第308話 長老はやっぱり長老でした

 悪戯真っ最中よりもよっぽど手強い素の長老による天然ムーブに打つ手なしかと思われた。少なくとも、魔法オタクではあるが交渉事にはさして強くないキラリは、すっかりお手上げのようだった。そこで、キラキラたちの保護者であるミフネが助太刀をしようかとしたのだが、それよりも先にキララが動いた。

 といっても、妹の窮状を見かねてのことではなく、純粋に好奇心から、心に浮かんだ疑問を口に出しているだけのようだった。


「ねえねえ、長老さん。海猫クルーのみなさんは、壁のそばの小さい玉を使ってお仕事をしているのよね?」

「そうじゃよ」

「クルーのみなさんは、小さい玉の方が得意で、大きい玉は苦手ってこと?」

「さあて、長老はよく知らんのう。じゃが、精霊さんが起きていた頃は、大きい玉は精霊さん用で、小さい玉がクルー用だったかのう」

「それが、今も引き継がれているってこと?」

「たぶん、そうなんじゃないかのー。長老は、よく知らん。あとで、マグにでも聞いてみるといいぞい」

「そ、それで、今は、大きい玉は、長老さん、専用っていう、ことなんですか?」


 ここでも、素の長老が炸裂していたが、キララがあまり気にしていないため、話は一応トントンと進んでいった。肝心なところは、意図したわけではなく覆い隠されたままだが、話自体は進んでいった。

 ここで、キラリも参戦してきた。進んでいるようでいて、進んでいないお話にじれったくなってしまったのだ。キララを押しのける勢いで、話に入って来る。

 にゃんごろーは、「ほうほう」と頷きながらみんなのお話を聞いていた。興味深そうに聞いてはいるが、特に質問はないようだ。もしかしたら、質問が出来るほどちゃんと理解できていないのかもしれない。


「んー? そうじゃのう。今は、長老とマグと古参の…………んー、精霊さんが起きていた時からいる海猫クルーが、精霊さんの様子を見るため専用になっとるのう」

「ん、んん? そうなの? じゃあ、なんで?」

「は、はい。ど、どうして、長老さんは、さ、さっき、大きい方の玉で、窓の操作を、していたんですか? マ、マグさんも、窓のお仕事は、ち、小さい玉で、してましたよね? ちょ、長老さんだけ、特別?」

「んー? さっきも言ったじゃろう? 長老、小さい玉は、苦手なんじゃー。大きい玉の方が好きじゃから、こっちを使っておるんじゃ」

「え? 長老さんの好き嫌いってこと?」

「やっぱり、長老さんだけ、特別?」

「まあ、あれじゃ。長老は、精霊さんの一番の友達で、一番の仲良しじゃからのー。そうじゃのー。長老は、特別に、精霊さんから許してもらってるのかもしれんのー」

「ほええー。ちょーろーは、しぇーれーしゃんの、いちらんの、おともらちれ、にゃかよしれ、とくれちゅにゃんら」

「ほうじゃよー」


 ようやく、にゃんごろーにも分かる話になってきたようだ。子ネコーは、得意そうにふんぞり返る長老のお顔と大きなお空の玉を交互に見上げ、「ほー」と感心している。特別なんて長老はすごいの気持ちと、精霊さんと一番のお友達なんて羨ましいの気持ちが入り混じっている、ちょっぴり複雑な吐息だ。

 それを聞いたキラキラ姉妹たちは、少し長老から距離を取って、コソコソと言い合っていた。


「うーん。友達だし、精霊さんも許してくれてるからっていうのも、もちろんあるんでしょうけど、これって、たぶん……」

「長老さんがすることだから、しょうがないっていうパターンの特別なのかも……」


 キラキラたちのヒソヒソ話は、クロウの耳にはバッチリ届いた。長老に聞かれないようにとキラキラたちが避難してきた先が、たまたまクロウの足元だったのだ。クルーであるクロウが聞いても、それが真実なのだろうな、と思える囁きだった。

 そうしている間にも、長老はお手伝いを続行していた。

 大きな玉の真上、天井にはいくつも窓が開かれ、次々と場面が移り変わっていく。子ネコーたちの相手をしつつも、ちゃんとやることをやっているんだな、と感心したクロウだったが、すぐに呆れへと移行した。気づいてしまったからだ。

 船内通路や階段、エレベーター前の様子、後部デッキ入り口付近の映像に交じって、お豆腐を匂わせる映像が紛れ込んでいたのだ。

 交代で休憩をしている食堂勤務の海猫クルーが賄いを食べている様子。カフェの厨房でパンケーキを仕上げている様子。休憩スペースで飲み物を片手に談笑しているクルーたちの様子……というよりも手にしている紙コップの中身に注目している映像。売店で餡ドーナツの大袋(中身は個包装)を購入しているクルーの映像は、手にしている大袋を移した後、購入したクルーの顔を確認するようにドアップで映していて、後でたかるつもりなのだろうかと邪推してしまう。…………いや、たかるつもりならまだマシな方だろう、とクロウは思い直す。どちらかというと、これは、お手伝いを名目にした次の盗み食いをするための情報収集なのではと思えてきた。たぶん、はずれていない気がする。

 キラキラたちのヒソヒソは、いつの間にやら止んでいた。どうやら、キラキラたちもお豆腐映像の混入に気がついたようだ。方や微妙そうな、方や困ったような眼差しで、長老を見つめている。

 キラキラたちから解放された長老は、ジュルリと涎を啜りながら、お豆腐映像のチェックに勤しんでいた。

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