第380話 ホロリポロリと零れ落ちて
にゃんごろーは、グズグズと泣いていた。
泣いても、泣いても、涙が止まらない。
場所は、ネコー部屋。クロウの膝の上だった。
お昼には、長老と合流した。
成り行き上、クロウも和室で、ネコーたちと一緒にお昼を食べた。
長老は泣いている子ネコーと、スッキリしてしまった子ネコーの首元を見て、おおよそを察したようだ。長老は、「詳しい話は、ごはんの後じゃ」と、まずは食事をとるように促した。子ネコーはグズグズ泣きながらも、残したりせず、ちゃんとお昼を食べた。残さず全部食べ切ったところは、いかにもにゃんごろーらしいけれど、にゃんごろーらしからぬ湿っぽいお食事になった。いつも、どれから食べようかと真剣に悩み、ほわほわポワポワと感想を述べ、全力でお食事を楽しんでいたのに、今日は最初から最後まで涙交じりだった。感想の代わりに嗚咽が聞こえてくる。
子ネコーの朝の浮かれぶりを知っている面々は、より一層心を痛めた。
それでも、食事が終われば、長老が上手く宥めてくれて、子ネコーも少しは落ち着くだろうと、みな長老に信頼を寄せていた。
クロウも、そこまで見届けたら、後は長老にお任せして、自分は撤退しようと思っていた。
しかし。
おおよそ事情を察してはいたものの、一応ちゃんと話を聞いた長老は、ついうっかり子ネコーに追い打ちをかけてしまった。
悪気があったわけでも、子ネコーの成長のために心を鬼にして容赦のない真実を叩きつけたわけでもない。
ついうっかり、ポロンしてしまったのだ。
その言葉が放つ影響力を微塵も考慮しないまま、ついついうっかり思ったことをそのままポロンしてしまったのだ。
長老は、グズグズ泣いている子ネコーに、こう言ったのだ。
「魔法は、使わんかったんかいの?」
「……………………ま、まひょ……?」
「そうじゃ。デッキを飛び出すなんて、危ないことをせんでも、風の魔法を使って、リボンが戻ってくるようにすればよかったじゃろ?」
「……………………ひょ!?」
お腹の白毛をもしゃもしゃしながらの、何気ない疑問のお言葉だった。
しかし、威力は絶大だった。
子ネコーは「言われてみれば!?」のお顔で固まった後、火が着いたように泣き出して、手が付けられなくなってしまった。
無意識の内とは言え、にゃんごろーはちゃんと魔法を使っていた。ただし、使いどころは間違えていた。
あの時、にゃんごろーは自分自身に魔法を使った。逃げるリボンを追いかけるために、魔法の力で、いつもよりも速く駆け、いつもよりも高くジャンプを決めた。けれど、それは今一歩足りなかったばかりか、にゃんごろー自身を危険にさらした。クロウのお助けがなければ、にゃんごろーは大怪我をしていたかもしれないのだ。
あの時、長老が言う通りにしていれば。そして、その通りに上手く魔法が発動していれば、リボンは空の彼方に消えたりせず、にゃんごろーの元へ戻って来たはずなのだ。「あぶないところだった」と反省をしつつも、ミルゥとの繋がりの証である白リボンを首に結んで、終わりよければすべて良しと、ご満悦になっていたはずだった。
けれど、そうはならなかった。
にゃんごろーは、失敗したのだ。
その事実が、鋭く胸に突き刺さる。
その時は無意識だった。とはいえ、こうして後から別の可能性を示唆されると、その時の行動が浮かび上がってくる。失敗が、浮き彫りになってくる。
浮かび上がって浮き彫りになった事実が刃となって、子ネコーの心の柔らかいところをグリと抉った。
にゃんごろーはもう、一にゃー前の子ネコーなのだと思っていた。でも、本当は、まだまだ半にゃー前だったのだ。そのことに気づかず調子に乗っていたせいで、ミルゥからもらった大切なリボンを、大事なおそろいのリボンを失くしてしまったのだ。
