第291話 魔法子ネコー☆キラリ
なんやかんやの末、精霊さんの秘密を守ろう同盟が結成され、いざ魔法制御室へ――――とは、ならなかった。
お外で内緒にしなければならないのなら、今のうちに精霊さんのことを語り合いたいと子ネコー全員が言い出したのだ。
本日の主役は子ネコーなので、「少しだけじゃぞ」とマグじーじからお許しが出た。
少しで終わるのだろうかと、この後のスケジュールが心配になったクロウだったが、子ネコーたちの精霊語りも気になったので、何も言わずに張り切ってペンを握りしめた。クロウが一番期待を寄せているのは、魔法好き子ネコーであるキラリの発言だ。
三にんの子ネコーたちは、立ったまま、三角形になって、きゃわきゃわと精霊談議に興じた。
「あのね、あのね。おにゃまえを、よりちゃいんらけろ、おにゃまえも、にゃいしょにゃんらっちぇ」
「ああ、そうね。やっぱりお名前は、自分で! 自分でちゃんと自己紹介をしたいものね! お目ざめの時まで、楽しみにとっておきましょ!」
「そ、そうですね。それまでは、不思議さんって呼ぶのは、ど、どうかな?」
「ふしりしゃん!」
「いいと思う!」
「じゃ、じゃあ。け、決定だね」
クロウの期待に反して、精霊談議は子ネコーらしいたわいもない内容で滑り出した。ひっそりと肩を落とすクロウだったが、ここでキラリが魔法的にいい働きをした。魔法話だからか口調は滑らかだ。
「わたし、不思議さんは、青猫号の魔法制御システムが具現化したものじゃないかと思うんです」
「うん? 難しいことを言うわねぇ、キラリは」
「ほ、ほぇ? ぐ、ぐ!? あのきょら、おふねの、ぐにゃの!? ろ、ろこきゃに、あのきょのほねら!?」
クロウとしてはぜひキラリの発言を魔法的に掘り下げて欲しかったのだが、キラリ以外の子ネコーたちには、ちょいと難しかった上に、興味の方向性が違ったようだ。特に、お豆腐子ネコーは、話の舵を盛大に脱線させた。よりにもよって今ここでか、とクロウは小さく唸ったが、キララが笑いながらいなしてくれた。
「もう、にゃんごろーったら、スープの具の話とかじゃないと思うわよ?」
「えぇ? しょ、しょーにゃの?」
「ふふ、そうだよ。具現化っていうのは、うーんと、つまり。お船の魂が、人間みたいな姿になったのが、不思議さんなんじゃないかってこと。あんまり、見たことない服装と髪の色だったけど、あれが古代人の姿なのかな?」
「あー! 確かにー! そういうこと!?」
「そうかもしれんのぅ。のっほっほっ。キラリちゃんは、なかなか鋭いのぅ」
「そうでしょう、そうでしょう! 魔法子ネコー☆キラリって呼んでやって!」
「え、えええ……?」
「ふむ? 魔法子ネコー、キラリとな?」
「そう!」
「よ、よよ、呼ばなくて、いいです……」
魔法的な話にはさして興味がないキララだが、話題が古代人の服装や髪の毛に向かうと俄然お目目を輝かせた。自前のもふ毛があるため服を着る必要がないネコーといえでも、ファッション関係の話となると乙女の血が騒ぐらしい。
盛り上がる二人を優しく見下ろして、マグじーじはデレデレ笑いながらキラリを褒め称えと、なぜかキラリではなくキララが胸を張って何やら主張を始める。キラリは、魔法大好きハキハキシャキシャキ子ネコーから恥ずかしがり屋の子ネコーに戻って俯いてしまったが、キララとマグじーじは楽しそうに盛り上がっている。
ミフネはニコニコとそれを見守っていた。
クロウは、「やはり、そうか」と興奮を押し隠しながらメモを取っていた。話題は、魔法は魔法でも青猫号とは関係のない魔法話に逸れてしまったが、十分満足していた。キラリの考察は、クロウの考察と被る内容だったのだ。詮索無用を言い渡されていたため、予想があっているのか確認することも出来なくてモヤモヤしていたのだが、マグじーじの反応で、予想した通りなのだと分かった。それだけで、満足だった。秘密のヴェールのすべてが剥がされたわけではないが、あまり機密情報を知り過ぎてしまうのも怖いので、予想が合っていたと分かっただけでも十分な収穫だと考えていた。ちなみに、どうせ後で監修が入るだろうと、機密には配慮せずメモは取りまくっている。
その傍らで、にゃんごろーは長老に尻尾をグンと引っ張られ、叱られていた。
「これ、にゃんごろーよ。長老のお友達をスープの具扱いとは、何事じゃ! しかも、女の子相手に、失礼じゃろう!」
「あう。ご、ごみぇんにゃしゃい…………。うみのシューピュって、しゅちぇきっちぇ、おもっちぇ、ちゅい……。あのきょを、ちゃべちゃいちょか、そういうこちょら、なくちぇ……」
「あたりまえじゃい!」
「うみゅ、ぎょめんにゃしゃい……」
にゃんごろーは、しおしおと項垂れた。
クロウはメモを取りながら、二人の会話に耳をそばだてた。魔法子ネコーの話よりもこちらの方が気になったのだ。スープと具の話なのに、にゃんごろーに乗っからずに窘めるなんて、不思議さんは長老にとって本当に大事な友達なんだな、と感心していたのだが、やはり長老は長老だった。
長老は安定の長老節を炸裂させた。
「しかも、あの子の骨とか…………ふむ、骨か。あの子の体格の骨の模型を作って、水色のかつらを被せて、魔法の通路を疾走させてみたら、面白いかもしれんのぅ……」
「ほぇ? ろーゆうこちょ?」
「だから、あの子の骨の人形を作って、魔法の通路で駆けっこをさせるのじゃ!」
「はわぁ! しょれ、おもしろしょー! きになっちぇ、ふしりしゃんら、おめめをしゃましちぇくれりゅかみょ!」
それが、長老による「何も知らずに魔法の通路にやってきたクルーを驚かせて遊ぼう大作戦」だとは気づかないまま、にゃんごろーはもろ手を挙げて大賛成した。
賛成の理由が大層可愛らしいものだったので、クロウは「おいおい」と思いつつも、ここでは何も言わないことにした。ただし、念のため後でマグじーじにはチクっておこうと心にとどめる。
森のネコーたちの話が表面的にはまとまったところで、魔法子ネコー談義の方も一区切りがついたようだ。
マグじーじが、次の見学会場へ行こうとにゃんごろーたちに一声かける。
「にゃんごろーにルドルよ。時間も押しておるし、そろそろ次に行くとしようかの?」
「は、はい! いきましゅ! まひょーしぇーろしちゅ!」
「うむ、そうじゃな! 早くせんと、おやつの時間が無くなってしまうからのぅ」
「うむ、うむ。それでは、魔法制御室へ繋げるぞい!」
マグじーじは、何処へ繋がっているのか先が見えない魔法の通路を進み、みんなの先頭に立つと、奥の宵闇に向かって片手を伸ばした。
それから、くるうりと指先を回し、何やらモゴモゴ呟く。
通路の先の宵闇が、昼間の明るさになった。
子ネコーたちから歓声が上がる。
通路の先、マグじーじの指の先には。
知らないお部屋が生まれていた。
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