第289話 パタパタにゃんごろー

「はわぁーー!?」

「えぇえーー!?」

「わ、わ、わ!?」


 不思議さんこと青猫号の精霊は、水槽のガラスのような壁越しに、ほんのちょっぴり姿を見せてくれただけだった。目は閉じたままだし、ちょっぴり声は聞こえたけれど、完全なる寝言だ。お友達になるなんて夢のまた夢、ご挨拶を交わすことすらできなかった。一方的に送り届けたご挨拶は、精霊の夢の波間に紛れて遠い岸辺へ運ばれてしまったことだろう。目を覚ました時に、子ネコーたちの呼び声の余韻が残っているのかどうかも怪しい。

 それでも、にゃんごろーは飛び上がって大喜びした。

 精霊とお友達になることは出来なかった。けれど、キララとキラリへの隠し事がなくなったのだ。ふたりと、精霊のことを語り合えるのだ。

 それだけで十分だった。


「ふちゃりちょも、ふちゃりちょも、ふちゃりちょもー! いみゃの、みちゃ!? ちゃんちょ、みえちゃ!? いみゃの、いみゃの、いみゃにょぉー!」

「バッチリ見えたわよー!」

「ふ、ふふ。ちゃんと見たよ」


 にゃんごろーは鳥のように、両方のお手々をパタパタと動かした。そのまま、壁の向こうのお空に飛んでいきそうな激しい羽ばたきならぬ手ばたきだ。

 にゃんごろーがあまりにも興奮しているため、はしゃいでいた姉妹たちは少し気持ちが落ち着いてきたようだ。ふたりは、パタパタにゃんごろーにお姉さんみのある笑顔を向ける。


「ちょ、ちょ、ちょーろー! マ、マ、マリュりーり!」

「うむ、うむ。分かっておるぞい、にゃんごろーよ。もちろんじゃ。説明は、ルドルに任せた方がよいかのぅ?」

「うむん。長老に、まかせんしゃい! そして、にゃんごろーは落ち着きんしゃい」

「にゃう!」


 キラキラのふたりのお返事を聞いて、はわぁっとお顔を輝かせたにゃんごろーは、鳥モドキから卒業できないまま、今度は長老とマグじーじのお名前を呼んだ。興奮しすぎて、単語以外の言葉が出てこないようだが、長老とマグじーじは、にゃんごろーが言いたいことを分かってくれていた。

 不思議さんの正体が青猫号の精霊であることを伝えてもいいか、というにゃんごろーの声にならない問いに気づいてくれた。

 お伝えする役目は、長老に任された。

 もう大丈夫だと判断したのか、長老はにゃんごろーの命尻尾をペイっと投げ捨てて、大仰な咳ばらいをする。子ネコー過激派以外のみんなはワクワクしながら長老に注目した。過激派の一人はニコニコと良い生徒をしている子ネコーたちを見守り、もう一人は熱心な眼差しを長老に注いでいた。こちらは、お話の内容よりも、長老の晴れ舞台そのものに関心があるようだ。


「うおっほぉん! それでは、ふたりとも。長老のお話をよく聞くのじゃ!」

「はい!」

「は、はい。お願いします」


 キラキラのふたりは、長老の前に仲良く並んで居ずまいを正した。

 大事な話が始まるのか、それともいつもの茶番で終わるのか、どちらにしても興味津々のワクワク顔だ。

 にゃんごろーは、えらそうに胸を張る長老とワクワクのふたりを見比べながら、期待でいっぱいのお顔で、自由になったばかりの尻尾をブンブンと振り回している。


「さっきの女の子は、お船の精霊さんなのじゃ! お船の不思議の正体でもあり、お船そのものでもあるのじゃ! お船の魂が、人間の女の子に似た姿をしている……とでも言えばいいのかのぅ。まあ、そんな感じで、あの子は長老と、そこにいるマグの古い友人でもあるのじゃ!」

「へぇえ! あの子、長老さんたちのお友達なんだー!」

「お船の精霊……お船そのもの…………ということは、つまり……」


 ざっくりとした長老節で語られる大事なお話は、子ネコーには馴染みがいいようだった。ふたりとも、クワッと食いついた。しかし、気になるところは違ったようだ。

 にゃんごろーは、どちらの発言にも「うん、うん」と頷いた。キララの方はともかく、キラリが何を考察しているのかはサッパリだったが、ふたりが興味を持ってくれたことがとにかく嬉しかったのだ。

 長老もまた、ふたりの発言に頷いていたが、ふたりが拾った内容を掘り下げることなくマイペースに話を続けた。

 どちらの発言を先に取り上げるべきか迷ったから……などという理由ではなく。ただ単に、いつも通りの長老を貫いただけのようだった。

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