第298話 窓の向こうとこんにちは
パトロール組の話が出たところで、ムラサキは弾ける笑顔のまま、先輩クルーであるタニアに目配せをした。タニアは心得ているとばかりに頷いて、先ほどまで座っていた椅子(マグじーじの左側だ)の前まで移動すると、立ったまま玉に手を翳し、玉に向かって話しかけた。
「こちら魔法制御室。只今、子ネコー発生中。可愛さ警戒レベルマックスです。ただひたすらに可愛い。ひとりなら何とか耐えられても、こんなに可愛い子ネコーが三にんも並んでいるなんて。嬉しいけれど、さすがに限界を超えてしまいます。愛しさが爆発しそう。見た目そっくりだけど、性格の違う女の子ネコーがふたりに、ぽやんぽやん系男の子ネコーなんて。正直なところ、あまりに尊すぎて処理が追いつきません。私は今本当に生きているのでしょうか? 実はもう死んでいるのかもしれません。みんな、後のことは頼みます…………」
「え? タニア? おーい?」
「あー、完全に処理落ちしちゃってますねぇ。まあ、喜びと緊張で、昨日は眠れなかったみたいですしね。うーん、このまま立たしておくのもアレですし、えー……と、カザンさん。タニア先輩を椅子に座らせたいんですけど、手伝ってもらえますか?」
「承知した」
数多の脱線を経つつも、それなりに順調に進んでいるように思えた見学会は、またしても予想外の暗礁に乗り上げた。
子ネコーへの情愛をふつふつと滾らせていたタニアは、その熱を身の内に収めつつも表面的には何の問題もなく勤務をしていると見せかけて完全アウトだった。通常業務連絡のように玉に向かって静かに語りかけていたが、その内容は明らかにおかしい。
玉上付近の窓にドアップで映し出された男性クルーが、戸惑った顔と声でタニアに呼びかけるが、タニアからの応答はない。
子ネコーたちは、窓スクリーンに映った男性クルーと、声音だけは落ち着いた調子で語るだけ語った挙句に沈黙したタニアを交互に見上げた。みんな、何が何やらのほにゃ顔をしている。
クロウは、薄っすらと疑いを抱いていたとはいえ、落ち着いた大人の女性だと思っていたタニアがムッツリ系子ネコー過激派だったという現実を容赦なく突きつけられて静かに瞠目した。普段、ミルゥやムラサキといったかしましい系と行動を共にすることが多い故か、密かに憧れていたのだ。憧れのお姉さん的存在であって、付き合いたいとか考えていたわけではないが、だからこそ。憧れは憧れのままでいて欲しかった。
意外と冷静なのがムラサキだった。先輩クルーの突然の動作不良に動じることなく、ちゃきちゃきと事態の収束を図っていく。
窓スクリーンの向こうの同僚クルーのことは放置で、まずは活動停止中のタニアをどうにかすべく気心が知れたクロウに助けを求めようとしたが、今はそれどころではなさそうだと察すると矛先をカザンに向けた。カザンはタニアの言動に何も思うところはない……というよりも子ネコー過激派同志として当然のように受け止めているようで、涼しい顔を崩さぬままムラサキの求めに応じた。
ムラサキは、タニアのことをカザンに任せると、子ネコーたちに微笑みかけ、マグじーじの右側の席へ子ネコーたちを誘う。
「はーい! じゃあ、タニア先輩のことはカザンさんにお任せして! みんなは、こっちに来てねー」
「は、は-い!」
「は、はい」
「は、はい。えちょ、ニャニャンしゃん、タニアしゃんを、おねらいしみゃしゅ」
「ああ、任せてくれ。にゃんごろー」
キラキラ姉妹は、固まってしまったタニアをチラチラと気にかけつつも、ムラサキの指示に従い、先行するムラサキの後に続いた。
にゃんごろーは、カザンに向かってピッと片手を上げ、タニアのことをお願いしてから、三毛柄子ネコーたちの背中をトテトテと追いかける。
カザンはフッと相好を崩すとタニアの元へ急いだ。先ほどまでの静かで冷静な足さばきは影もなく、重要任務を始めて任された新米クルーを思わせる逸った足取りに一変している。にゃんごろーからのお願いが、よほど嬉しかったようだ。
女性クルーであるタニアに配慮しつつも、カザンは卒なく迅速に任務を全うした。見学会を楽しむ子ネコーたちの見学に集中したかったからだ。子ネコーたちの可愛いシーンは、何一つ見逃したくないのだ。
役目を終えて子ネコーたちの方へ視線を向けると、玉を操作していたムラサキが、タニアが呼び出したのと同じ映像を自分の玉上の窓スクリーンに映し出したところだった。
「わあー!」
「わ、こっちのも、同じ人が……」
「あ! こっちにみょ、ケインしゃんら、でちぇきちゃー!…………は!」
キラキラ組は、二つの窓に同じまったく同じ映像が映し出されていることに驚いていたけれど、にゃんごろーは映し出された人物の方に反応した。
知っている顔だったからだ。さっきも「おや?」と思ったのだが、タニアエンスト事件が発生してしまったため、口を挟むすきがなかったのだ。
改めての再会を喜ぶにゃんごろーは、突然何かを閃いたようだ。
「こ、こりぇは、もしかしちぇ! おーい、おーい! ケインしゃーん! ききょえちぇましゅかー?」
「ようやく、出番かー。はーい! ちゃんと聞こえてるよー、にゃんごろー君」
「ふわぁ! しゅろい! このまろ、おはにゃしら、れきるんら! しゅろい、しゅろーい!」
もしかしたらの期待を込めて、にゃんごろーが窓スクリーンに話しかけると、スクリーンの中の彼は二パッと笑って答えてくれた。
この窓は、映っている人とお話が出来る魔法の窓なのだ。
子ネコーたちは「はわぁっ」と歓声を上げて大喜びした。
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