第290話 秘密の儀式とメソメソ長老
長老は、お胸の長いもふぁもふぁをわしゃわしゃとかき混ぜながら、お話を続けた。
「ほいでじゃ。お船の精霊さんは、居眠りをしながら、かくれんぼの真っ最中なのじゃ。それは、あれじゃ。精霊さんが、ここでかくれんぼをしながらスヤスヤしていることも内緒のかくれんぼなのじゃ」
「ううん? つまり?」
「つまり、精霊さんが眠っていることも、青猫号の中でかくれんぼをしていることも、精霊さんに関係する全部が秘密ってことなんだよ」
説明があまりにもざっくりしすぎていたのか、子ネコー向けが行き過ぎてしまったのか、キララが首を傾げた。キラリの方は、ざっくりがピッタリとハマったようで、パアッと晴れ渡った訳知り顔で姉ネコーにまとめ考察を言い聞かせている。魔法スイッチがカッチリと入ったようで、口調が滑らかだ。引っ込み思案が奥に引っ込み、別ネコーのようなハキハキぶりだ。
キララは「なるほど」と納得しつつも、「でも、どうして?」とお目目をハチハチする。
キララはキラリを見つめていたが、キラリが何かを言う前に、出鼻をくじかれた長老が返り咲かねばとばかりに声を張り上げた。
「スヤスヤお休み中の精霊さんを、無理矢理起こそうとする悪い奴らがいるからじゃ! 悪い人間と、いたずらが過ぎるネコーじゃな! 精霊さんの安眠を守るために、精霊さんが居眠りしながらかくれんぼをしていることは、絶対の絶対に内緒なのじゃ!」
「いたずらが過ぎるネコー…………?」
「それって、長老さんのことじゃ…………?」
長老はズバンと強めの口調で主張した…………が、姉妹たちは首を傾げた。にゃんごろーを含む、過激派以外のメンバーも、長老に疑いの眼差しを注いでいる。
過激派の一人、カザンはすべてを受け入れるつもりなのか慈愛の眼差しで長老を見つめていた。過激派のもう一人、事情を知っているはずのマグじーじは、苦笑を浮かべている。どういう意味での苦笑かは分からないが、口を挟むつもりはないようだ。
そんな状況の中、容疑者にされた長老は、「ムキーッ」と手を振り上げて騒々しく反論した。
「そんなことするかーい! 長老は、あの子とお友達じゃぞ! 仲良しなんじゃぞ! 仲良しのお友達がお疲れで眠っているのに、いたずらをして無理やり起こすようなことはせんわーい! そりゃ、早く起きて欲しいとは思っておるけど! 長老がお空に旅立ってしまう前に、もう一度ちゃんと合いたいと思っておるけれど! だからって、無理矢理に起こしたりは、せんもーん!」
長老は激しく地団太を踏んだ。お年寄りとは思えない、地団太ぶりだ。
長老のお目目に涙が滲んでいることに気づいて、子ネコーたちは慌てて謝罪を口にした。
「ご、ごめんなさーい! 長老さん!」
「う、疑って、ごご、ごめんなさい。ちょ、長老さんの、お気持ちも、知らないで、か、勝手なことを……」
「ちょーろー! にゃきゃないれー!」
姉妹は謝罪と共に項垂れたが、にゃんごろーはスルリと前に進み出て、ちょいとペースが落ちてきた地団太の隙間を縫って、長老のお腹にしがみついた。子ネコーの温もりを感知したのか、地団太は止まった。代わりに長老は、メソメソと泣き出した。
にゃんごろーは大慌てで、しがみついたお手々で白い長毛を宥めるようにかき混ぜる。
姉妹たちも、長老の両脇にそれぞれピタリと貼り付いた。
みんなで長老を取り囲むように縋りつき、謝罪と慰めの言葉をかけながら、長毛を撫で回しかき回す。
過激派二人は、その光景に胸を打たれ、息が止まりそうになっていた。
残りの二人は反省を込めた苦笑いを浮かべつつ、静観している。ここは、余計な口を挟まず子ネコーたちに任せることにしたのだ。
最終的には、機転を利かせたキララによる『お詫びとしてキラキラお食事会に招待するから機嫌を治して作戦』が功を奏して、長老の涙は引っ込んだ。
コロッと機嫌を治した現金長老に呆れつつも安堵して、子ネコーたちは改めて、精霊さんのことは誰にも内緒にすると長老に誓った。
あのいたずら者の長老が、会いたい気持ちを抑えて我慢しているのだ。
ならば、自分たちも内緒の秘密を約束しよう――――と、子ネコーたちは、もふ、もふ、もふ、とお手々を重ね合って厳かに宣言した。
子ネコーによる内緒の儀式だ。
こうして、ほぼ長老の自業自得の側面もある紆余曲折を経て、長老の目論見とは違う経過を巡ったとはいえ、予想以上の成果でもって精霊の秘密は固く守られることになった。
自業自得だが、ある意味長老の人徳ならぬネコー徳による結果…………といえないこともないかもしれない。
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