第294話 仲良きことはネコー的かな

 海猫女性クルーの二人が、マグじーじに「紹介してください」と頼んだのは、どうやら口先だけのようだった。

 席を立った二人は、素早い動きでマグじーじに近寄ると、「散々子ネコーたちとの逢瀬を楽しんだんですから、しばらくの間、お願いしますね」と圧のある笑顔と共にマグじーじを両脇から挟み込み腕を抱えたかと思うと、五角形の頂点にある台座セットへ連行し、椅子に座らせたのだ。マグじーじは口では「こりゃ、やめんか」などと言っているものの、観念した顔で大人しく連行されていき、椅子に座らされる。女性クルー二人は、マグじーじの肩をポンと叩くと、とてもいい笑顔を浮かべて中央の台座に戻ってきた。マグじーじはブツブツ言いながらも、渋々と玉に手を翳し、魔法仕事を始める。

 青猫号最高責任者三人衆の一人にして海猫クルーのトップなのに、こんな扱いでいいのだろうかとクロウは心配になったが、とある噂を思い出して、思い直した。マグじーじは海猫のトップとして席を置いてはいるものの、部下の指導や管理は補佐役のクルーに一任し、自身は魔法技術の管理や研究の方に専念していると聞いたことがあったのだ。完全に引退する時を見越して、青猫号の管理についても、少しずつ後任に任せているという噂もある。きっと、今は名実ともにおじいちゃんのような扱いなのかもしれないとクロウは思った。そして、もしかしたら、完全に引退していないのは、ずっと眠ったままの古い友人である精霊のことが気がかりだからなのではないか、とも思った。もちろん、ただの当て推量だ。けれど、それだけが理由ではなくても、それも理由の一つではあるのは、きっと間違いないだろう。

 さて、さて。

 大人しく仕事を押し付けられたマグじーじに代わって、二人の女性クルーが、魔法制御室のご案内役を務めることになった。

 中央の台座の前に並んで立った二人は、色々と察して二人の前に整列した子ネコー三にんへ素晴らしい笑顔を向けてご挨拶をしてくれた。

 魔法制御室内の空気が一気に華やぐ。


「はい、それでは。マグさんに代わりまして、魔法制御室見学の案内役を務めさせていただきます。私は、海猫クルーのタニアです。主に魔法制御室でのお仕事を担当しています。よろしくお願いします」

「同じく、海猫クルーのムラサキです。キラリちゃんは、初めましてだね。今日はよろしくね。私たちで答えられることは、何でも答えちゃうから、気になることがあったら、どんどん質問してね!」

「あー! タニアしゃんと、ムラサキしゃんらー! ふちゃりちょも、まほーしぇーりょしちゅれ、はちゃらいちぇるんらね! しゅろーい! きゃっきょいー!」

「わー、こんにちは! いつも、お買い上げありがとうございます! 今日は、よろしくお願いします! あ、ほら、キラリ。このお二人は、うちのお店の常連さんなのよ!」

「は、はわ、ほわ。そ、そうなんです、ね。い、いつも、ありがとう、ございます。あの、その、本日は、よろしくお願いします!」


 子ネコーたちも、それぞれに「わぁっ」と盛り上がる。

 にゃんごろーは見知った顔の出現に大喜びし、魔法制御室勤務カッコいいと褒め称えた。どちらとも、何度か和室でのごはんをご一緒したことがある。それに、タニアはネコーの住処で大参事が起こった時にお手伝いに来てくれた人なので特別に恩義を感じていた。ムラサキは、にゃんごろーのトマトの女神様であるミルゥと仲が良いため、ミルゥを通じてにゃんごろーとも交流があり、気安くお話が出来る仲だった。にゃんごろーは、二人が海猫クルーであることは知っていたが、お船をいい感じにするための魔法のお仕事くらいのふんわりした感覚で、詳しいお仕事の内容を知らなかった。タニアとムラサキの二人も、魔法制御室で働いていると、あえて黙っていた。見学会のことが決まった後も、むしろ内緒にしていた。もちろん、びっくりさせるためだ。二人の作戦は、大成功だった。

 キララもまた、二人と顔見知りのようだった。どうやら、タニアとムラサキはキラキラ魔法雑貨店の常連客らしい。キララは看板娘ネコーらしく卒のない挨拶をすると、工房にこもりきりで店頭に立つことのない妹ネコーにそのことを伝え、ちゃんとご挨拶するようにとそれとなく促す。

 恥ずかしがり屋のキラリは緊張しつつもきちんと挨拶をし、ペコリと頭を下げた。知らない人が二人も登場して動揺しているが、キラキラ魔法雑貨店の常連客と聞いて少し親しみが持てたようだ。いや、それよりも、魔法のお話が出来るという期待が恥ずかしさを上回ったようだ。もふりと頭を上げたキラリのお目目には探求心の光が一等星のように輝いている。


 一通り、子ネコーたちの反応を書き留めながら、クロウは「ふむ」と頷いた。

 グダグダにより強制退場させられた感のあるマグじーじだったが、手順はどうあれ、案内役のバトンタッチは、そもそも予定通りだったのかもしれないと思い至ったのだ。

 予想外の交代劇なら、マグじーじがもっと反論なり抵抗なりするような気がする。それに、とクロウは満面の笑みで子ネコーたちを見下ろしているムラサキへ視線を走らせる。

 タニアのことはよく知らないが、ミルゥと仲が良いムラサキのことは、クロウもよく知っている。最近では、にゃんごろーも入れて四にんで遊ぶことも多い。だからこそ、思うのだ。あのムラサキが、こんなに美味しいチャンスを逃すはずがない。計画の段階でしゃしゃり出てきたはずだ、と。もっと厳格な上下関係ならば、さすがに弁えるだろうが、この緩さなら十分にあり得るとクロウは、最早確信していた。

 浮かれているムラサキから、押し付けられた仕事を黙々とこなしているマグじーじへと視線を流す。

 その背中には、哀愁が漂っていた。そうかといって、痛々しさはない。まるで、ない。若い部下のわがままを「仕方がないな」と甘受しているのが駄々洩れだからだ。

 それは、上司と部下というよりも。


「おじいちゃんと孫みたいだな」

「ふふっ。そうみたいですねぇ」


 うっかり零れ出た呟きに、賛同の笑みが寄せられた。

 どうやら、クロウだけでなく、ミフネの目にもそう映ったようである。


『仲良きことはネコー的かな』


 ふと心に浮かんだ一言を、クロウはノートの端にそっと書き残した。

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