第374話 浮かれミルゥとネコーの悪戯

 “ちゃっかり長老”の企みにより、ひれ伏すふたりの調停役という面倒くさい役を押し付けられてしまったクロウだったが、実を言えば長老に押し付けられるまでもなく、本人は元よりそのつもりだった。

 ざっくばらんなようでいて面倒見のいいクロウは、年が近い(今現在はミルゥの方が一つ上だが、後数ヶ月で追いつく予定だ)せいもあって、ミルゥの自由奔放の後始末を押し付け……任されることが多い。そのせいで、口では文句を言いつつも、すっかり体に染みついてしまっているのだ。

 おまけに今回は、ある意味クロウも当事者であるという事情があった。加えて、なんだかんだで可愛がっている子ネコーも絡んでいる案件とあって、事態の収拾を図るべく馳せ参じたという次第なのだ。到着が遅れたのは、戦闘系クルーであるミルゥと後方支援系クルーであるクロウの体力と脚力差によるものだ。

 ともあれ、クロウはひとまず呼吸を落ち着けてから、ひれ伏しにゃんごろーのもふ頭を人差し指でツンツンと突いて、子ネコー側の事情聴収を試みた。


「おい、こら。ミルゥはともかく、なんでおまえまで一緒になってひれ伏しているんだよ?」

「ら、らっちぇー……。ミ、ミルゥしゃんがぁー……。なにがあっちゃのぉー……?」

「あー……」


 にゃんごろーはムクリとお顔を上げた。お目目はグルグルの涙目だった。

 クロウは、それだけで、大体の事情を察した。

 自責の念の深みにはまって大いなるグルグル中のミルゥにあてられて、釣られグルグル発動によるひれ伏し合戦がエンドレスになっているだけで、グルグルの事情については何一つ語られていないようだと、それだけで察した。

 大体……というか、ドンピシャの大正解だった。

 さすがの助手ぶりだった。

 クロウは、指の先でにゃんごろーの頭をグルグル撫で回しながら、当初の作戦通り、子ネコーの真実が優しいものへと至るように誘導した。


「あのな、ちびネコー。今日の仕事は、魔獣退治だったんだ。それでな、仕事の途中で、ミルゥはピンチに陥った……えー、ミルゥがピンチになったんだ。でも、ちびネコーのお守りおかげで、ミルゥは無事だったし、魔獣は退治出来て、仕事は早く終わったんだ。だけど、その代わり……」

「…………!」


 にゃんごろーはパコッとお口を開けてお目目を見開いた。

 ミルゥが何を謝罪しているのか、ようやく分かったのだ。

 部屋の隅では、長老が「そんなわけあるかい」の眼差しをクロウに向けていた。クロウはジトッとした視線に気づきつつも「長老さん、俺に全部押し付けて逃げましたよね?」のオーラを放って、ジト目をはねつけた。

 それにクロウは、嘘はついていなかった。

 省いた事実はいくつかあるが、語った内容に偽りはない。

 クロウが誘導した優しい真実に辿り着いた子ネコーが、それを噛み砕いて消化しようとしている間に、クロウは――――。

 省いた真実を思い起こしていた。



 任務先は、人里離れた森だった。

 風の魔法を操る大型鳥魔獣の討伐依頼だ。

 とりあえず今日は、調査だけの予定だった。

 懸念事項といえば、浮かれミルゥがふわふわと足元を覚束なくさせていることくらいだった。ミルゥが浮かれれば浮かれるほど、他のクルーたちは気を引き締めた。願うだけ無駄なような気もしたが、出来れば何も起こらずに、起こっても大事にはならずに帰還できるようにとキビキビ働いた。

 もちろん、クロウも、だ。

 しかし、それが裏目に出た。

 森の動植物に詳しく観察眼に優れたクロウは、自然が仕掛けた天然トラップを見抜き、皆に警告する役目を担っていた。森でよく遭遇するトラップとしてあげられるのは、定番の毒虫、触るとかぶれる茎や葉。それから、うっかり踏んだら、神経をマヒさせる作用のある胞子を放つキノコ。甘い香りで獲物を誘う果実と共生している肉食の獣。……等々。

 知らずに接触すると大惨事を引き起こすが、正しい知識の元に対処すれば何事もないまますり抜けられる。そうなるように誘導するのが、クロウの役目なのだ。

 クロウは、いつも以上に気を張って、いつも通りに仕事をしただけだった。

 ミルゥ以外の厄介ごとが起こらないように、いつも以上に気を張って、そして。

 見つけたから、警告した。

 それだけだった。


「あ、ミルゥ、そこ。はぐれネコーの悪戯がある」――――と。


 警告した、つもりだった。

 みなまでは言わなかったが、「避けろよ」と言ったつもりだった。

 普段なら、それで通じたはずだった。

 しかし、その時ミルゥは浮かれていた。子ネコー効果で浮かれていた。お守りの力を過信していた。警告対象が「ネコーの悪戯」だったこともよくなかったのかもしれない。ネコー繋がりでどうにかなるさ、なんて軽く考えてしまったのかもしれない。

 普段なら、軽くお礼を言って警告通りに避けて通っただろう。だが、この時ミルゥは「あ、ホントだー♪」と弾む声と共にしゃがみ込み、ネコーの悪戯へ手を伸ばした。

 裂けねばならないネコーの悪戯へ手を伸ばした。


 その結果――――。


 いや、その前に、ネコーの悪戯について説明するべきだろう。

 ネコーの悪戯とは、森に群生する独特な魔力を秘めた可憐な花の名だ。正式名称は妖精の悪戯というが、青猫号のクルーたちの間では、ネコーの悪戯で通っている。魔法薬の材料にもなるのだが、取り扱いが難しく、熟練の魔法使いでなければ摘み取ることすら出来ないというシロモノだ。軽い気持ちだろうが重い気持ちだろうが、技術のないものが手を出すと、その秘めたる独特な魔力により手痛いしっぺ返しを食らうハメになる。質が悪いのは、何が起こるのかは、起こってみなければ分からないところだった。青猫号のサンルームのように気まぐれなのだ。つまり、予め対抗手段を用意しておくことが出来ない。魔法に長けていて臨機応変な対応が出来るもの以外は、されるがままになってしまうのだ。

 いたずらの内容も、子どもの悪戯レベルから命にかかわるものまで多種多様。まあ、とのかく、触らぬ神に祟りなしということだ。

 踝ほどの背丈の、白くて可憐な星形をした花は、見た目は取り立てて特徴的なわけではない。ただ、基本的には群生しているので、これだと特定できなくても、白くて可憐な花が群生している場所に近寄らなければ、余計な災禍には合わずに済んだ。

 問題は、種子が風に攫われて、群れを嫌う一匹オオカミのように一輪だけでポツンと咲いている、所謂「はぐれネコーの悪戯」だった。

 小さな花なので、一輪だけだと見逃しやすい。運よく接触しないまま通過できれば何の問題もないが、たとえワザとでなくても踏みつぶしでもしようものなら…………なのである。

 だから、本当ならば、目敏く気づいて注意を促したクロウは、大手柄……のはずだった。


 しかし、浮かれミルゥが、それを積極的に台無しにしたのだ。

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