第384話 ミルゥさんとエビさん(前編)
ミルゥの休日は、ほぼにゃんごろーに費やされる。それが、恒例だった。
けれど、その日ミルゥは、同じく仕事がお休みだった魔法整備班のムラサキを連れてどこかへお出かけしていった。
にゃんごろーは、少し寂しかったけれど、「お土産を買って、すぐに帰ってくるからね!」とミルゥが言ってくれたので、お帰りを楽しみに待つことにした。
昼前にお出かけしたミルゥたちは、昼過ぎには戻ってきた。二人とも、お昼は外で食べてきたようだ。
お土産は、エビだった。
にゃんごろーは、大喜びした。
しかも、である。
なんと、食堂の厨房をお借りして、ミルゥがエビ料理をおやつに振る舞ってくれるというのだ。
にゃんごろーは、喜びのあまり歌いながらの小躍りを始め、そのまま本格的に踊り出した。ミルゥは楽しそうに笑いながら、踊るにゃんごろーを見守っていたけれど、踊りが一段落すると、「おやつの準備をしてくるから、何時もの和室で待っていてね!」とにゃんごろーに手を振って、食堂へ向かって行った。
この間、おやつに小エビをいただいた時は、他のクルーも大勢いたから食堂で、いただいた。でも、今回は、ミルゥがにゃんごろーへのお土産として買ってきたエビで、他のみんなに振る舞うほどの量はないからと、おやつの会場は、何時もの和室に決定したのだ。
にゃんごろーの保護者である長老だけは、特別にエビの会への参加を認められた。
にゃんごろーは、長老と連れ立って、ネコーたちのお食事処である和室へ向かった。
ミルゥが買ってきたエビは、この間の小エビよりも大振りなエビだった。とても、生きが良さそうだ。ミルゥのお料理の腕前は分からないけれど、もしも、お料理が上手じゃなくても、サッと茹でたり、サッと焼いたりするだけで、ご馳走に仕上がりそうだ。
和室に到着したにゃんごろーは、いつものように長老と向かい合わせで席に着き、ウキウキワクワクとミルゥがエビ料理を連れて来るのを待つ。
「むっふっふぅー。なかなか、見事なエビだったのぅ。いやー、楽しみじゃわい♪」
「ねー♪ しかもー、ミルゥしゃんの、おりょーり! うふふ、はじめちぇ! うれしい!」
「うーむ、ミルゥの手料理については、かなり不安が残るところじゃが、まあ、無謀にも凝った料理を作ろうとでもせん限り、素材の力で、それなりにはなるじゃろう」
「ええー? ミルゥしゃんが、つくるんだもん、だいじょーぶだよ! ふっふっふっー♪ ふっふっふぅー♪ どーんなエビさんが、でてくるのーかにゃ? たっのしっみだにゃ・にゃ・にゃー♪」
長老は、ミルゥが料理をすることに若干どころではない不安を抱いているようだが、にゃんごろーは全幅の信頼をミルゥに寄せ、三段重ねした座布団の上で、もふもふ・にゃっにゃっと踊り出した。
長老は「やれやれ」と笑った後、「そう言えば」とお首を傾げた。
「そう言えばじゃが、てっきり、新しいおそろいの品を買いに行ったのかと思ったのじゃがのぅ。いいものが、見つからなくて、無難に食べ物にしたのかのぅ?」
「にゃふふー♪ ちょーろーは、そのほーが、うれしーくしぇに」
つい最近のおリボン事件を思えば当然の疑問だったが、子ネコーは「おそろいの品」はスルーして、長老の食いしん坊を揶揄った。
長老は「こやつめ!」と子ネコーを睨みつけたが、「それはそれとして」とすぐにまたお首を傾げ直す。今度は、さっきとは逆の方向だ。
「ふぅむ? 最初の頃は、新しいおそろいがどーのこーのと喧しかったくせに、そう言えば、最近はあまり騒いでおらんのぅ? どーせ、すぐになくすからと諦めたんかいの?」
「ち、ちがうよ! もう! なんちぇこちょを、いうにょ!」
「じゃあ、なんでじゃ?」