にゃんごろーは、頭ではなく、感覚でそれを理解した。
その事実は、にゃんごろーの心を抉り、容赦なく打ちのめした。
小さなもふ毛の中を、荒々しくも猛々しいナニカが荒れ狂い蹂躙していく。子ネコーはぐちゃぐちゃになった。今のにゃんごろーには、自分が子ネコーだという自覚もない。ぐちゃぐちゃに荒れ狂うナニカが子ネコーのもふ毛の中で暴れている。
つらくて苦しくて逃れたくて、調子に乗って大失敗をした自分が許せなくて。
にゃんごろーは、ゴンゴンと床に頭を打ち付けた。
クロウが慌てて抱き上げる。
クロウの腕の中で、にゃんごろーは泣き喚き、大暴れした。言葉は不明瞭で、何を言っているのかは分からないが、自分を責めているらしきことは伝わってくる。
見守る側も辛い時間は、そう長くは続かなかった。
お昼を食べて、お腹がいっぱいなせいもあるのだろう。大泣きして暴れて疲れ果てた子ネコーは、繰り人形の糸が切れたかのようにカクリ・ストンと突然眠りに落ちたのだ。
居合わせた一同は「ふー」と息を吐き出すと、続いて長老へ非難の目を向けた。
お言葉の内容に間違いはないのであろうし、子ネコーの魔法修業上必要なことではあるのだろうが、もう少し時とタイミングを選ぶべきではあった。
仕出かした自覚はあるのだろう。長老は、誰とも目を合わせなかった。……が、長老はやはり長老なのである。長老は、悪びれもなくシレッとこう言った。
「まあ、あれじゃ。ミルゥも一日でお守りの石を壊してきたわけだし、これはこれで、おそろいな結果じゃろう? ミルゥから『これで、本当におそろいだね』とか言ってもらえれば、あっさりコロッと元気になるじゃろ」
「いや、それはそれとしてですね……?」
「ルドルよ……」
クロウは控えめにジト目を向け、同席者の一人であるマグじーじは、付き合いが長すぎるが故の諦め成分大めのジト目を向ける。
長老は、それには取り合わず、クロウの肩にポムと肉球を置いた。
「ま、ミルゥ絡みのことならば、長老よりも、おまえさんの方が適任じゃろ。ではな、後は任せたぞ! 長老は、森へお出かけしてくるのじゃ!」
長老はクロウに面倒ごとを押し付けると、自分はササッと部屋を逃げ出した。「あ!」と思った時にはもう遅い。尻尾を掴ませる隙すら与えず、長老は姿をくらませた。
マグじーじを含む、居合わせていた他のクルーたちも、長老の言う通り、今回の件についてはクロウに一任するのがいいと判断したようだ。一同は、顔を見合わせて頷き合うと、順番にクロウの肩をポンと叩いて、無言で部屋を出て行った。
こうして、クロウの午後の予定は強制的に確定した。
諸々を諦めたクロウは、眠る子ネコーを抱きかかえたままネコー部屋へと向かい、子ネコーの目が覚めるまでは読書をして過ごすことにした。
子ネコーが目を覚ましたのは、もうそろそろおやつかな、という頃合いだった。
クロウが子ネコーを膝にのせて、時折もふりながら机の上のページをめくっていると、くたりとしていたもふもふが、もぞりと動いた。
クロウは文字を追っていた目線を、膝の上に落とす。
丸くなって寝息を立てていた子ネコーは、「ううーん」と大きく伸びをしてから、ムクリと起き上がった。
クロウは、栞を挟んで本を閉じた。
にゃんごろーは、しばらくぼぅっとしていたが、ハッと身を震わせると、忙しない手つきで首元をもふもふし始める。
そして、そこに何もないと分かると、小さく背中を丸めて、シクシクと泣き出した。
クロウは、子ネコーの小さな頭をそっと撫でて、なんと声をかけようかと言葉を探す。
けれど、クロウが探し物を見つける前に、子ネコーは涙と共に、ホロポロコロリと胸の内を零し始めた。
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