第382話 お尻の救世主

 失敗に深く囚われていたからこそ子ネコーは。

 慰めの言葉ではなく、失敗に対する物言いに反応を返した。


 ここからが、肝心だ。


 舵取りの方針が定まらないまま、クロウは海へ乗り出した。

 垂らした釣り針に、子ネコーは食いついた。ならば、後は直感の赴くままに舵を取り、子ネコーを翻弄し、「ここだ!」のタイミングで釣り上げるだけだ。

 失敗と後悔で雁字搦めになっている子ネコーに揺さぶりをかけるべく、クロウは初手から変化球を投げた。


「ちびネコー。ミルゥはおまえと同じで、実はポンコツなんだよ」

「とんこっちゅ?」

「美味そうにするな。トンコツじゃねぇ、ポンコツだ」

「ぽん・こっ・ちゅ?」


 ミルゥの名前を出されて、にゃんごろーはお耳をもふピクと動かした。お目目をシパシパさせながら、「どういうこと?」とクロウを見上げる。いつの間にか、にゃんごろーはクロウの片膝にお尻をずらし、横座り状態になっていた。横座りで体を斜めに捻り、クロウを見上げている。

 背中を丸めての心情ポロポロは、ほぼ独り語りのようなものだった。クロウの相槌も、聞いているようで聞いていなかった。けれど、釣り上げられたことでにゃんごろーには、クロウの言葉に耳を傾け、対話をしようという気持ちが生まれていた。

 斜め横座りは、その気持ちの表れだった。

 対話をするならば、お顔とお顔を合わせねばならないからだ。

 手ごたえを感じたクロウは、手探りのまま、対話を続ける。

 クロウは、思い切って切り込んだ。


「なあ、ちびネコー。お日様の石がパリンした時のミルゥって、今のおまえみたいだったよな?」

「え? う、うん……?」

「それはな、あいつがポンコツだったからだ」

「…………ふぇ?」


 興味を引く話題を、斜めから差し込まれ、にゃんごろーはこてっと首を傾げた。斜めすぎて、にゃんごろーの中の反省と後悔も揃ってクロウの話に耳を傾ける。


「おまえが、使う魔法を間違えるポンコツをしたように、あの日のミルゥもポンコツを仕出かしたんだよ」

「ぽんこっちゅーを、しでかしゅ……」


 ポンコツの意味は、何となく理解したようだ。そして、理解したからこそ、子ネコーは不思議そうなお顔をする。トマトの女神であるミルゥがポンコツというのが、理解できなかったからだ。

 クロウは、あの日、子ネコーの気持ちを慮って覆い隠した事実を、包み隠さず打ち明けた。


「いいか、ちびネコー。おまえは勘違いをしているようだが、あの日、お日様のお守り石がパリンしたのは、魔獣からミルゥを守るためじゃない。ネコーの悪戯からミルゥを守るために、石はパリンしたんだ」

「え? かんちらい? でも、クリョーが、いったんれしょ? おまもりぃのいしのおかげれ、ミルゥしゃんは、ごぶじで、まじゅーもはやく、やっちゅけられちゃって」

「ああ。言った。嘘は言っていない。大雑把にまとめれば、そういう感じの話にもなる。だが、伝えていなかったことがあるんだよ。それは、ミルゥのポンコツについての話だ」

「…………ミルゥしゃんが、あんにゃに、ないちぇたのは、ぽんこっちゅーで、いしがパリンしちゃったから? しょれで、クリョーは、ミルゥしゃんが、ぽんこっちゅーをおもいだして、もっと、ないちゃわないように、ぽんこっちゅーのはなしを、しなかっちゃってこと?」

「まあ、そんな感じだ」


 クロウが慮ったのはミルゥではなく、にゃんごろーの方だったのだが、クロウは子ネコーの善意の勘違いを曖昧に肯定した。

 そのまま続けて、あの時は伏した事実を凪いだ口調で伝えてく。

 思い出すと凪いだ気持ちになってしまうのは、ミルゥの仕出かしに対する耐性がつきすぎて、もはや諦めの境地に達してしまったからだった。その場その場では、様々な感情が駆け巡ったりもするが、思い返したときには、どうにも凪いだ気持ちになってしまうことが多いのだ。