「えー? にゃふーん、ひっみちゅー♪ あ、しょれとー、エビしゃんも、にゃんごろーとミルゥしゃんの、いっとうだいすきの、おしょろいだからー♪」
ちょっぴり余計な長老節が出はしたが、長老にしては当然の疑問だった。にゃんごろーは、長老節にプンスコしたが、長老は悪びれずになおも尋ねた。その辺りは、いつものことなので、にゃんごろーは当たり前のようにスルーし、質問にも答えなかった。楽しそうに秘密宣言をすると、エビだっておそろいだと主張する。
おそろいの品というわけではないが、ふたりともエビ好きなので、好物がおそろいという意味だ。
誤魔化された長老は「むむむ」とへそを曲げたが、にゃんごろーはお構いなしで、座布団の上でもふもふ小さく歌い踊った。
そうこうしている内に、ついに準備が整って、ミルゥがエビ料理を携えて登場した。
「おまたせ!」
ノックの代わりに、ミルゥの弾む声が聞こえてきて、それからドアが開いた。
ミルゥは両手でお盆を持っていたので、ドアを開けたのは、ミルゥの後ろに疲れた顔で立っているムラサキだったのだろう。
ミルゥはズカズカと部屋に上がり込むと、キビキビと配膳を始めた。
小鉢とフォークとマヨネーズとレモンがのっている小皿が、にゃんごろーと長老の前にセットされた。お料理は、ネコーたちの分しかないようだ。
にゃんごろーは、ミルゥの作ってくれたお料理というだけでお顔を輝かせて歓声を上げたが、長老は「これっぽっちか」としょんもりする。
だが、本当にがっかりするのは、これからだった。
「さ、ふたりとも、召し上がれ! せっかく市場で新鮮なエビを手に入れてきたからね!素材の味を最大限に生かすために、シンプルに茹でエビだよ! お好みで、マヨネーズかレモンをかけて食べてね!」
「わーい! いたらきまーしゅ!」
「うむ、いただくとしようかの」
ミルゥに促され、ネコーたちはポムとお手々を合わせた。量の少なさにがっかりしていた長老も、「足りなければ、他のおやつを強請ればよい」と割り切ったのか、元気を取り戻していた。
ふたりは、フォークを手にし、そろって小鉢の中身を覗き込む。
そして、「ほにゃ?」あるいは「はにゃ?」のお顔で固まった。
しばし、固まったまま小鉢の中身を凝視して、それからそろってお顔を上げた。
ふたりは固まったお顔のまま見つめ合い、瞬きだけを繰り返す。
ふたりの視線が、同時にミルゥへと向けられた。
ミルゥはキラキラと、期待の眼差しでにゃんごろーを見つめている。にゃんごろーだけを見つめていた。にゃんごろーのために作ったお料理を、にゃんごろーが食べるのを待っているのだ。
ミルゥはただ本心から、にゃんごろーが大好きなエビ料理を振る舞って、にゃんごろーに喜んでほしいと思っているのだ。
それが、それは、ものすごくよく伝わってくる。
キラキラと、にゃんごろーの「おいしい」を待ちわびるミルゥの背後では、ミルゥに付き合わされたムラサキが両手を合わせて頭を下げていた。「ごめんなさい」のポーズだ。
にゃんごろーと長老は、もう一度見つめ合った。
それから、また小鉢の中へと視線を落とす。
長老はついでに遠慮のない本音も落とした。
「うむ。実に見事な、エビの出しがら料理じゃの」
「……………………」
幸いと言っていいものかどうか、長老の辛辣なご意見は、にゃんごろーしか見えていないミルゥの耳には届かなかった。
にゃんごろーは、無言で小鉢を眺める。
小鉢の中には、茹ですぎてギュギュギュギュギュッと身が縮みに縮んだエビの残骸たちが「無念……」と言わんばかりに積み重なっていた。
そこには、調理前の生き生きとしたエビの面影は、何一つ残されていなかった。
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