第302話 子ネコー遊戯

 ケインからの、せっかくのありがたい申し出だったが、キラリは少し考えた上で丁重にご辞退申し上げた。


「あ、ありがとう、ございます。で、でも、ごめんなさい。も、もう少し、自分で、か、考えてみたい、です」

「了解したよ! うんうん、なるべく自力で答えに辿り着きたい。いい心がけだと思うよ! ゆっくり、考えてごらんよ! にゃんごろー君とキララちゃんも、スクリーンで遊ぶのに夢中みたいだしね!」


 キラリの向上心溢れるお断りの言葉を、ケインはむしろあっぱれと快く受け入れた。

 引き合いに出されたぱやぱや子ネコーズは、話題にされたことに気づかないまま、もふもふのお顔とお顔をぶつけ合い、押し合いへし合いしながら、窓内陣取り合戦に興じている。たまにびにょんと変なお顔になったりするのも面白いらしく、「にゃふにゃふ」、「にゃはは」と笑い声が絶えない。本当に楽しそうだ。

 遊びに夢中な子ネコーたちに、子ネコー好きたちも夢中になっていた。

 クロウは、「こっちはこっちで、またいいコンビなんだよなぁ」と思いながらも、腹筋を鍛えることに余念がない。

 ミフネは目を楽しませながらも、キラリとケインのやり取りに耳をそばだてていた。

 キラリは、胸の前でお手々を合わせたポーズで「うーん」と考え込んでいる。にゃんごろーのように、体を左右に揺らして、子ネコーメトロノームになったりはしないようだ。「むむっ」と眉間に力を込めた難しいお顔で、キラリはまだまだ途中の考えをポロポロと口にのせた。


「ブレスの力じゃないなら、それを使う側の問題ってことかな…………」


 落ちてきた呟きを聞いて、ケインは「お?」と目を光らせた。どうやら、いいところをついているようだ。しかし、ケインの言葉なきヒントに気づいたものは、誰もいなかった。自力で謎解きをしたいキラリには幸いだったかもしれない。


「んー。魔法を使えない人は、一つだけしか通話できないけれど、魔法を使える人は、同時にいくつも通話できる……?」

「んー、惜しい! もう一声!」


 考えごとに夢中になっているせいか、スラスラスムーズにキラリは言葉を連ねていく。ぱやぱやたちへの配慮もないが、当の本ネコーたちがまるで聞いていないので、そちらは問題ないだろう。


「もう一声……ということは、あ、分かりました。魔法を使える人なら、みんなが出来るわけじゃなくて、やり方を知っている人だけが、出来る? それとも、魔法の腕前の問題でしょうか?」

「んー、正解! 両方合わせて、大正解!」


 窓に映っているケインの顔の下から鼻先に向かって、にょにょっと人差し指が飛び出してきた。どうやらこれが、ケイン流の正解のポーズのようだ。

 キラリは画面を見上げて「はわっ」とお顔を綻ばせた。

 ご褒美のような笑顔だった。正解したキラリから、出題者のケインに向けた素敵可愛いご褒美。ケインの口元がゆるゆると緩んだ。

 ケインの他に、キラリからのご褒美花束笑顔を受け取れたのは、クロウとミフネだけだった。他のメンバーは、ぱやぱやーズの子ネコー遊戯に夢中になっているからだ(一部、心が彼岸へ飛び立っている者もいる)。

 クロウは腹筋崩壊から逃れるために、キラリとケインの会話に集中することにした。


「これにはねー、ちょっとしたコツがあるんだよ。コツさえ覚えちゃえば、そんなに難しくはないと思うんだけど。なんか、みんなには難しいみたいでね? 魔法系クルーでも、みんながみんな、出来るってわけじゃないんだよね。それに、出来たとしてもほとんどの人は、二窓が限界みたいだしねぇ。複数の窓が展開できるのは、僕とマグさんと、あと誰だったっけかな? まあ、数人程度だね。ちなみに僕は、やろうと思えば何窓だって開けるんだけど、だからといって、一度にみんなと会話できるわけじゃないからねぇ。こっちから、大勢に対して一方的に伝えたいことがある時くらいしか、役に立たないんだよねぇ」

「なるほど、そうなんですね。あ、それで、魔法制御室に窓がたくさん開いているのは?」

「それは、魔法制御室の機能だね。だから、そこからだったら、海猫の魔法系クルーなら、誰でも多窓展開が出来るかな? どうだろ? まあ、魔法制御室で働いてるクルーなら全員出来るはずだよ。んー、というか。魔法制御室の機能っていうか、青猫号の精霊の力でもあるんだよねー。ホント、眠っていてもこれだけのことが出来るんだから、すごいよねぇ。これで、完全に目覚めたら、どうなるんだろうね? 青猫号の現役時代を知っているクルーも、当時のことはあまり詳しく教えてくれないからなぁ。興味があるよ」

「ほぅほぅ、ほほほぅ。それは確かに。わたしも興味があります」


 恥ずかしがり屋の子ネコーとケインは、魔法談議を通じてすっかり打ち解けたようだ。キラリは、どこかで聞いたことのある相槌を打ちながら、ケインが映っている窓に向かってにじり寄っていく。密かに気に入っていたのか、特徴をよく捉えた、にゃんごろーそっくりの相槌だった。

 ノートを持っている左手をぱやぱやーズに占領された形のクロウは、自由になったら忘れないうちに、キラリによる物真似の詳細を書き留めておかねば、と興奮しながらも、少し心配になっていた。

 魔法会話の行末が、である。

 ケインは魔法の腕は一流のようだが、口の軽さもまた一流のようだ。

 盛り上がるのはかまわないが、それは本当に外部に漏らしていい情報なのだろうか? 子ネコーは治外法権だとしても、ここにはミフネもいるのに、本当に大丈夫なのだろうかと不安になる。

 最高責任者であるマグじーじが何も言わないのならば問題ないだろう、とは言えない。

 そのマグじーじは、ぱやぱや子ネコーたちの遊戯に耳も目も心も奪われていて、魔法講義については完全に耳がお留守になっているからだ。「いいのかなー?」と思いつつも、けれどクロウは日和った。

 好奇心に負けた――――とも言う。


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