第390話 子ネコー兄弟の再会
禿頭の美しい女性と白黒ブチ子ネコーがしっかりと像を結ぶのと引き換えに、足元の魔法陣とパチパチしていた魔力は綺麗サッパリ消え去った。
”訪れ”が、完了したのだ。
魔女の小部屋は、青猫号から遠く離れた場所で暮らしている魔女が、思い立った時にいつでもすぐに遊びに来られるようにと創られた部屋だった。青猫号の精霊と魔女が力を合わせて創った、特別な場所だ。同じような小部屋が、魔女の住まいにもあり、二つはふたりの魔法の力で繋がれているのだ。
他の場所へ行くことは出来ない。
ふたりのお部屋を行ったり来たり出来るだけだ。
それは、古代の英知の結晶であり魔法そのものでもある精霊と、ずば抜けて魔法に長けた魔女の、ふたりの合わせ技だからこそ可能となった魔法の妙技にして絶技だった。
青猫号の全盛期には、高速で空を飛んでいる青猫号の中への“訪れ”さえ、危なげなく実行できたのだ。とんでもない魔法技術だったが、ここでだけ、ふたりだからこそ可能な技術であり、一般に実用化するのは難しいだろうというのがマグじーじの見解だ。
精霊が眠りについた後も、訪れの魔法陣は問題なく発動した。精霊が元気だったころに比べれば格段に使用頻度は落ちたが、それでも時折、まだ使用できることを確認するかのように、魔女は魔法陣を使って青猫号を訪れた。
ともあれ、そこいら辺のお話は、子ネコーには関係のない話である。
とにかく”訪れ”は完了し、巻き込まれ事故発生の危険はなくなったことで、長老とマグじーじは抑えつけていた子ネコーの体を解放した。
長老は、「ほれ、行ってこい」とばかりに、子ネコーの背中をポンと叩いた。
それを合図に、子ネコーは……にゃんごろーは弾かれたように走り出す。
トーン タッタッ トーン♪
足取りもまた、リズムを刻みながら弾けていた。
そのまま分解しそうなほどに笑み崩れたお顔で、にゃんごろーは踊るように駆け出して、そして。
「にゃっしろぉおおー♪ あーいちゃかっちゃーよおおおおう♪」
「わあ!」
にゃんごろーは、甲高いシャウトと共に、にゃしろーに飛びついて抱きついた。
にゃんごろーごとお尻ぽっすんしそうになったにゃしろーの体をポフンと支えたのは、こうなることなんてお見通しの長老が作り出した魔法の壁だった。
「にゃはははははは!」
「にゃふふふふふふ」
にゃんごろーは、もふもふハスハスとにゃしろーの体をもみくちゃに撫で回し、匂いを嗅いだ。にゃしろーも控えめに、でも嬉しそうに笑いながら、負けじとやり返す。
白が混じった明るい茶色のもふ玉と白黒ブチのもふ玉が絡み合って、ぽっふぅんと床に倒れ込む。長老が作った魔法の壁は、すでに取り払われていた。ふたりはそのまま、楽しそうに笑いながら、もふもふコロコロとじゃれ合っている。
青い作業服に白衣を羽織った禿頭の魔女は、じゃれ転げまわるもふ玉たちを見下ろしながら、「ふむ」と頷いた。
「大丈夫そうだな。今のところ、再び繋がる気配は感じられないな。まあ、にゃしろーの方は事情を分かっているし、二の舞にならないように修行も積んだからな。余程のことがなければ、魔力共鳴は起こらないだろう」
「そのようじゃな。いやー、よかったわい。魔女よ、ありがとうなのじゃー」
「ということは、にゃしろーは、しばらく青猫号にお泊りということでいいのかの?」
「ああ。念のため、しばらく様子を見て、何も問題ないようなら、森……いや、今は青猫号で暮らしているのだったな。まあ、とにかく、ルドルの元で、ふたり一緒に暮らしても大丈夫だろう。もしも問題があるようなら、連絡してくれ。また、こちらで面倒をみよう。…………それを喜ぶ子ネコーもいることだしな」
じゃれ絡み合う子ネコーたちの頭上で、おとなたちは、今後について話し合っていた。にゃんごろーには内緒の話も含まれていたが、お互いに夢中な子ネコーたちの耳には届いていなかった。
魔女からとりあえずのお墨付きをもらって、長老とルドルは顔を綻ばせた。離れ離れになっていた兄弟子ネコーが、再び一緒に暮らせるようになるのは、実に喜ばしい事だった。
