第282話 お船の不思議はとっても気まぐれ

 命尻尾を条件に、子ネコーたちに小さな自由行動が許された。


 ミフネに尻尾を握られている姉妹ネコーは、ほてほてと最寄りの青壁に仲良く横並びになり、壁を触り出す。

 にゃんごろーも仲間に入ろうと駆け出して、つんのめった。長老に尻尾を握られていることを忘れて、長老に一声かけそびれてしまったせいだ。すかさずカザンが手を差し伸べてくれたおかげで、白床にダイブはせずに済んだ。ごっつんこの危機を脱した子ネコーは、体勢を整えてからカザンにお礼を言う。

 笑いを含んだ姉妹たちの声が、仄かに光る通路に響いた。


「ふっふっふっ。にゃんごろーってば、あわてんぼうさんね! でも、転ばなくて、よかったわね!」

「カ、カザンさんの、おかげ、だね。ふふ。き、気をつけて、ね?」

「う、うん。にゃ、にゃふふ」


 うっかりをバッチリ見られてしまったにゃんごろーは、両方のお手々を頭にのせて、恥ずかしそうに笑う。

 にゃんごろーにお礼を言われ、キラリに名前を呼んでもらえたカザンは、クールな表情を崩さないまま、ジーンと幸せに浸っていた。

 姉妹ふたりは、にゃんごろーに笑い返してから、くるりと青壁に向き直り、またペタペタを始める。

 さっきは、命尻尾のことも忘れて、慌ててふたりの仲間に入ろうとしたにゃんごろーだったけれど、転びかけたことで逆に気が落ち着いたのか、今度は経験者としてふたりを見守ることにしたようだ。

 魔法の通路で起る不思議を、にゃんごろーは既に体験済みなのだ。

 だから、これから起こるはずの不思議にびっくりするふたりを、不思議体験の先輩として見守ろうと思ったのだ。

 にゃんごろーは、ワクワクと二人を見つめる。

 しかし――――――――。


「うーん。なんだか、このまま向こうに突き抜けて行けそうな感じもするのに、やっぱり壁は壁なのねぇ」

「そ、そうですね。ど、どこかに、行けそうな気もするけど……」


 キララは、壁をパンパンと叩き、キラリはサワサワと撫で回しているが、何も起こらない。

 ふたりの声を聞いたにゃんごろーは「おや?」と首を傾げた。


「ちょーろー。きちぇ」

「ほいな」


 先ほどの失敗を生かし、にゃんごろーは長老を引き連れてトコトコと前に進み、キラリの隣に並ぶ。それから、パンパン、サワサワを続ける二人と一緒に、ペタシと壁に肉球を押し当てる。


「ふぅむ……?」


 肉球に返ってくる冷たくて硬い感触に、にゃんごろーは再び首を傾げた。

 ふたりの言う通り、壁は壁だった。

 壁に押し当てたお手々にグッと力を込めてみても、やっぱりひんやりと固い感触が返ってくるだけだ。ビクともしない。

 青い壁は、ただ壁としてそこに存在している。


「おちぇちぇら、トップンしにゃいねぇ……?」


 にゃんごろーは青い壁にペタリと肉球を押し当てたまま、さっきとは逆方向に首を傾げた。

 何も起こらないことが、不思議だった。

 魔法の通路は、不思議な通路だ。何も起こらないことが、ではない。初めてここを訪れた時、にゃんごろーは、とても不思議な体験をしたのだ。

 見通せるようで見通せない、お空のように青い壁。

 あの時、壁は壁なのに壁ではなかった。

 なのに、今は。壁はただ壁でしかない。

 不思議が起こらないことが不思議で首を捻っていると、姉妹がワッと話しかけてきた。


「ねえねえ! どういうこと! お手々がトップンって、お手々が壁の中に入っちゃったってこと!? にゃんごろーが、前に見学した時のこと!? ねえねえねえ!?」

「つ、つまり、その時、か、かか、壁が液体のようになって、にゃんごろーのお手々を吞み込んでしまったということですか!? そうなんですか!? どうなんですか!? どうして、今回は何も起こらないんですか!?」

「にゃ? にゃ? にゃ? にゃう?」


 興奮したふたりに一気にまくしたてられて、にゃんごろーはのけ反って目を白黒させた。

 キララのお目目はキラキラしているが、キラリのお目目はギラギラしていて、まるで別ネコーのようだ。普段の引っ込み思案はお昼寝中で、魔法への熱く滾る思いが元気よく起床している。

 圧倒されて何も言えないにゃんごろーに代わって、長老が説明役を買って出た。


「みょっほっほっ! お船はのぅ、とっても気まぐれなんじゃ」


 ゆったりとした語り口が、魔法の息吹の中で静かに響く。

 何時ものごとく、子ネコーをけむに巻こうとするかのような出だしなのに、姉妹たちは興奮を鎮めて話に聞き入った。

 長老の声に、からかうようないたずらな響きは混じっていなかった。代わりに、遠い何かを懐かしむような感覚が波紋のように広がっていく。

 それまでのヤンチャっぷりとのギャップも相まって、姉妹たちは気を引かれたのだ。


 何かとてもいいお話が聞けるのではないかという期待と。

 そうはいっても最終的には茶番で終わるのではないかという予感と。


 いろいろな意味で続きが気になる。

 姉妹だけではなく、記録者であるクロウもまた、キラリと瞳を瞬かせて長老を見つめていた。

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