第309話 シュルシュルシュポン
その時。
にゃんごろーだけが、きちんと正しく見学をしていた。
子ネコー観賞中の面々は論外として。
長老は、お仕事お手伝いとは名ばかりのお豆腐チェックに余念がなく。
キラキラたちとその保護者と書記役は、ジュルジュルと涎を啜っている長老に呆れ。
子ネコー過激派とまではいかないが立派なネコー好きであるケインは、敬愛する長老の邪魔をしてはならぬと傍観役に徹している。
そんな中――――。
にゃんごろーは長老の魔法の技に魅せられていた。
最初の内はにゃんごろーも、長老すごいと羨ましいの嵐に翻弄されていたのだが、その後。キラキラたちが、長老が操作している窓に映っているお豆腐映像に気づいた時、にゃんごろーはただひとり別のものに気を取られていた。
長老から大きな玉に向かって、魔法の力が流れているのを感じ取ったのだ。気づいてしまったら、意識のすべてをそちらに奪われた。
ムラサキやマグじーじがお仕事をしている時は、窓に展開される結果ばかりが気になって、過程の方は気にも留めなかった。
結果の方に翻弄されて、過程にまで注意が回らなかったのだ。それと、もう一つ。お仕事のための魔法だから邪魔をしてはいけない、と無意識下で弁えていたからだ。お仕事の邪魔をすることは、美味しいごはんの邪魔をするということだ。それは、お豆腐子ネコーとして、絶対にやってはならないことなのだ。
けれど。
けれど、今。魔法を使っているのは長老だった。にゃんごろーの養い親というだけではなく、魔法の師匠でもある、長老だった。
だから。
だから、ここはお仕事をするための大事な場所である、という意識がスルッと解けてしまった。特別が日常に引き寄せられてしまった。それをしているのが、にゃんごろーにとって一番身近な存在である長老だったから、お仕事だからと遠慮する気持ちが、好き勝手に駆け出して、一つ残らずいなくなってしまったのだ。
にゃんごろーは、興味津々で長老の魔法を観察した。
これは一体どういう魔法なのだろうと、魔法の力の流れを追い、仕組みを解明しようと試みる。
窓をいくつも開いて青猫号の中の様子を映すなんて、とても難しい魔法に思える。けれど、こうしてじっくり観察してみると、意外とそうでもなさそうだった。さすがに、自由自在に操るのは無理だろうけれど、窓を一つ開いてみるくらいは、にゃんごろーにも出来そうだった。
俄然、乗り気の大やる気で、にゃんごろーは玉操作魔法をマスターしようと意気込んだ。
そうして、気づいたことがある。
これは、お願いの魔法なのだ。難しいことは、玉がやってくれる。だから、魔法のお手々を玉に伸ばして、ご機嫌を取って、こうしてくださいとお願いをする魔法なのだ。
にゃんごろーのお目目には、長老がしていることは、そういう風に映った。
無意識の内に、にゃんごろーは長老の魔法を脳内でトレースしていた。
それは、青猫号で暮らすようになってから身についた習慣だった。初めての魔法は、実際に使ってみる前に、頭の中で練習をしてみる。練習が上手くいったら、いよいよ本番だ。そうすることで、グッと成功率が上がるのだ。
思えば、青猫号初日に、見よう見まねで使った体を乾かすドラーイアの魔法は大失敗だった。危うく長老が火傷したり凍えたりするところだったのだ。けれど、そのおかげで子ネコーは『初めての魔法は慎重に。本番前の練習を大事に』という教訓をもふ毛の奥に叩き込むことが出来たのだ。
それ以降、『慎重と練習』を合言葉に、にゃんごろーはいくつもの魔法をマスターしてきた。ドラーイアの魔法も、その後すぐにちゃんと習得したし、ストローで上手に飲み物を吸い上げる魔法も覚えた。魔法の通路を開けるなんて大技も、合言葉を実践したおかげで、一度で成功させることが出来た。この見学会の最中にも、魔法石作成魔法を成功させている。多少微妙なところもあったが、にゃんごろー的には大成功だった。
そうして積み上げてきた自信に背中を押されて、にゃんごろーは当然のように宣言した。
「ちょーろー! にゃんごろーも、ちょーろといっしょに、おてちゅらいをしゅるね!」
「…………ジュル、ゴックン……ん? お手伝い? あ、こりゃ、待つのじゃ、にゃんごろーよ!」
「んーにゃ、んーにょ、にゃ。…………にゃ!」
ここがお仕事の場所で、それがお仕事の魔法であるという大前提をすっかり忘れた子ネコーは、長老の真似だから大丈夫という子ネコー理論により、許可を得る前に実行に移した。
涎の処理に追われていた長老は、反応が遅れてしまった。慌てて子ネコーを止めようとしたが、もう遅かった。
子ネコーは慎重に冷静に、かつ意気揚々と魔法の大玉へ魔法のお手々を伸ばし、見事接続に成功した。
そこまでは、よかった。問題は、その後だった。
接触完了を感じ取って、子ネコーの心がフッと緩む。その瞬間を狙ったかのように、魔法の大玉は魔法のお手々を引っ掴んで、グイッと手繰り寄せたのだ。
喜びに輝いていた子ネコーのお顔が、にょいんと歪んだ。
そして、そのまま――――。
にゃんごろーは、シュルシュルシュポンと空模様の大玉の中に吸い込まれていった。
「にゃんごろー!」
子ネコーを呼ぶ声と、悲鳴と驚愕の叫びが重なり合い、響き合う。
けれど、お空の玉は、しんと静まり返ったまま。
子ネコーからのお返事は、戻って来なかった。
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