第286話 内緒の約束

 精霊の存在は、青猫号の機密事項だ。

 クロウとカザンは見学の前に、精霊のことは他言無用の詮索無用だとマグじーじから厳命されていた。

 カザンは精霊には興味がないようで、上司からの命令には当然従うとばかりに、涼しい顔を一切崩すことなく頷いていた。

 クロウの方は、内心では精霊情報に興味津々だったのだが、やはり大人しく頷いた。事前に誓約書くらいは書かせているのかもしれないが、部外者であるミフネを招待しているあたり機密と言っても建前的なものではないかと邪推はしているが、そうは言っても、だ。最高責任者の決定に、一介のクルーが口出しすべきではないときちんと弁えているのだ。クロウは生真面目なクルーというわけではないが、あまりヤンチャをするタイプではないのだ(ちなみに、にゃんごろーのトマトの女神様ことミルゥは無自覚にヤンチャをするタイプだ)。

 にゃんごろーの方は、長老から釘を刺されていた。

 その場に居合わせたクロウは、子ネコー向け(というよりはにゃんごろー向けだったのかもしれない)にアレンジされたざっくり過ぎる説明を聞いて、いろんな意味で心が凪いだ。

 不思議の訪れ、すなわち精霊のお目覚めを子ネコーたちと一緒に待ちながら、クロウは昨晩繰り広げられたふたりの会話を思い出す。


「よいか、にゃんごろーよ。お船の精霊さんはのぅ、かくれんぼをしている途中でお休みしてしまったのじゃ」

「ほぅほぅ」

「それでのぅ、ぐっすりがウトウトになった時に、魔法の通路の中に気に入った相手がいたら、ちょっかいをかけてくることがあるのじゃ。それが、にゃんごろーのお手々トップンなのじゃ」

「にゃるほろ、にゃるほろ。しょーゆーこちょらっちゃのきゃ」

「うむ。じゃからのぅ、にゃんごろーよ。明日、お船を見学しに来てくれるキララとキラリには、お船の精霊さんのことは内緒にしておかねばならんのじゃ」

「ほぇええ!? ろ、ろーしちぇ!? あ、かくれんびょちゅーらから、ないしょっちぇこちょ?」

「うむ、そうじゃ。ウトウト中に、精霊さんが自分で教えるのはかまわんのじゃが、にゃんごろーが勝手にかくれんぼ中の精霊さんのことを教えるのは、マナー違反じゃ」

「マニャーいひゃんは、よきゅにゃいねぇ」

「そうじゃ。だから、ふたりには内緒じゃ。もしも勝手にお話したら、精霊さんは機嫌を損ねて、にゃんごろーのことが嫌いになってしまうかもしれん。そうしたら、にゃんごろーはお船から追い出されてしまうかもしれんのぅ」

「ひぃいいいいいいい! しょんにゃの、いやにゃー! わかっちゃ! にゃんごろー、じぇっちゃいに、にゃいしょにしゅる! みゅぐっ!」


 長老にうまいこと転がされたにゃんごろーは、涙目で悲鳴を上げると、両方のお手々でパシッ、パシッとお口に蓋をした。これで、子ネコーの口留めも完了である。

 子ネコーの考えを熟知している長老の手腕に感心するべきか、かくれんぼのマナー違反で納得する子ネコーの素直な単純さと、精霊の怒りを買って青猫号を追放(にゃんごろー的には美味しいごはんとの決別を意味する)されることを恐れて魂の底から誓いを立てるお豆腐ぶりに呆れるべきか。

 思い返しているとどうしてだか凪いだ気持ちになってくるのは、これも最早いつものことと受け入れてしまっている自分の境遇に悟りの境地へと至ってしまったからかもしれない。

 だがまあいずれにせよ、長老との約束通り、精霊の名を出さずに精霊さんをその気にさせようとした作戦は見事なものだとクロウは感心していた。

 きっと、通路内で起った不思議なアレソレは精霊が起こしたことなのだ、と考えたのではなく感じたからこその「不思議さんへのご挨拶」だったのだろう。


 ご挨拶が不思議さんの耳にちゃんと届いてお目覚めいただけることを、クロウもまた願い、祈った。

 子ネコーたちのためでもある――――が、何よりも。

 クロウ自身が不思議さんとの遭遇を望んでいた。


 一目でいいから、不思議さんこと精霊の姿を見てみたい。


 願いと共に、クロウはペンを握りしめる指先に力を込めた。

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