第311話 ちゅるちゅるちゅるりん♪
ハチ、ハチ、ハチチと瞬きが止まらなかった。
瞬きをしながらにゃんごろーは、左へ傾げた首をゆっくりと右へ倒していく。
そこでもまた、ハチハチと瞬いて、ようやくにゃんごろーは首の位置を元に戻した。
そして、こう言った。
「しょれ、ちゃべれにゃいよ?」
「大丈夫。だから、ちょうだい。欲しいの」
魔法石をあげること自体には異論がないらしく、にゃんごろーはお豆腐子ネコーとしての懸念を伝えた。観賞用として欲しがっているのかも、という発想は微塵も浮かばないのが、お豆腐子ネコーがお豆腐子ネコーたる所以だ。
それまで、小さな頭の中で渦巻いていた色々な『なあぜ?』は痕跡も残さずに消え去り、今は『食べられないのに、いいのかな?』が勢力を伸ばしているようだ。
それに対して精霊は簡潔に答え、ストレートに要求を続ける。いっそ好感が湧いてくるほどの素っ気なさだ。
にゃんごろーは、もう一度ハチとしてから二パッと笑った。
食べられなくても構わないというのなら、そんなにも欲しがってくれるのならば、プレゼントしようと思ったのだ。自分の作ったものをそこまで欲しがってもらえるのは、それだけでも嬉しい事だったし、プレゼントをすることで仲良くなれないかな、というほんのりとした下心もあった。
「うん! しょれにゃら、いいよ! しょれ、あげりゅ!」
「ありがとう。それじゃ、いただきます」
にゃんごろーは好意全開で満面の笑みを浮かべた。子ネコー過激派が見たら昇天しそうな破壊力だったが、精霊は露とも靡かなかった。というよりも、そもそも見ていなかった。精霊の瞳にはめ込まれた空玉は、手の上の魔法石にのみ向けられていたのだ。
にゃんごろーから承諾を得ると精霊はやや早口でお礼を言い、魔法石の一辺に口をつけ、中身のハマグリを吸い出した。
実際には擬音は何一つ発生しなかった。
けれど、視覚的に言っても、何というか。
『チュッ にょるん チュルュチュルチュルリン』
としか表現のしようがない光景だった。
――――そうやって、魔法石が空っぽになると、精霊は魔法石から口を離す。
はしたなく口の周りを嘗めたり、満足の吐息を漏らしたりはしなかった。そもそも、何もありませんでしたの澄まし顔で、けれど律儀に「ごちそうさま」は告げて、にゃんごろーに向かって空っぽの魔法石をズイッと突き出した。
「ごちそうさま。美味しい気持ちが伝わって来た。とても、気に入った」
「は……わ…………? ろ、ろーいたしまし、ちぇ? え? ええ? ちゅるんってしゅれびゃ、にゃかみのきゃい、ちゃべられちゃの? パカっちぇしにゃくちぇも、ちゅるんしゅれびゃ、よかっちゃの? は? ほ? ちゃいへん、ちゃいへん! にゃんごろーも、ちゃめしちぇみにゃくちゃ! らいりょう! らいりょうはろこ?」
にゃんごろーはお目目を一杯に見開いて空魔法石を受け取り、もっふもっふと身をくねらせながらお豆腐に取り乱した。
魔法石の中身だったハマグリは、取り出して食べるのではなく、吸い出して食べればよかったのか。ならば、にゃんごろーも試してみねば! しかし、ここには魔法石を作る材料がない。材料はどこだ――――と、もふもふ首を動かしながらお目目はキョロキョロ。しかし、お空の世界に材料になりそうなものは見当たらない。
鳥一羽飛んでいないし、まさか目の前の精霊を材料にするわけにはいかないし、ならば肉球の上に置かれた空っぽの魔法石を再利用すればいいだろうか? でも、それだとあまりおいしくなさそうな気がする。それとも、遠くで棚引く雲を掴まえて材料にすることが出来るだろうか?
――――などとグルグル考えていたら、精霊のお澄ましフェイスがズズイと近づいて来た。びっくりして、ちょいと後ろに下がる。足元に床の感触はなく、宙にプカリンプカリンしているのだが、足を後ろに引けば、ちゃんと体は後ろに下がり少しばかり距離に余裕が生まれた。
精霊は、さらに顔の距離を詰めようとはしなかったが、話は詰めてきた。
「これ、とてもとても気にいった。もっと、欲しい。もっと、作って。船の中の何処かに置いておいてくれれば、勝手に取りに行くから。じゃあ、よろしく。おやすみなさい」
「ほぇ? ふぇ? お、おやしゅみにゃしゃああああああああああああああ……」
一方的に要求を突きつけ、就寝を告げる精霊の甘冷ボイス。
礼儀正しい子ネコーは、要求の内容を噛み砕いて理解する前に条件反射的に、挨拶には挨拶を返そうとしたが、語尾が悲鳴へと成り代わる。
後ろ頭をグイッと掴まれて、どこかへペイっと放り出されたのだ。
さっきまでだってプカプカしていたはずなのに、突然感じる浮遊感。そして、重力。落ちていく、感覚。
蒼が消え、窓が現れる。
これから自分に訪れる命運というヤツを察し、にゃんごろーは覚悟を決めてギュギュっとお目目を閉じた。
けれど、幸いなことに。
予想していたお尻への衝撃はやって来なかった。
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