第284話 お寝坊さんで気まぐれさん

 長老と一緒に楽しくお豆腐妄想不思議予想話に花を咲かせているにゃんごろーの頭の天辺を、クロウは人差し指の先でコツコツと叩いた。


「ほえ? にゃあに、クリョー? クリョーもにゃきゃまに、はいりちゃいの?」

「そうじゃねぇよ」


 お話の邪魔をされたにゃんごろーは、コツコツされた頭をサワサワしながらクロウを見上げて尋ねた。お豆腐助手が、お豆腐話の仲間に入りたいのかと思って聞いてみたのだが、クロウはお誘いを一蹴した。

 前回は、通路内に満ちている濃密な魔法の気配に酔ってしまったクロウだが、今回は予め対策をしていたため具合が悪くならずに済んでいた。長老が、自分の抜け毛を使って、酔い止め効果のある毛玉守りを作ってくれたのだ。念のためにと、ミフネにも魔法の通路に入る前に同じものを渡してあった。魔法酔いとは無縁のカザンも、必要ないはずの毛玉守りをなぜか入手していた。長老とカザン、双方ともにホクホクしていたので、とっておきの和菓子とでも引き換えにしたのだろうとクロウは踏んでいる。

 ともあれ、そんなわけで今回クロウは、魔法の気配の中で自由に動き回れる体調を手に入れたのだ。

 クロウはコンコンしていた指を、ピッとキラキラ姉妹たちに向けた。


「長老さんとは、何時でも話せるけど、キララたちは見学会が終わったら、またしばらく会えなくなっちまうんだからよ。せっかくだから、一緒に探検してこいよ。三にん一緒にいたら、この間とは違う不思議が起こるかもしれないだろ?」

「はっ!? ちゃ、ちゃしかに。しょれもしょーらね。ありあちょー、クリョー。にゃんごろー、しょーしゅる!…………あ、れも……。ねえねえ、ちょーろー」

「ん? なんじゃらほい?」


 クロウからの助言を、それもそうだと素直に受け入れたにゃんごろーは、きゃわきゃわしながら壁と戯れている姉妹たちのところへ駆けだそうとして、思いとどまった。クルリとお顔を長老へ向けて、呼びかける。どうやら、ついて来ての合図ではなさそうだ。長老が先を促すと、にゃんごろーはお伺いを立てた。


「えっちょね。キララたちちょ、さんにんれ、おふねのふしりしゃんに、ごあいさちゅをしちぇも、いーい?」

「ふむ? ちょいと声をかけるくらいは、かまわんと思うが。お船の不思議さんは、きっとぐっすりと眠っておるのじゃろう。それを、無理やり起こすのは、感心せんぞい?」

「うん。わかっちぇる。おちゅかれれ、ぐっしゅりにゃにゃのを、じゃましちゃら、げんきいっぴゃいににゃれにゃいもんね。らから、ごあいさちゅを、しゅるらけ! うりゅしゃくしちぇ、ぐっしゅりのおやしゅみを、むりむりには、おこしゃにゃいから! ちょっと、ごあいさちゅしゅるらけなら、いいれしょ!」

「そうじゃな。ご挨拶は、大事じゃしな。よし、分かったのじゃ。しかしじゃ、礼儀正しくご挨拶するのじゃぞ? それで、お返事がなかったら、今回はぐっすりのお休みで、不思議なこともお休みじゃ。いいな?」

「うん! わかっちゃ! ありあちょー、ちょーろー」


 長老から、“不思議さん”へのご挨拶の許可が出た。にゃんごろーは、にぱっと笑ってお礼を言った。

 突入してすぐにダンスショーを開催したりと、すでに十分うるさくて騒がしいけどな、と思いつつ、クロウは黙って成り行きを見守る。

 キラキラ姉妹たちは壁調査を止めて、にゃんごろーたちを不思議そうに見ていた。にゃんごろーと長老のお話は、ふたりの耳にも届いていたのだ。


「んんん? 魔法の通路の不思議さんは、気まぐれ屋さんじゃなかったの? ホントは、気まぐれ屋さんじゃんなくて、ただのお寝坊さん?」

「うむ。気まぐれ屋さんのお寝坊さんなのじゃ。じゃから、滅多に不思議なことは起こらんのじゃ。この間のにゃんごろーは、運がよかったのじゃ」

「な、なるほど! それは、手強いわね! お寝坊な不思議さんが起きている時に気まぐれを起こさないと、不思議なことは起こらないってことね! きっと、商店街の福引で一等を当てるくらいに運が良くないとダメってことよね! ああん! わたしも当ててみたーい!」

「にょっほっほっ」


 キララが、わっと長老に詰め寄る。ミフネはキララの動きを読んで即座に対応したため、長老とにゃんごろーの二の舞を踏んだりはしなかった。手を差し出しかけたカザンは、少し残念そうにしていた。

 キラリの方は、顎にお手々を当てて、何やら思案顔をしている。キララは長老の適当話をその通りに受け入れたが、魔法技術に興味があるキラリは、話の裏に潜んでいるものに気づいてしまったのかもしれない。


 そう。長老のお話には、裏がある。

 キラキラ組みには内緒にしておかねばならない、真相が隠されている。

 といっても、何がなんでも秘密にしておかねばならない、というわけでもない。

 積極的に公開はしないが、気づかれてしまったのなら仕方がない。広めないよう口止めはするけれど、口封じなんて物騒なことはしない。

 おそらく、青猫号のクルーの中でも、最高責任者の三人と一部の海猫クルーしか知らないのであろう秘密。とはいえ、完全に閉ざされているわけではない秘密。魔法筋の権威辺りには、知らされているのかもしれない秘密。知らされた者でなくても、知識と洞察力があれば推測できるのであろう、そんな秘密。おまけにネコー相手には、割と緩くなる傾向がある秘密。


 海猫クルーでもなければ、知らされた者でもなく、知識と洞察力で推測したわけでもないけれど、クロウはその真相に薄っすらと気づいていた。

 前回の“不思議”に巻き込まれていたからだ。


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