第287話 子ネコーの涙
もふっりと頭を下げたまま。白が混じった明るい茶色の子ネコーは、壁にお手々を押し当てた。
三毛柄子ネコーの妹の方は、ポムと両手を合わせ、お目目を閉じて熱心にご挨拶という名の祈りを捧げていたため、お隣の動きには気がつかなかった。頭を下げたまま、お祈り続行中だ。
三毛柄子ネコーの姉の方は、ご挨拶ごっこに飽きて、ちょうどお顔を上げたところだったため、「あら?」というお顔で茶色の子ネコーの真似をした。お手々を壁に当てて、さわさわと撫で始める。
外野の人間たちは固唾を呑んで成り行きを見守っていた。
しかし、青い壁は「不思議なんて知りません」の態度を貫き通している。
子ネコーたちに負けないくらいに不思議を心待ちにしていたクロウの胸に落胆が走った――――が、明るい終了宣言が暗い気持ちを吹き飛ばしてくれた。
「今日の不思議さんは、ぐっすりの日みたいね! 残念! わたしも、不思議さんに会いたかったな!」
「…………あぅー」
「う、うぅ。ざ、残念ですけど、そ、そうみたい、ですね。これ以上は、ぐ、ぐっすりの、お、おじゃまをしちゃうかも、ですよ、ね……」
今日は無理そうだと見切りをつけたキララが、はっきりと終了を明言したわけではないが、実質的には終了宣言な言葉をカラッと発したのだ。
子ネコーながらにそれをくみ取ったにゃんごろーは、頭を上げないまましょんぼりと項垂れる。キラリは、残念そうにしながらも、お顔を上げて姉の言い分を受け入れた。
クロウは苦笑いを浮かべながら、項垂れている子ネコーの後ろ頭を指先でツンツンなでなでしてやった。クロウだって、にゃんごろーに負けず劣らずがっかりしている。けれど、キララがあんまりにも明るくカラッと未練を断ち切るものだから、仕方がないなとすっぱり諦めがついたのだ。残念ではあるが、ジメッと後を引くような未練はなく、また今度があるさ、と割り切っていた。
そんなわけで、ジメッと沈みこんでいるのは、にゃんごろーただひとりだった。
長老には、精霊さんがぐっすりとお休み中だったら起こすのは諦めると言ったし、本ネコーもそれで納得しているつもりだった。けれど、心のどこかで、精霊さんはきっと目を覚ましてくれると信じていたのだ。前は、にゃんごろーひとりだけだったけれど、今回は子ネコーが三にんもいるのだ。だから、精霊さんだって嬉しくなって起きてしまうに違いないと思い込んでいたのだ。すぐにまた眠ってしまったとしても、姿くらいは見せてくれるのではないかと、期待していたのだ。
「うぐぅ……ふしりしゃん。キララちょキラリにみょ、あっちぇほしかっちゃよぅ……。しょしちゃら、しょーしちゃら、みゅぐぅ……」
にゃんごろーは込み上げてくる熱いものを飲み下し、絞り出すようにそう言うと、もっもっもっと体を揺すった。
精霊さんとお友達になれなかったことは、それでもまだ諦めがつくのだ。
でも、キラキラ姉妹と精霊さんの秘密を共有できないままで終わってしまいそうなことが、たまらなく辛くてもどかしい。
お目目ぱっちりの精霊さんとお友達になれなかったとしても、それはまだ、諦めがつく。
でも、せめてウトウト精霊さんでもいいから、キラキラ姉妹の前にチラリとでも姿を見せてあげて欲しかったのだ。なんなら、にゃんごろーは会えなくてもいい。ふたりの前に現れる、それだけでもいい。
そうしたら、にゃんごろーはキラキラのふたりには精霊さんのことを内緒にしなくてもよくなるのだ。ふたりと、精霊さんのことをお話ししたりできるのだ。
それだけで、よかったのに。
それだけすら、出来なかった。
それが悲しくて、そしてもどかしいのだ。
名前を出されたけれど事情が分からないキララとキラリは、オロオロわちゃわちゃとお手々を彷徨わせる。
お豆腐とは関係なさそうな深刻モード。加えて、茶色い子ネコーのお目目から涙がポタリと零れ落ちてきたからだ。
けれど。
その涙こそが、引き金となったのかもしれない。
雫が床と“こんにちは”をした途端。
青い壁が、たわわんと歪んだのだ。
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