第377話 子ネコーの可愛い告白

 ミルゥは、まだ鼻をグズグズと鳴らしていたが、にゃんごろーは、もふもふにゃふにゃふと嬉しそうだった。

 子ネコーが自分の無事を喜んでくれているのは、純粋に嬉しい。けれど、せっかく作った石が早々に壊れてしまったことは間違いないわけで、なのに、子ネコーがそのことを少しも悲しんでいない様子なのが不思議で、ミルゥは尋ねてみた。


「ねえ、にゃんごろー」

「なあに? ミルゥしゃん」

「えーと、その。石が壊れちゃったこと、全然気にしてないみたいだけど、その、一日で壊れちゃって、悲しく、ないの?」

「ほえ? んにゃ……、んん。おまもりぃのいし、らっちゃからねぇ。うーみゅ?…………ううん。しょうらねぇ、あげちぇ、しゅぐにこわれちゃっちゃけろ、うぅーん。あのね、にゃんごろーはね、まにあっちぇ、よかっちゃって、おもっちぇる」

「間に合って、よかった……?」


 にゃんごろーは、もふりと腕を組み、カッチコッチと子ネコーメトロノームになった後、ニパッと笑った。

 ミルゥは、まだ微妙に曇っている目をパチパチとシバキながら子ネコーを見つめる。

 視界が不明瞭でも、子ネコーは愛らしかった。


「しょー! にゃんごろーは、おまもりぃのプレレンチョが、まにあっちゃ! しゅぐにこわれちゃったのは、ごめんなしゃいだけろ、まにあっちぇ、やくにちゃっちゃから、ミルゥしゃんは、ごぶじで、おしごとも、はやくおわっちゃんれしょ? らったら、やっぱり、にゃんごろーは、うれしい!」

「…………ま、作った本人……本ネコーだからな。効果と引き換えに壊れちまうのは、織り込み済みだったってことだろ。で、一日で壊れちまったのは残念だけど、昨日石を渡せなかったせいで、おまえが怪我をして帰ってきたら、その方が悲しい。昨日プレゼントしたからこそ、石は一日で壊れちまったけど、引き換えにおまえは無事だった。ちびネコーは、それが嬉しい、その方が嬉しいって言ってるんだろ」

「そ、そっか……」


 余計なお世話かも……と思いつつも、クロウはいつもの癖で、つい子ネコー語の通訳をしてしまった。にゃんごろー先生の方は、「そのとーり!」とばかりに先生顔でふんぞり返っているので、あながち外れた行いでもなかったのだろう。

 ミルゥの方は、飾りを失くしたチョーカーの紐を指でなぞりながら、複雑そうな笑顔を浮かべている。

 作り手のにゃんごろーは、端から壊れ物のつもりだったのだろう。役目を果たしたら壊れる。そういうものだと分かっていたのだ。だから、ミルゥのピンチにちゃんと間に合ったことに満足している。石を惜しむつもりは、ないようだ。

 けれど、ミルゥは違う。口では、「にゃんごろーのお守りがあるから、何があっても大丈夫!」なんて言っていたけれど、それは精神的な、負けそうな心を励ましてくれる応援アイテム的な意味合いであって、本当に本当の効果があるなんて、思っていなかったはずだ。ミルゥにとっては、仕事へのやる気と勇気をくれるアクセサリーであって、これからもずっと、共にあるつもりでいたのだ。

 やらかし案件による罪悪感とは別に、そして、その罪悪感がそれなりに収まるところにおさまったが故に、儚く散った石を惜しむ気持ちが湧き上がり、笑顔が揺らぐ。

 だって、初デートでもらった初プレゼントだったのだ。

 華々しくも粉々を通り越して“こなんごなん”に、お日様の石は砕けてしまったので、欠片すら残っていないのだ。手元に、子ネコーが作ってくれた石が残骸すら残らなかったことが、悲しくて寂しくてやるせない。そんな気持ちが、滲み出てしまう。

