第285話 お船の不思議さん

 長老の許しを得たにゃんごろーは、キラキラ姉妹たちに呼びかけた。


「キララ、キラリ。にゃんごろーといっしょに、おふねの、ふしりしゃんに、ごあいさちゅを、しよ! しょしちゃら、ふしりしゃんら、おきちぇくれりゅきゃも、しれにゃいの」

「お船の不思議さんに?」

「ごあいさつ?」


 首を傾げる姉妹たちに、にゃんごろーは「うん」と頷き、お手々をもふもふさせながら、にゃんごろーの考えをふたりに伝える。


「うん。あのね、もしも、ふしりしゃんら、ウチョウチョしちぇるらけにゃら、ごあいさちゅをしちゃら、おめめらさめちぇ、ふしりしゃんら、おかおをらしちぇくれりゅきゃもしれにゃいの。らから、キララとキラリにも、にゃんごろーといっしょに、ごあいさちゅをしちぇほしーの。にゃんごろーひちょりよりも、みんにゃれごあいしゃちゅをしちゃほーら、うまくいきゅちょ、おもうきゃら」

「なるほど。不思議さんがウトウトしているだけなら、挨拶をすればハッと目が覚めるかもしれないってことね。そうしたら、なにか不思議なことが起っちゃうかもってことね?」

「そ、それは、素敵……。そ、それに、それなら、にゃ、にゃんごろーひとりよりも、み、みんなでごあいさつをしたほうがいいよね。う、うん。わたしも、ごあいさつを、したい」

「ありあちょー、ふちゃりちょも。あ、れもね。もしも、ふしりしゃんら、ぐっすりちょおやしゅみしちぇちゃら、むりむりにおこしゅのは、よきゅにゃいきゃら、ごあいさちゅは、いっきゃいらけね。あんみゃり、うりゅしゃくにゃいよーに、れいりちゃらしきゅ!」

「ふ、ふふ。そうね。今さらな気もするけど、ぐっすりさんを無理に起こすのは良くないから、うるさくし過ぎるのはよくないわよね!」

「は、はい。ちゃ、ちゃんと、礼ぎ正しく、ごあいさつ、します」


 話は上手くまとまった。姉妹の賛同を得られたにゃんごろーは、嬉しそうに二パッと笑うと、長老を引き連れてふたりの傍の壁にトコトコと近寄る。

 壁の前まで来ると、にゃんごろーは「見本をお見せする」とばかりに、ふたりに向かって大きく頷いてから、お爪の先でトントンと壁をノックした。


「こんにちは。ネコーのこの、にゃんごろーれしゅ。おじゃましちぇましゅ。おきれちゃら、いっしょに、あしょんれくらしゃい。おねらいしみゃしゅ」

「キララです。こんにちは、不思議さん。お休み中のところ、お邪魔してしまってごめんなさい。もしよければ、一緒に遊んでほしいです」

「キラリです。こ、こんにちは、お邪魔してます。そ、その……。で、出来たら、お会いしたい、です」


 にゃんごろーは壁に向かってヘコリと頭を下げた。

 姉妹たちは顔を見合わせて頷き合うと、さっそくにゃんごろーの真似をして、お爪ノックをしてから、もふっとお辞儀をする。

 三にんとも、もっふりと頭を下げたままだ。不思議さんからのお返事を待っているのだろう。

 お辞儀をしている子ネコーたちのあまりの愛らしさに、マグじーじは膝から崩れ落ち、カザンは小さく息を呑んで身じろいだ。

 長老はにゃんごろーの命尻尾をゆるゆると左右に振りながら、ミフネは姉妹たちの尻尾をしっかりと握りしめ、成り行きを見守っている。

 記録者クロウはしっかりとノートを取りつつも、前回起った不思議を思い返していた。


 子ネコーのお手々が壁の中にトップン事件。

 それが、前回の魔法の通路見学で起った“不思議”だ。

 見学に同行したクロウは、その一部始終を目撃していた。目撃しただけでなく、巻き込まれもした。子ネコーは、クロウの手に肉球のお手々を重ねて、クロウの手もろとも壁の中にトップンしたのだ。