しかし、それによって寂しい思いをすることになる子ネコーもいるのだと思い当たり、ちょっぴりしんみりモードになったところで、床でのじゃれ合いが終わり、明るい茶色の方の子ネコーがタイムリーに叫んで、起き上がった。
「あ! しょーいえば! にゃしろー、おともだちは、いっしょじゃにゃいの? いっしょに、こなかっちゃの? にゃんごろー、ごあいさしゅを、しちゃかったんだけど……」
「あー、うん。ルトはねぇ、今回は、お留守番なんだ。久しぶりなんだから、兄弟水入らずの方がいいだろうって言ってねぇ。気遣いも、もちろんあるんだろうけど、それだけじゃないっていうか、ちょっと、面倒くさい子ネコーなんだよねぇ」
「ほぅほぅ。みじゅ……いらじゅ……?」
ルトというのは、魔女と一緒に暮らしている、にゃんごろーたちと同じくらいの年頃の男の子ネコーだ。親ネコーとははぐれてしまったところを魔女に保護されて、一緒に住むようになったのだという。にゃしろーが魔女のところへ預けられたばかりの頃は、関係がぎくしゃくしていたらしいが、今ではすっかり友達になったと手紙で知らされていた。
にゃんごろーは、にゃんごろーよりも先に子ネコー友達が出来たにゃしろーを羨ましく思っており、同時に、にゃしろーの初めての友達を紹介してもらえる時を楽しみにしていたのだ。しかし、残念ながら、今回ルトは魔女の住処でお留守番とのことだった。
にゃんごろーが起き上がったのに合わせて身を起こしたにゃしろーが、ルトのお留守番事情を説明してくれた。
寝転がってじゃれていたふたりは、今は床の上にもっふりペタリと向かい合って座っている。お顔を突き合わせてのお話だ。ふたりの尻尾が、ユラユラと交互に揺れているのが可愛らしかった。
にゃしろーの説明は、最後の方はごにょごにょしていたが、にゃんごろーは気にしなかった。というよりも、おそらくごにょごにょしていた辺りは、お耳に届いていなかったのだろう。「兄弟水入らず」という言葉が気になるようで、「ほぅほぅ」としきりに頷いている。
「おみじゅが、いらにゃい……。ちゅまり、ルトは、おみじゅが、きらい? はっ! おふねは、うみのちかくにあっちぇ、しょれで、うみはおみじゅが、いっぱいだから。だから、おふねには、きたくなかっちゃってこと?」
「うーん……そうじゃなくて、えーとね? 久しぶりに会うんだから、兄弟だけで、ゆっくりお話ししてきてねってこと……かな?」
盛大な勘違いを発動したにゃんごろーに苦笑しつつも、にゃしろーは優しく噛み砕いて水入らずの意味を教えてあげた。にゃしろーは、本を読むのが好きな、とても賢い子ネコーなのだ。事と次第によっては、にゃんごろーはいたずら長老よりもにゃしろーの方を信用・信頼しがちだった。
にゃしろーに優しく意味を教えてもらったにゃんごろーではあったが、ここでさらに、化学変化ならぬ、子ネコー変化が起こった。
「しょうか! おひさしぶりぃ、にゃんだから、おみじゅゴクゴクじゃなくて、あちゅーいおちゃをのみにゃがら、ふたりでゆっくり、おはなししてきちぇねってこと、にゃんだね? しょれが、みじゅいらじゅ!」
「うー、うん、そうだね。大体、そんな感じかな?」
「にゅふふー! にゃんごろー、またひとちゅ、かしこくなっちゃった! にゃしろーの、おかげー♪」
「どーいたしまして」
にゃんごろーはほっぺにお手々を当てて、「いやんいやん」と首を振った。にゃしろーは、それを見つめながら、穏やかに笑っている。
若干の勘違いが含まれていることには気づいていたが、使いどころを間違えることはなさそうだし、あながち間違っているわけでもないし、まあいいか……といったところなのだろう。大人しくて賢い子ネコーのようでいて、大雑把なところがあるようだ。なんとなく、長老みを感じる。つまりは、そういうことなのだろう。
微妙に何かが間違っているけれど、使いどころは意外と間違っていないにゃんごろー語。
それは、こんな風に。
にゃんごろーの独特な子ネコー解釈とにゃしろーの博識さが、いい……悪い……可愛い感じに組み合わさることで生まれたもの……なのかもしれなかった。
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