「あの時、俺はミルゥに『足元にネコーの悪戯があるから気をつけろよ』って警告……注意をしたんだ。だが、あいつは、『お守りがあるから大丈夫』って言って、ネコーの悪戯を摘もうとしたんだ。結果、悪戯が発動した。長老さんのぶーの匂いじゃなくて、魔獣を呼び寄せる匂いだ。石がパリンしてミルゥを匂いから守ったおかげで、ミルゥは魔獣から襲われなかった。でもって、匂いのおかげで、目当ての魔獣がおびき寄せられて、予定より早く仕事を終わらせることが出来た。だから、まあ。石のおかげでミルゥが守られて、思っていたよりも早く魔獣が倒せたっていう話しに、嘘も間違いもない。ミルゥのポンコツを隠していただけだ」

「ほぅほぅ……。たしかに、うそは、いっちぇないね。うんうん。いしがパリンして、ミルゥしゃんが、においからまもられて、まじゅーをやっちゅけるおしごとも、はやくおわっちゃ……。しょれれ、どのへんが、ミルゥしゃんのぽんこっちゅーにゃの?」


 子ネコーは意外と物分かりよく話の大筋については納得したものの、クロウ的に一番肝心な部分については理解が及ばなかったようで、コテンと首を傾げながらクロウを見上げるという器用なことをした。クロウは「マジか?」の顔で子ネコーを見下ろす。

 もしやミルゥのすることはすべてが肯定対象なのかと思い、クロウは何度か口を開け閉めしたのち、それでも……とミルゥのポンコツ説明を試みてみることにした。


「おまえがリボンを大事に思っていたように、ミルゥも、お日様石のことを大事にしようと思っていた。おまえからの初プレゼントだからってのもあるし、アクセサリーとして気に入っていたってのもあるんだろう。なのに、魔獣との戦いでピンチになったからってわけじゃなく、危険だから気をつけろよって言われたのに、わざわざ自分からその危険に手を伸ばして、そのせいで石はパリンしちまった。大事にしようと思っていたのに、本当だったらパリンしなくていいところで、パリンさせちまった。それは、仕出かしだろう? つまり、それが、ポンコツってことだ」

「……にゃ……わ……う……」


 にゃんごろーは、もふもがとお手々を蠢かした。反論したい。なのに、「言われてみると、それもそうだな」と思ってしまったのだ。


「おまえもミルゥも、大事なものを、ポンコツしたせいで失くしちまった。おそろいのポンコツってヤツだな」

「みゅ……ぐみゅ……にゃう……」


 クロウはニヤリと笑った。

 にゃんごろーの中で、そんなおそろいは嫌だの気持ちと、どんなおそろいでもミルゥとなら嬉しいの気持ちがせめぎ合って混じり合って、不明瞭な声になってお口から零れていく。

 散々、子ネコーを翻弄したところで、クロウはクロウ的本題に話を戻した。


「ところで、さっきなんだがな? おまえ、デッキの上から、尻から落ちてきたんだぞ? たまったま、俺が畑へのお使いの帰りで通りかかったから間に合ったけれど、俺が間に合わなかったら、おまえ、尻を思い切り地面にぶつけて、尻に大怪我をしてたところだぞ?」

「ひょえ!? しょー、しょしょ、しょうなの? ク、クリョーが、にゃんごろーのおしりを、まもってくれちゃんだ。あり、ありがちょう。クリョーは、にゃんごろーのおしりの、きゅーせーしゅーらっちゃ」


 にゃんごろーは、クロウの膝に座ったまま、もふっとお尻を押さえた。リボン事件が衝撃的すぎて、自分の身に纏わることはまるっと疎かになっていたけれど、クロウの指摘により、ようやく自分のお尻がピンチだったことに気がついたのだ。ここで、すぐにお礼の言葉が出てくるところは、にゃんごろーの“いいところ”だった。しかし、クロウは「にゃんごろーのお尻の救世主」という新たな称号が嬉しくなさすぎて、諸々スルーして話の方を続けた。

 話が戻ったように聞こえるかもしれないが、ちゃんと続いている。これから、ここから、繋がっていくのだ。


「ちびネコーはさ。たとえポンコツのせいで石がパリンしたんだとしても、ミルゥが怪我して帰って来るよりは、ポンコツでもパリンの方がいいって思ってるんだろ?」

「と、とーぜんでしょ! どんなりゆうでも、いちばんだいじなのは、ミルゥしゃんのごぶじ! おまもりぃのいしは、おまもりぃなんだから、ミルゥしゃんをまもるためなら、ポンコツでもパリン!」