 一体全体何がどうしてそうなったのか、とにかく不思議な体験だった。

 子ネコーのお手々の介入がなければ、クロウ一人で触っていた時には、青い壁はひんやりと固い感触を指先に返してくれた。見た目的には、うっかりしたらそのまま青の中に吸い込まれてしまいそうな、そんな危うい不思議さというか神秘さが漂う壁ではあるが、指先に伝わる感触は、間違いなくちゃんと実在する壁だった。

 なのに。子ネコーがいたずらをしかけたとたん、壁は質感を失った。

 子ネコーのお手々に押されて、クロウの手もトプリと壁の中に沈む。透明なようで不透明な青の中に飲み込まれて、手首から先は見えなくなった。

 子ネコーは青に突っ込んだお手々を、グルウリグルリと縦横微塵に駆け巡らせた。子ネコーの短いおお手々なので縦横無尽と言っても高が知れているが、何の抵抗を受けることもなく、お手々は自由に動き回った。

 不透明な色つき水の中に手を突っ込んでかき混ぜているようにも見えるのに、実際には、何の抵抗も感じなかった。液体をかき混ぜる時のような抵抗感は一切なかった。

 青の中は、少し空気が冷たい。それくらいの差しか感じなかった。

 青の向こうには未知の領域が広がっている。このまま、こうしていたら、青に攫われてしまうのではないか。それどころか、足元の白い床だって、何時その正体を失うのか分からないのではないか。

 ――――――――そんな感覚に襲われて恐れおののいたクロウは、子ネコーに物申して、なんとか手を解放してもらった。

 しかし、事件はそれだけでは終わらなかった。

 子ネコーはその後、更なる犯行に及んだのだ。今度は、子ネコー単独での犯行だった。


 子ネコーは、青い壁の中に、頭をトップリと突っ込んだのだ。


 犯行はそれだけでは終わらなかった。子ネコーは、そのまま壁の中に突撃しようとしたのだ。背後に控えていたクロウが子ネコーを引っ張り出したため、子ネコーは『子ネコー壁中消失事件』の犯人兼被害者にならずに済んだ。

 ここから先の不思議は、子ネコーの拙い証言が頼りのあやふやな情報になる。

 見通せるようで見通せないはずの青の中にお顔をトップリと突っ込んだ子ネコーは、その中で新たな不思議を目撃したのだ。

 子ネコーの証言によると、壁中の青い空間には、長い水色の髪の人間らしき女の子が丸くなって浮かんでいたというのだ。

 にゃんごろーから女の子の話を聞いた長老は、その子のことを“お船の精霊”だと言った。

 その子は、青猫号の精霊であり、青猫号そのものであり、長老やマグじーじたちの古い友人でもあると言った。


 ノートから目を上げ、クロウは、もふもふもっふりと壁に向かって頭を下げている子ネコーたちを見つめた。

 キラキラ子ネコーたちとにゃんごろーの間には、明らかに温度差があった。

 キラキラ子ネコーズたちは、不思議な何かを期待してワクワクとその何かを待っている。対して、にゃんごろーは信仰している神に祈りを捧げる時のような神妙さで訪れを待っている。

 キラキラ子ネコーたちにとっての“不思議さん”とは、魔法の通路内で起る不思議な出来事を総称した、ふわふわとした曖昧な何かだ。

 けれど、にゃんごろーにとっての“不思議さん”は、青猫号の中で眠り続ける精霊少女のことなのだ。

 にゃんごろーは、精霊少女のお目覚めを望んでいるのだ。

 きっと、お友達になりたいのだろう。

 本ネコーからはっきりとそう聞いたわけではない。

 けれどクロウはそうに違いないと思っている。

 そしてまた、こうも思っている。


 にゃんごろーの呼びかけ通り、その精霊少女こそが不思議の正体なのだろうと――――。

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