐かしく思えてくる。
「絶対に追いついて見せるからね、アリシア」
覚悟を新たに、僕は大迷宮第1階層の道を歩き進める。
大迷宮の1〜2階層は基本的には一本道になっており、モンスターは基本的には出てこない。本格的な大迷宮の無限洞窟が広がっているのは3階層からだ。言わば1〜2階層は大迷宮の玄関口と言ったところだろうか。
何度も訪れた大迷宮の入口。しかし、今回はいつもとはだいぶ面持ちが違う。
それもそのはずだ。1人で大迷宮に潜るのは今日が初めての経験なのだ。緊張しない方がおかしい。
「……っ」
大きく唾を飲み込んで、額を伝う汗を拭う。バクバクと脈打つ心臓の鼓動が鼓膜の奥に響いて煩い。
まだモンスターが出てこない安全地帯だと言うのにこの緊張だ。3階層に入ってモンスターと接敵したらどうなってしまうのだろうか。
自分のことながら予想がつかない。
早急にこの緊張を解す必要があるわけだが、真面目に考え込んでる時点で経験則上これはどうしようもない。適当に気づかない振りをするしかない。
雑な作戦だが、今できるのはこれくらいだ。
「ふう……」
大きく息を吐いてここに来る途中で揃えた急拵えの装備の具合を確かめる。
基本的にステータスの低い僕は重装甲の防具を身につけるのが不可能なので、機動力重視の軽装備を採用している。武器も片手剣は予算の都合上買えなかったので【鑑定】を使って耐久力の高いナイフを買った。
急拵えにしてはそれなりに質の良い装備を揃えられたと思う。
前に装備していたものと比べれば数段と劣ってしまうが、無い物ねだりをしても無意味だ。今はこれで満足するしかない。
ポーションなどの補助アイテムは〈紅蓮の剣戟〉にいた頃の予備の物が残っていたのでそれを持ってきている。
なので実際にかかったのは装備の金だけで、何とか貯金を全て使わずに済んだ。
それでもその貯金ももう雀の涙程度にしか残っていないので、今日のスキルの検証兼モンスターハントで何とか回収したいところだ。
採算を取るには3階層にいる低級モンスター〈ゴブリン〉を15体ほど討伐しなければいけないが、多分今の僕にはその数を討伐するのは難しいだろう。
そもそも低級のゴブリンを倒せるかすらも分かってないのだ、無理はせずに今日は安全重視でやっていこう。
「この階段を降りれば3階層だな」
今回の討伐対象を絞り、行動方針も固め、階層から階層を繋ぐ中継階段を降りれば目的の階層へとたどり着く。
「っ!」
足を踏み入れた瞬間に空気が一変する。
先程の緩んだ空気感と打って変わって、肌を突き刺すようなピリピリと痺れる緊張感。
遠くからはモンスターの遠吠えが聴こえてきて、そこに確かな生命がいることを感じさせる。
何度も訪れた階層のはずなのに、状況が違うだけでこんなにも感じ方が違うのか。そう思わずには居られない。
そこは僕の知るいつもの大迷宮3階層とは全くの別世界であった。
「ふう……緊張しすぎるな。何をすればいいのかは分かってる。伊達に6年間もサポーターをやってない。上層ぐらいなら一人で十分に探索できる」
腰に携えたナイフに手を当てて自分に言い聞かせる。
心臓の鼓動は依然として煩いけれど、数回の深呼吸で体の強ばりは何とか取り除く事に成功した。
そのままの勢いで3階層の探索を開始した。
歩き始めて数分。まだモンスターの気配は感じられない。
3階層は大迷宮の始めの階層と言うこともあってそれほど難易度は高くない。しっかりと落ち着いて対処すればレベル1でも難なく踏破できる階層だ。
主に3階層で出現するモンスターは3種類だ。
1体目は雑魚モンスターの代表格である〈ゴブリン〉。基本的にコイツらは1〜3体ほどの数で出現することが多い。攻撃方法は鋭利な爪や棍棒といった単純なもの。ステータスもそこまで高くは無いので冷静に対処すれば複数体いても対処することが出来る。今回のメイン討伐対象だ。
2体目は蝙蝠型のモンスター〈ウィスピングバッド〉。こいつらも1〜3体ほどでよく出現して、攻撃方法としては上空から襲いかかってくる噛みつき攻撃だったり、甲高い悲鳴のような鳴き声による威嚇だ。ステータスはゴブリンと大差ないが、空中にいるということで対処が少し難しい。コイツは討伐対象外だ。
3体目は蛇型のモンスター〈バウンドスネーク〉。これは基本的に1体で行動していることが多い。特徴はそのジャンプ力だ。その小さな体格からは予想だにしない跳躍力で姿を見失うことが多い。毒こそ持ってはいないが噛まれると普通に痛い。基本1体行動なのでコイツは討伐対象だ。
以上が3階層で出現するモンスターとなる。
どれも対処を間違わなければ死ぬことはまず無い。この3体は逃げる難易度も高くないし、本当に危険だと思えば即座に戦闘から離脱をすれば大丈夫だ。
改めて3階層で出現するモンスターの基本情報を浚っていると、前方にモンスターの気配を感じ取る。
「……っ!」
反射的に近場の岩陰に身を潜めて、そっと辺りの様子を伺う。
すると数秒と経たずに奥の方から一体のモンスターが現れる。
「クゲギャギャッ!」
そいつは緑色の肌に子供ぐらいの背丈をしており、手には棍棒を握っていた。全体的にやせ細っているが腹部だけ何故か異様にでっぷり張り出しており、口からはだらしなくヨダレが垂れ落ちている。
その理性を感じられない様子や、野性的な見た目からそいつが異形のモノ〈ゴブリン〉だと言うのは分かりきっている。
「お出ましか……」
気配を悟られぬようにゆっくりとナイフを抜いて構える。
敵の数は運よく一体、他のモンスターの気配はない。状況はバッチリだ。これなら安全に立ち回ることが出来る。
「すう……はあ……」
ゴブリンはこちらに全く気づく素振りも無く呑気に歩いて距離を縮めてくる。
あと数歩とすれば攻撃の届く範囲となる。
しっかりとナイフを握り直してその時を待つ。
不思議と先程まで感じていたはずの緊張は感じない。
意外とその時になれば吹っ切れて怖いとか緊張とかどうでもなくなるようだ。
もっと馬鹿みたいに緊張すると思っていたけれど、全くそんなことがなくて安心した。
安堵をしながら僕は一気に岩陰から飛び出す。
戦闘の始まりだ。
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