第307話 素の長老は最強です?
盛り上がりやすい森のネコーたちは、醒めるのもまた早かった。茶番慣れしているのだ。
長老の中身ももふ毛も豊かなお腹に縋りついての“ごめんなさい祭り”を気が済むまでやり終えたにゃんごろーは、ムクリと顔を上げて何事もなかったかのようなお顔で長老に「ところで」と尋ねた。
「とろろれ、ちょーろーは、ここれ、にゃにをしちぇいちゃの?」
「ん? お仕事のお手伝いじゃ」
「おてちゅらい?」
「そうじゃ。お手伝いじゃ。長老は警備のお仕事を手伝っているだけではないのじゃ」
長老は「むふん」と笑って胸ではなくお腹を突き出した。
それは、お手伝いではなく本当に盗み食いをしているだけでは、とクロウは思ったが口出しは控えた。
にゃんごろーは「ほえほえ?」と長老を見上げている。姉妹たちは、うずうずソワソワと森のネコーたちを見つめた。一緒に話に混ざろうか、それとも再び始まるかもしれない茶番を見守るべきか、迷っているようだ。
「ムラサキとタニアに代わって、魔法制御室のお仕事をしていたはずのマグも、見学会の方に夢中になって、お仕事を放り出してしまっとるようじゃからな。長老が、お手伝いをしてやってるのじゃ」
「ほええ!? ちょーろーら?」
「ええー!? どーゆうこと? どーゆうこと? どーゆうこと?」
「ま、窓を操って、お船の中を見張るお仕事は、壁の傍の小さな玉でするんじゃ、ないんですか? どうして、そこで?」
何でもないお顔で重大発言をする長老に、にゃんごろーがびっくり仰天していると、姉妹たちが駆け寄ってきた。茶番観賞ではなく参加を選んだふたりは、にゃんごろーを押しのける勢いで長老を質問攻めにした。無邪気元気にぴょんぴょこ飛び跳ねるキララ以上に、キラリの熱量がすごかった。言葉こそ丁寧だが、長老のもふぁ毛に顔を突っ込みそうなほど近づいて、爛々と長老を見上げている。
クロウも童心に帰って子ネコーたちに混ざりたかったが、さすがに自重した。
長老は、子ネコーたちの熱量にも可愛さにも動じることなく、いつもの調子で話を続けた。
「うむ。長老、そっちの小さい玉は、苦手なんじゃー」
「ほぅほぅ。しょうにゃんら。しょれにゃれ、しょうららいねぇ」
「いや、にゃんごろー、そうじゃないでしょ……」
「え、えと、それで、ま、真ん中の大きい玉は、精霊さんの特等席で、精霊さんとお話をするための特別な玉、なんですよね?」
「そうじゃよ。まあ、今は寝言すら聞こえないんじゃがのー」
それはそれで真実なのだろうが、求めているのとは違う答えに納得しているものはにゃんごろーだけだ。カクリと拍子抜けしたキララは、呆れた眼差しをにゃんごろーに向けるが、口元は緩んでいた。キラリは、にゃんごろーには構わず、長老の天然肩透かしに真っ向から立ち向かっていった。クロウはキラリに声なき声援を送る。しかし、長老は天然ムーブを崩さない。おそらく、これについては、全く悪気がないのだろう。しかし、だからこそクロウは焦れた。焦れ焦れに焦れた。長老は、いたずら者だが意地悪ではない。だからこれが、いつものお遊びの一環なら、散々焦らして楽しんだ後には知りたかった答えを教えてくれるはずだからだ。長老を知っているが故の“焦れ焦れ”だが、どちらにせよ今回クロウは脇役にすぎないのでキラリにすべてを託すしかない。
そのキラリは、よい追撃の手立てが思い浮かばないようで、カキッコキッと不思議なダンスを踊っている。長老とは今日が初対面のキラリは、そんな裏事情を知る由もない。ただ普通に、長老の天然に翻弄されている真っ最中なのだ。曇りなき眼で悪気なく結果的に核心を避けて来る長老から上手く情報を引き出せる方法が思いつかず、内心の葛藤と動揺が体から駄々洩れてしまった結果が、不思議なダンスだった。
わざとはぐらかしているわけではなさそうだとは、キラリにも予想がついた。今の長老は、にゃんごろーに負けず劣らずの邪気のない眼をしているからだ。ネコー好きの人間なら、うっかりおやつを分けてあげたくなるくらいに澄み渡った眼だ。
『いたずらを企んでいる時よりも、素の長老さんの方が手強いとか、本当に質が悪いと思う』
口を挟めないクロウは、ギリギリと高めの筆圧でノートに本音を書きなぐった。ちょっぴり敗れてしまったのは、ご愛敬である。
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