第391話 魔力共鳴
にゃしろーが魔女の元へ預けられたのは、病気の治療のためである――――と、長老はにゃんごろーに説明していた。
ちょうど、その話が出る直前に、にゃしろーが高熱を出して寝込んでいたことがあって、にゃんごろーはそれを素直に信じた。にゃしろーと離れ離れになるのは寂しかったけれど、にゃんごろーが「行っちゃイヤだ!」と駄々をこねたせいでにゃしろーがお空に旅立ってしまったらその方が嫌だからと、涙をのんでお見送りをしたのだ。五にん兄弟の内、三にんがお空へ旅立ってしまったこともあり、にゃんごろーは本当の意味で兄弟に取り残されてしまうことを無意識にひどく恐れていた。
その恐れが、今回の別離を引き起こしたとも言える。
その恐れが、にゃしろーの命を救ったとも言えた。
『魔力共鳴』という言葉がある。
一般には知られていないが、魔法使いたちの間ではよく知られている言葉だ。
ふたり以上に魔法の使い手が、お互いの魔力を共鳴させることで、魔力が増幅し、ひとりでは扱えないすんごい魔法が使えるようになる、とんでもない技術のことだ。
災害の対応や戦争や、大掛かりな工事の時なんかに使われることがあるとても高度な魔法技術だ。
だが、それがごくまれに、相性の良い子ネコー同士の間で発生してしまうことがある。種族的な特徴として高い魔法力を誇るネコーだが、子ネコーの内は制御が甘いため、無意識の内に共鳴事案が発生してしまうことがあるのだ。
共鳴により増幅した魔力を制御しきれずに大惨事を巻き起こしたりするのも問題だが、意識して共鳴させているわけではないので、自力で共鳴を解除できないこともまた問題だった。共鳴したままだと、お互いの魔力が強く結びついて、魔力の鎖で雁字搦め状態になってしまい、離れることが出来なくなってしまうのだ。
にゃんごろーとにゃしろーが離れて暮らすことになったのは、実はこの魔力共鳴が原因だった。
高熱を出して寝込んだにゃしろーを心配したにゃんごろーが、無意識の内に共鳴を起こし、自分の力をにゃしろーに分け与えたのだ。兄弟ネコーだけあって、元々、魔法的な相性も良かったのだろうが、にゃしろーまで失いたくないと必死だったからこその共鳴だったのだろう。
何はともあれ、一時は本当に危なかったにゃしろーは、無事回復した。しかし、それと引き換えに、にゃんごろーの愛が魔力の鎖となってグルングルンに絡みついてしまったのだ。それはもう、長老の手には負えないほどに。というか、複雑なソレを繊細な魔法で何とかせねばらない系の事案は、長老が一番苦手としていたため、そもそも最初からお手上げ案件ではあったのだ。それでも、長老は、小一時間ほどは頑張ってみた。そして、小一時間ほどの悪戦苦闘の上、「こりゃ、ダメじゃ」と匙を投げたのだ。
長老としては、かなり頑張った方である。
ともあれ、自力解決に見切りをつけた長老は、こういうことが得意そうな魔女に頼ることにした。
話を聞いた魔女は、とりあえず物理的に引き離してしまおう、と提案した。これ以上、共鳴が進めば引き離すのは難しくなるが、今ならまだ間に合うだろう、と。
もちろん、「そりゃまあ、そうかもしれんが」なざっくりアドバイスでお茶を濁したわけではない。言い出しっぺの責任として、ちゃんと自分のところで片方を預かると申し出てくれた。その上、魔力共鳴についての知識や対応するための技術も仕込んでやろう、とまで言ってくれた。
そうまで言った後で、魔女は「その代わり……」と条件を付け足した。
長老は「一体どんな無理難題を吹っ掛けられるのじゃ!?」と戦々恐々だったが、聞いてみれば何ということもない話だった。
――その代わり、自分が養っている子ネコーと友達になってやって欲しい。
それが、魔女の出した条件だった。
長老は、「そういうことなら」と一も二もなく頷いた。
預ける子ネコーをにゃしろーに決めたのは、長老だった。魔女の元で魔法を教わるなら、ぱやぱや子ネコーのにゃんごろーよりも賢いにゃしろーの方が向いているだろうとの判断だ。諸々の説明を面倒くさがった長老は、ふたりの子ネコーに病気を治すためであるとだけ伝え、にゃしろーを魔女の元へと送り出した。
