第295話 ネコー魔法

 海猫クルーの自己紹介が終わり、懸念していた恥ずかしがり屋の子ネコーの“恥ずかしがり屋”が無事未発動で終わったため、そのまま魔法制御室のお仕事紹介へ移行することになった。

 説明役は、先輩クルーのタニアではなく、まだ若いムラサキの方だった。

 おそらく、子ネコーたちとの相性を考慮されたのだろうとクロウは勝手に推測した。しっかり者のタニアよりも、少々ざっくりとしたところがあるムラサキの方が、子ネコー相手にはちょうどいいだろうな、とクロウも思った。なんというか、ムラサキの話し方は長老みがあるのだ。


「はーい! それじゃあ、ムラサキお姉さんから、魔法制御室のお仕事について説明しまーす!」

「はい!」

「はーい!」

「は、はい。よ、よろしく、お願いします」


 ムラサキが元気よく始まりを宣言すると、子ネコーたちも元気よくお手々を上げてお返事をした。引っ込み思案のキラリも、魔法絡みのお話が聞けるとあって、何時もよりも前のめり気味だ。お目目は、どの子ネコーよりもキランキランに輝いている。

 タニアは、優しくも怪しく目元を緩ませて子ネコーたちの観測に徹していた。事によると、観測に集中するために説明役をムラサキに譲ったのかも知れなかった。

 譲られたのかもしれないムラサキは、張り切ってざっくりといった。


「このお部屋は、青猫号で暮らしているクルーが、イイ感じに暮らせるように、えっと、手助けをするためのお部屋です!」

「ほぅほぅ」

「へぇー」

「た、たとえば?」


 それにしても大分ざっくりいったな、とクロウは呆れたが、子ネコーたちはまずまずの反応を見せていた。にゃんごろーとキララは素直に感心しているし、魔法子ネコー☆キラリは具体的な例の提示を求めてきたが、まだるっこしさにイラついての催促ではなく、ワクワクが止められなくて急かしてしまっただけのようである。やはり、相性がいいようだ。

 ムラサキは、キラリの求めを待ってましたとばかりに受け止めて、えらそうにふんぞり返りながら説明を続けた。背後に長老の姿が見えてきそうなふんぞり具合だった。


「たとえばぁ、みんなも今日使った、エレベーターとか! お部屋のドアを開けたり閉めたりするのも、魔法の力だね! それから、照明……通路やお部屋の灯りだね! あとあと、お外が暑かったり寒かったりしても、お船の中はいっつもちょうどいい温度になってるのも、魔法の力のおかげだよ! あ、でも、これはネコーにとっては、そんなにすごいことじゃないかな? 人間からすると、結構すごい魔法なんだけどね!」

「ん? なんでだ?」

「あれー? クロウは知らないの? 魔法関係に従事する者やネコー好きにとっては、常識だよー?」

「もったいぶるなよ。なんなんだよ? 教えろよ?」


 ムラサキが偉そうに語った“イイ感じの例え”は、クルーであるクロウからしたら当たり前のことばかりだ。街の大型施設などでも使われている魔法ではあるので、キラキラコンビからしても、目新しい話ではない。それでも、ふたりは大人しく聞いていた。森育ちのにゃんごろーが感心しきりのお顔で興味深そうに「ほぅほぅ」と頷いているからだ。

 クロウは例え話を聞き流しながら、街と森の子ネコーの対比を書き連ねていたが、最後に知らないネコー情報が出てきたせいで、黒子役に徹することを忘れて思わず話に割って入ってしまった。

 講師ムラサキは、子ネコー教室への乱入を咎めたりせず、クロウへからかうような笑みを向けた。クロウは口を尖らせて答えを催促する。

 ムラサキは「ふはっ」と吹き出し、カラカラと笑うと、それ以上はもったいぶらずに教えてくれた。


「ネコーはね、家の中を快適に保つような魔法が得意なんだよね。テントが一つあれば、魔法の力で快適に暮らせちゃうんだよ! まあ、定住を選んだネコーは、ちゃんと家を建てて生活しているけどね! でも、下手な人間の家よりも、ネコーのテントの方が快適だっていうのは、ホントの話だよー!」

「え? そうなのか?」

「そうなんだよ! それでね! 現在、住宅なんかで使われている魔法は、ネコーの魔法をヒントにして、人間向けに改良されたものが多いんだよ!」

「マジかー」

「そうなの! それとね、ネコーは温度管理の魔法も上手なんだよ! ほら、ネコーって基本服を着たりしないじゃない? たまに、お洒落なネコーもいるけど!」

「まあ、そうだな…………あ、つまり?」

「そういうことー! 服で調整しない代わりに、ネコーは魔法で温度管理をしているんだよ! 魔法設備が整っていない部屋でも、小さい部屋なら、大人のネコーがひとりいれば、適温が保たれるんだよ! もちろん、そのネコーにとっての適温だから、すべての人にとっての適温とは限らないけどね!」

「まあ、熱がりと寒がりとで、適温は違うからなー。空調魔法の温度設定も戦いになったりする時、あるよなー」

「それとね! お外でも、ネコーの傍にいれば、快適なんだよ! 効果範囲はネコーによりけりだけどね!」

「え? それ、いいな? 自分にとっての適温じゃなくても、地獄の暑さとか寒さとかからは逃れられるってことだよな? いいな、ネコー。一家にひとり、いや、むしろ俺がネコーになりたい」


 子ネコーが主役の見学会のはずだったのに、子ネコーそっちのけで馴染みのふたりの会話はポンポンと弾むように進んでいく。

 置いていかれてしまった子ネコーたちの方は、それを不満に思うことなく、満更でもないお顔で二人のやり取りを聞いていた。

 話の内容がネコーを褒め称えるものだったからだ。

 一々驚いてくれるクロウの反応が、嬉し楽しくて、にゃんごろーはお口の端をムズムズと緩ませ、たゆませていた。


「むっふふーん! ネコーは可愛いだけじゃなくて、こんなにも素晴らしく尊い存在なのだよー。分かってもらえたかねー? ネコー可愛い! ネコー最高!」

「おー。勉強になったぜー」


 最後にムラサキは、子ネコー向け見学会講師からネコー教の教祖へ転職し、ネコーの素晴らしさをクロウに説いた。

 ネコー魔法の便利さに心を惹かれ、何かに目覚めかけたクロウだったが、ムラサキの熱量そのものがクロウの胸を捉えることはなく、新しい扉は開かれずに終わった。

 クロウが狂信者へ移行せず熱心な受講者に留まったため、話の方はこれ以上の脱線をせずに済んだ。

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