第280話 長老だって、やるときはやります。

 壁は空のように青い。何処までも透明なようでいて、先が見通せない青。

 陽光が差し込む分厚い雲を固めたような天井と床は、白く仄かに光っている。ただし、通路の先まで照らしているわけではなく、誰かがいる周辺だけを優しいような冷たいような光で照らし出している。


「ふわぁー。まるで、お空の中にいるみたいぃ!」

「は、はい。と、とても、不思議な感じが、します」


 一踊りして人心地着いた姉妹ネコーたちは、お口を「ふわぁ」と開けたまま、ゆっくりとお顔を動かして、床を、壁を、天井を見回し、「ほぅ」と感想を述べる。

 にゃんごろーは自分だってまだ二回目なのに、もふっと腕組みをして、そんなふたりを見つめ、得意そうなお顔で、もふもふと頷いていた。


「にょっほっほっ。さーて、ふたりとも。ちょいと、こちらにご注目じゃ」

「あ、はーい」

「は、はい。あ、まだ、魔法の通路の入り口が、開いたまま、なんですね……」


 不思議な青と白の空間に圧倒されて、お口が空いたままのふたりに、長老が声をかけた。呼ばれたふたりは、お返事をしながら背後にいる長老へと向き直る。真ん中に立っていたクロウが、気を利かせて脇にどいてくれたおかげで、遮るものなく長老の姿が見えた。キララとキラリに気を取られていた、呼ばれていないにゃんごろーも「何ごと?」というお顔で長老を見つめる。

 真っ白もしゃもしゃの長老は、長方形の枠の前に立っていた。青い横長と、白くて短い上下に囲まれた枠。枠の向こうには、ついさっきまで探検していた青猫号の通路が見える。落ち着いたアイボリーの通路。魔法の素材が使われているが、街育ちのふたりにとっては、そう珍しいものではない。

 青猫号は古代魔法文明の遺産だ。その魔法技術のほとんどは文明の終焉と共に失われてしまったが、いくつかは現代にも受け継がれているのだ。森育ちのにゃんごろーは、青猫号で見るものすべてが新鮮だったが、姉妹たちにとってはそうでもなかった。魔法で強化された床や壁も、魔法で制御された照明も、エレベーターも、街の大型施設で当たり前のように使われている技術なのだ。

 だからこそ、より一層対比が際立った。

 シュワシュワと不可思議な通路の向こう側に、街での暮らしの中でもお見かけしたことがある景色が映っている。

 とはいえ、その対比に深く感銘を受けているのは、キラリだけだった。あまり魔法そのものに興味がないキララは、枠の向こう側とこちら側の違いなんて気にならないどころか気づいてもいないようで、真っすぐに長老だけを見つめてイベントの続きを待っている。反対にキラリは、長老に呼ばれて後ろを向いたはずなのに、長老の姿なんて、まるで目に入っていなかった。日常と非日常の境界線を目の当たりにして、ただただ深く感じ入っている。

 自分は今、古代の魔法文明の息吹に触れているのだ――――。

 そのことを実感して、心だけでなく、全身のもふ毛が震えていた。


「おっほぉん! 長老からのお言葉なのじゃー!」


 長老の咳払いが響き、陶然としていたキラリを現実へと引き戻した。キラリはハッと我に返って長老を見つめる。


「では、これから、魔法の通路の出入り口を閉める魔法をお見せするぞい! じゃが、その前にじゃ。おさらいといこうかの。さっきマグも言っておったが、この魔法の通路はのー。好きに使わせてもらってはおるが、まだまだ不思議なところがいっぱいあるのじゃー。じゃから、時たま、とても不思議なことが起こったりするんじゃ。よいかー、もしも何か不思議なことが起こっても、ひとりで勝手に動き回っていはいかんぞい。ひとりじめは、よくないからのぅ。そういう時は、まずは、みんなにもお知らせするのじゃ。そうして、みんなで一緒にどうしようか、考えような? その方が楽しいし、その方が、迷子にもならんですむからな。誰かが迷子になったら、探すのに時間がかかって、魔法制御室の見学が出来なくなってしまうかもしれんからのー。最後に、みんなでそろって、美味しいおやつを食べるためにも、気をつけるのじゃぞー?」

「はーい!」

「は、はい」

「はい!」


 普段からにゃんごろーの相手をしているだけあって、長老のお話は、子ネコーたちにとって、大変分かりやすく納得しやすいものになっていた。

 キララは、ひとりじめするよりもみんな一緒の方が楽しいという言葉に共感した。

 キラリは、迷子探索に時間を取られたら魔法制御室見学がなくなってしまうと聞かされて、気をつけようと自分に言い聞かせた。

 おまけのにゃんごろーは、美味しいおやつのためと聞いて、お顔と気持ちをキリリと引き締める。

 三にんの子ネコーは、それぞれの理由から、長老に了承のお返事をした。

 狙ってやったのかは不明だが、長老は満足そうに笑う。

 人間たちは「さすが長老さん」と長老の手腕に感心していたが、ただ一人マグじーじだけは、悔しいような妬ましいような羨ましいような気持ちがごちゃ混ぜの複雑なお顔で長老をジットリ睨みつけている。

 視線に気づいた長老は「むふふぅん」と挑発的な笑みを浮かべ、マグじーじをより一層悔しがらせるのだった。

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