そうとは知らない魔女は、暴露するつもりはなく、諸々をにゃしろーに暴露した。寝耳に水のにゃしろーはびっくり仰天したけれど、病気じゃなくてよかったと胸を撫でおろした。病気と聞いて、ずっと不安だったのだ。賢いにゃしろーは、魔力共鳴は制御さえ出来れば、とても役立つ技術だと本で読んで知っていた。不安でガチガチに緊張していたにゃしろーは、安心すると同時に、ここでなら長老が苦手とする繊細で複雑な魔法を教えてもらえる……と俄然やる気になった。
にゃしろーの様子からおおよそを察した魔女は長老の大雑把さに呆れたが、ネコーというのはそういう生き物だと知っていたため、「にゃしろーには、こちらから事情を説明しておいた」と一報を入れただけで、特に苦情を申し立てたりはしなかった。
この先、にゃんごろーには折を見てにゃしろーから説明をして、制御の方法も伝授することになっていた。とりあえず、魔女とにゃしろーの間では、そういう事で話がまとまっていた。長老にもお知らせしようという意見は、どちらからも出なかった。
何はともあれ、こうして無事に再会できたのなら、細かいことは良しなのである。
さてさて。
感動の再会と、無自覚共鳴が起こらなさそうなことを確認した魔女は、早速お暇を告げた。しばらく魔女と暮らしていたにゃしろーや、それなりに付き合いのある長老たちは、そうなることを予測していたので普通にお見送りモードに移行していたが、魔女と初対面のにゃんごろーは「ろくにご挨拶もしていないのに」と大慌てだった。
にゃしろーとの会話を切り上げて、立ち上がって魔女の前に立つと、もふもふペコリと礼儀正しく頭を下げた。
「まじょしゃん! にゃしろーの、びょーきを、なおしてくれちぇ、ありがちょーごにゃーましちゃ!」
「気にするな。こちらとしても、益のある話だった。うちの気難しや子ネコーに友達が出来たからな。良ければ、君も友達になってやってくれ」
「は、はい! ルトきゅんと、おともだちに、にゃりちゃいでしゅ! こんど、いっしょに、ちゅれてきちぇくれりゅ?」
フッと口元を緩めた魔女からありがたくも嬉しい申し出をされて、にゃんごろーは、下げていた頭をぴょっと上げた。お胸の前でお手々をモジモジさせながら、「友達になりたいから、次はルト君も一緒に連れてきて欲しい」とおねだりをする。
魔女は少し考えてから、肯定でも否定でもなく、第三の提案をした。
「いや、それよりも、君がこちらへ遊びに来てくれないか。そう、出来れば泊りがけで。青猫号の料理ほどではないが、そこの真っ白ネコーよりはマシな料理が出せるぞ?」
「え? えええええ!? い、いいんれしゅか!?」
「もちろんだ」
「そうだねぇ。ルトは、ほとんど外へ出たことがないし、人やネコーが多いところを嫌がるんだよね。だから、まずはにゃんごろーが泊りに来て、先ににゃんごろーとも仲良くなってから青猫号に遊びに来る方がいいかもね」
「ふむ。そっちがそれでいいなら、そうさせてもらおうかの」
「お、おおおおお、おねがいしましゅ!」
ルトが青猫号に遊びに来るのではなく、にゃんごろーが魔女のところへお泊りに行く。
それはそれで、とても魅力的なお話だった。
魔女のお住まいとはどんなところか、どんなお料理を食べているのか、にゃんごろーも気になっていたのだ。
乗り気のにゃんごろーに魔女が頷いた。にゃしろーが援護射撃をすると長老も賛同して、にゃんごろーの魔女のお住まいでお泊り会が決定した。
とはいえ、まずは、にゃしろーとの水入らずである。
「ふっ。まあ、まずは青猫号で久しぶりに会ったにゃしろーと水入らずで熱いお茶を楽しむと良い。頃合いを見て、また顔を出す。ほら、離れろ。巻き込まれるぞ」
魔女は、聞いたばかりのにゃんごろー語をさっそく使いこなすと、手を振って追い払うような仕草をした。
帰還のための魔法陣を発動させるためだ。
魔法の邪魔をしてはいけないと、子ネコーふたりは素直に壁際へと駆け出した。
ふたりが壁際に辿り着くと同時に、文様が浮かび上がり、魔法が躍り出す。
「ではな」
素っ気ない挨拶を残して、魔女は姿を消した。
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