 感謝の気持ちで心と体を丸くしていたにゃんごろーは、もふっと毛を逆立てて、「ポンコツによるパリンでも、ミルゥが無事ならそれでよし!」の意を力強く表明した。

 思惑通り過ぎる反応をされて、クロウは喉の奥で笑いを嚙み殺す。噛み殺して、話を繋いでいく。


「じゃあさ、あの石が、お守りじゃなかったら、どうなんだ?」

「…………え?」


 もふもふ抗議が大人しくなった。


「お守りだから、どんな理由であれ、ミルゥを守ってパリンするのは当然だって、おまえは思ってるんだろう? じゃあ、あの石がお守りじゃなかったら? お洒落用のアクセサリーとしてお日様石をプレゼントしたとしたら? 大事なプレゼントの石だからって、ミルゥが石を守るために怪我をしたら?」

「しょ、しょんなの、ダメ! いしなんちぇ、またちゅくればいいみょん! にゃんごろーがあげたいしのせいで、ミルゥしゃんがおけがをしたら……したら……そんにゃの、いやにゃ!」


 にゃんごろーは、立ち上がってクロウの胸ぐらを掴み、ちょっぴりお爪も立ててユサユサと揺さぶった。

 クロウは、にゃんごろーの頭を後ろからポンと叩き、わしゃわしゃと乱暴にかき混ぜる。そして、沼に沈み行こうとしていた子ネコーに釣り針を垂らしたところまで、話を戻した。


「だからさ。おまえの今日一番の大失敗は、おまえ自身を守るために魔法を使わなかったことだ。あの時、リボンを捕まえても、捕まえられなくても、おまえはおまえの尻を守るための魔法を使わなきゃいけなかった」

「……………………おしりを、まもる、まほう……?」


 ユサユサが、止まった。

 クロウからしたら繋がっている話なのだが、にゃんごろーからはコロッと話が変わったようにしか思えず、ちょっぴり混乱して、威勢がそがれた。


「ミルゥだって、おまえが一番大事なんだ。尻に大怪我をしたおまえに、リボンは守ったよって言われるよりも、おまえが無事で元気でいてくれる方が、ミルゥだって嬉しい。これも、おそろいってヤツだろ?」

「ミルゥしゃんも、いっしょの、きもち……」

「そ。おまえが元気に笑っているのが、ミルゥには一番嬉しいんだ。だから、おまえの一番の失敗は、リボンを風に飛ばしちまったことでも、魔法を間違えてリボンを取り逃がしちまったことでもない。後先考えずにデッキから飛び出して、何の魔法も使わないまま、尻から落っこちて来て、尻に大怪我をしそうになったことだ」

「おしりを、まもらなかっちゃことが、しっぱい……」

「いや、すまん。尻、尻、言いすぎた。尻が大事なわけじゃない。おまえが無事でいることが大事なんだ。おまえにとって、ミルゥの無事が一番大事なのと同じで、ミルゥも、おまえが無事でいてくれることが一番大事なんだ」


 興奮に逆立っていたもふ毛は、すっかりと凪いでいた。

 クロウの言いたいことが、じんわりじわじわ、ゆっくりじっくりと、もふ毛の奥まで浸み込んで、もふ毛の中で広がっていく。

 さっき自らしたばかりの「ミルゥの無事が一番大事!」宣言を逆の立場に置き換えてみて、にゃんごろーはクロウの言いたいことを何となく理解した。


「おまえに何かあったら、ミルゥが悲しむ。だから、多少の無茶はしても、結果がどうでも、とにかくちびネコーが無事でいられるように、上手に魔法を使えるようになる。それをちゃんと出来るのが、一にゃー前の子ネコーってヤツなんじゃないか?」

「……………………! う、うん! ちゅぎは、ちゃんと、あんじぇんに、がんばりゅ! ミルゥしゃんを、かなしーきもちに、しゅるのは、めっ!……だもんね! おリボンは、ごめんなしゃいをしよう。しょして、あたらしい、おしょろいを、さがそう! おリボンのはじめては、おそらにいっちゃったけど、また、べつの、はじめてのおしょろいを、しゅればいいもんね!」


 最初は、どうなることかと思ったけれど、とにかくクロウが言いたかったことは正しく子ネコーに伝わったようだ。おまけに、何やら勝手に元気になって意欲を燃やしている。都合よく『初めて』の拡大解釈をして、リボンとしての初めてのおそろいは風に飛ばされたけれど、次はボンではない初めてのものでおそろいをすればいいと子ネコー理論を述べて、「うんうん」と頷いている。

 元気になった現金すぎる子ネコーを見下ろし、クロウは苦笑いを浮かべた。……が、何を思い出したのか、フッと遠い目をして、乾いた呟きを零す。


「…………ま、おリボンは、むしろ、風に飛ばされてお空に行っちまったことで、本当の意味でおそろいになったんだと思うけどな……」


 それは、ミルゥをよく知るが上の、仕上げのドタバタ劇を予想しての呟きだった。


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