 ――――そんな諸々を察してしまったクロウは、仕方がないので、もう少しお節介を焼くことにした。


「おい、ちびネコー。お守りがちゃんと役に立って嬉しいのは分かるけど、ミルゥにしたら、せっかくもらったプレゼントが一日で壊れちまったんだ。おまえが考えているよりも、ずっとショックだったんだよ。ちびネコーからもらった初めてのプレゼントだって、はしゃいでたしな。守ってもらった感謝の気持ちはあってもさ、それとは別に、初めて記念が壊れちまったんだから、そりゃ、悲しいし悔しいさ。それに、あれ。綺麗だったしな」

「……………………ほ……わ……? みゅ……しょ、しょっか。にゃんごろー、ミルゥしゃんをまもりたいっちぇ、しょればっかりで……。しょれに、まちゃちゅくれば、いいとおもってちゃから……。でも、しょーだよね。はじめちぇの、きねんのいし、らもんね。はじめてのいしは、あれだけ、らもんね」


 クロウによる乙女心モドキ講習を大人しく拝聴していた子ネコーは、初めの内は不思議そうなお顔をしていたけれど、双方の温度差が何処から生まれたものか、何となく理解したようだった。

 子ネコーとしては、壊れたらまた作ればいい……くらいの感覚でいたようだ。それを聞いてクロウは「ああ、なるほど。それもあってのこのドライさだったのか」と少しばかり納得した。しかし、それはそれとして、一にゃー前とはいえ、まだまだ子ネコーなにゃんごろーには「初めて記念」を尊ぶ乙女心への配慮が欠けていたことは確かである。

 難しいことは分からないが、講習により、どうやら乙女心的なものへの気遣いが足りないせいでミルゥを悲しませてしまったようだと感じたにゃんごろーは、しょんぼりと肩を落とした。

 ミルゥに睨まれる前に、クロウは子ネコーの頭をトントンと指で叩き注意を引くと、その指を、ネコー部屋の奥にある机へと向けた。


「まあ、そう落ち込むな。本物は無くなっちまったけど、おまえなら、本物の代わりになる記念の品をプレゼントできるだろ?」

「……………………はあお! ほんちょら! うん! まかしぇちぇ!」


 机の上に散らばっている、はかどっていないお絵描きの残骸を目にして、にゃんごろーは、ぱあああああっとお顔を輝かせた。そのまま、天井から吊るして、お部屋の灯りに使えそうな笑顔だった。


「ミルゥしゃん! にゃんごろー、おまもりぃのいしの、おえかきをしちぇ、ミルゥしゃんにプレゼントしゅるね! しょしたら、おへやにかざっちぇおけるでしょ! しょれに、ほんものの、おまもりぃじゃないから、こわれにゃい! かいけちゅ!」

「にゃ、にゃんごろー……。う、うん。ありがとうぅ、うれしいぃ」


 にゃんごろーは、シュバッシュバッとお手々を交互に突き上げながら、クロウに誘導された素敵なアイデアをご披露した。

 ミルゥは、泣き笑いでお礼を言った。

 元は言えば、自らのやらかしから始まった事態なのに、アフターケアが至れり尽くせりすぎて、嬉しいけれど、ちょっぴり申し訳ない。でも、やっぱり嬉しくて複雑だ。


「あ、しょうだ! おまもりぃのいしも、しゅぐに、あたらしいのを、ちゅくるからね! おまもりぃがないときに、ミルゥしゃんに、なにかあったら、ちゃいへん! らからね!」

「…………ふぐぅっ! う、うう、うん! ありがとう、にゃんごろぉ…………あ、そうだ。にゃんごろーに、お土産があったんだった。これ、もしよかったら、魔法石の材料に使って」

「にょ?」


 子ネコーはお手々をピタッと止めて、追撃を放った。

 ミルゥは崩れ落ちそうな自分を叱咤して、お礼を述べたところで手に握ったままの白い花の存在を思い出し、そっとにゃんごろーに差し出す。

 これにて一件落着なつもりでいたクロウは、反応が遅れた。というか、背後から聞こえた長老の「あ」という声で、忘れていたもう一つの重要案件について思い出した。しかし、最早手遅れだった。

 見た目だけは白くて可憐な“ネコーの悪戯”は、ミルゥからにゃんごろーへと手渡され、同時にポッフンと気の抜けた音がして、それから――――。

 ちゃっかり魔法で防御をしたらしき長老以外の三にんは、悶絶した。


「うっ! く、くっさ!」

「う、うぐっ、い、息が……っ」

「ひ、ひぃぃぃぃいいい! ちょ、ちょーろーの、ぶーの、においぃいぃいぃぃ……」

「む! 何を言うか! 長老のぶーは、こんなものではないぞ! 食らうがいい!」


 炸裂したのは、またしても匂い系の悪戯だったようだが、今度は爽やかで甘いけれど魔獣を呼び寄せ興奮させる匂いではなく、子ネコー曰く「長老のぶー」すなわち長老のおならの匂いが、気抜け音と共に部屋中に充満したのだ。

 ちゃっかり自分だけ無傷な長老は、苦しむみんなを助けるのではなく、追い打ちをかけようとした。スックと立ち上がった長老は、子ネコーたちの方へ尻を向け、真っ白いもふぁもふぁ尻尾を持ち上げたのだ。

 発射準備完了である。


「ま、待ってください! 長老さん! この匂いを、なんとか、してくれたら、ミルゥがおやつを奢りますから!」

「ふむ? 本当かの?」

「お、おおおおお奢ります! お任せください!」


 クロウは長老へ発射停止を呼びかけるとともに、このとんでもない匂いを魔法で何とかしてほしいと交渉を持ち掛けた。支払いは、そもそもの発端であるミルゥに当然のように押し付けた。

 ミルゥは、匂いから逃れたい一心もあるのだろうけれど、ネコー好きとしてネコーにおやつを奢れるのは、むしろ望むところなので、喜んでこの条件を受け入れた。もだえ苦しみながらも、力強く宣言する。


「にゃっふっふーん♪ そういうことならば、長老に任せるがよいのじゃ! んーーーーにゃ!」


 長老が、両方のお手々をグルングルンに回した後、「にゃ!」と前に突き出すと、発酵刺激臭は、ファッと消え去った。

 匂いの暴力から解放された三にんは、脱力した後、ゆっくりしっかりと深呼吸を始めた。普通に呼吸が出来ることのありがたみを、じっくりと噛みしめていた。

 長老は、そんな三人の元へトコトコと歩み寄り、サッと子ネコーのお手々から“ネコーの悪戯”を抜き取った。


「これは、お守り作りを手伝ってくれた、レイニーにあげるとしようかの。レイニーならば、まあ、上手く扱えるじゃろうて」

「え? れも……」

「にゃんごろーとミルゥ、ふたりからのお礼ということにするといいじゃろう。それに、この花は、にゃんごろーには、まだ早い。長老のぶーのお花じゃからなー」

「ミルゥしゃん、これ、レイニーさんへのおれいにしても、いーい?」

「う、うん! もちろん! そうしよう! それがいい!」


 長老の提案を、にゃんごろーは渋ったけれど、長老が“長老のぶー”を持ち出すと、子ネコーはあっさりと花を諦め、お顔をクリンとミルゥへ向けた。せっかくのミルゥからのお土産だったが、また“長老のぶー”が発動しても、自分の魔法では止められないと分かっているからだ。

 もちろん、ミルゥに異論はない。

 長老の下した判断に、異を唱えるつもりはなかった。

 またこの次、もっと子ネコー向けの無難なお土産を調達することにしよう――――と気持ちを切り替えた。

 早く誰かに押し付け……お任せしてしまいたいクロウの提案で、このまま四にんでレイニーさんの魔工房へ赴くことが決定した。

 その道中。

 ミルゥに抱き上げられていた子ネコーは、ミルゥのお耳の傍にそっとお口を寄せてこしょこしょと囁いた。


「あのね、ミルゥしゃん」

「なあに? にゃんごろー」

「にゃんごろーの、ぷーは、ちょうろうのぶーとちがって、くしゃくないから、あんしんしてね?」

「…………んっ、ふふっ……。あはははは! もーう、にゃんごろーったら!」


 もじもじしながらの可愛い告白に、ミルゥは子ネコーに頬ずりをしながら爆笑した。

 それは、パリ―ン事案以降では初めて見せる、ミルゥ渾身の笑顔だった。

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