第278話 おもちぇにゃーのおてちゅらい
背後から熱い波動を感じて、クロウは戸惑いを覚えた。
熱源の主が姉妹たちなのは、分かる。分からないのは、姉妹たちが興奮している、その理由だ。
内心、首をひねりつつも、「まあ、楽しんでいるなら、それでいいか」と割り切って、クロウは何でもない顔を取り繕って、マグじーじの不可解な行動についての説明演説を始めた。
「いいか、ちびネコー。マグさんは、青猫号を管理する海猫クルーの責任者…………海猫クルーの偉い人だから、魔法の通路で迷子になったせいで辞めてしまったクルーがいたことを、ずっと気にしていたんだ。そして、二度と同じ悲劇が、こんな悲しい事故が起こらないようにしなければと、ずっと考えていたんだ」
「にゃ、にゃるほろ。ちゅーろれ、まいろれ、おにゃからしゅいちぇ、ちゅらいおもいをしちゃせいれ、おふねをやめちゃうにゃんちぇ、とっちぇもきゃなしいこちょらもんね。やめちゃっちゃクリューのひちょ、きゃわいしょーらもんね。うんうん。みょう、きょんにゃ、きゃなしいこちょら、おきょらにゃいよーにしにゃいちょらよね。わきゃる!」
にゃんごろーはクロウの話にあっさりと引き込まれた。お手々を、もふもふわふわふ動かしながら「うんうん」と頷いている。
残りのメンバーは、若干の呆れを込めつつも、クロウの手腕に感心していた。
ちなみに、呆れているのは単純なにゃんごろーに対してではない。通路で迷子の末、辞職したクルーがいたという話しを聞いたのは今日が始めてのはずなのに、おじいちゃんと孫ほど年が離れた直属ではない上司の心情を訳知り顔で話して聞かせるクロウの図太さに対してだ。同時に、その図太さに対して、ある意味感心もしていた。
とりわけ、マグじーじは複雑そうだった。内容に意義があるわけではない。わりと図星だったりした。けれど、だからこそ。マグじーじと同じ海猫クルーの部下に言われたならば面はゆい気持ちになったかもしれないが、にゃんごろー絡みでしか接点のない空猫クルーであるクロウにこうも見透かされてしまうと、ちょいと複雑な気持ちになってしまうのだ。
「それでな、ちびネコー。マグさんが、非常食を持って行けばいいというアイデアを聞いて張り切ってしまったのは、これで悲しい事故を減らすことが出来る――――と思って、見学中であることも忘れて、そのー、あれだ。悲しい事故を減らすためのお仕事をしなければ、と思ってしまったからなんだ」
「しょーらっちゃのきゃ!?」
「そうだったんだよ。だけど、途中でマグじーじは気づいてしまったんだ。どんな非常食にするのかは、マグじーじが一人で勝手に決めないで、迷子になりそうな海猫クルーにも意見を…………どんな非常食がいいのか聞いてから決めた方がいいって」
「しょれは、ちゃしきゃに」
「だろ? でも、他のクルーはお仕事中だから、お仕事の邪魔をするのはよくない。だから、お仕事の邪魔にならない時に聞いてみることにしたんだよ」
「しょ、しょーゆーこちょらっちゃのきゃ!?」
先生は助手の手の平で、いいように転がされてくれた。確かな手ごたえを感じた助手は、手綱を緩めることなく、先生の意識を見学会の再開へと誘導する。
「あとな。今日は、キララとキラリを街から招いての、せっかくの見学会だろ? ふたりに、最後まで見学会を楽しんでもらえるようにおもてなしをするのが、マグさんの一番大事な今日のお仕事だ」
「しょーら! おもちぇにゃー! にゃんごろーも、おもちぇにゃーの、おてちゅらいをしようちょ、おもっちぇちゃんら!」
「そうだろう、そうだろう。つまり、今、俺たちがするべきことは…………」
「う、うん! けんらきゅきゃいの、ちゅるきをしゅるこちょ! キララちょキラリの、ちゃめらもんね! にゃんごろー、なみらをゴックンしちぇ、おやちゅのこちょは、あきらめりゅ! おやちゅは、まちゃ、あしちゃもちゃべられりゅもんね!」
クロウの誘導は、上手くいった。
上手くいきすぎて、にゃんごろーは魔法の通路へのおやつ持ち込み不可を、本日のおやつはナシと勘違いしつつも、キラキラ姉妹のために涙を呑んで未練を断ち切ってみせた。お豆腐子ネコーの健気な姿に胸を打たれたマグじーじは、直ちに子ネコーの勘違いを正し、安心させてあげることにした。
「安心せい、にゃんごろーよ。通路でおやつはナシじゃが、トマとナナが、飛び切り美味しいおやつを用意してくれておるんじゃ。見学会が終わった後に、感想を言い合いながら、みんなで食べような」
「えええー!? ほんちょー!? やっちゃぁあ! よーし! みんなー! まひょーのちゅーろけんりゃくー、いきゅよー!」
にゃんごろーは飛び跳ねて喜び、「おー!」と拳を振り上げて、元気よく通路への突撃を宣言する。それでも、勇んで先陣を切ったりはしなかった。見学会の進行役はマグじーじで、自分はお手伝い役なのだと、子ネコーながらに弁えているからだ。
クロウは、そんな切り札があるなら、もっと早くに使ってくれよ、と思ったが、顔を引きつらせただけで、口にはしなかった。飛び切りのおやつを用意したのが、マグじーじではなく、トマじーじとナナばーばだったからだと察したからだ。マグじーじは、二人に花を持たせたくなくて、黙っていたのだ。いずれバレるにしても、見学会の間くらいは、自分がもてなし側の主役でいたかったのだろう。
記録には残せない推測をしながら、クロウは「やれやれ」と立ち上がった。ついでのおまけに、長老が通路へのおやつ持ち込みにさほど積極的じゃなかったのは、お腹がいっぱいなだけではなく、飛び切りのおやつが待っていることを知っていたからなのだな、とチラッと長老を振り返る。
一時はミフネに取り押さえられていた長老だけれども、今はもう解放されていた。長老は、長老はクロウに向かってなぜかニヤリと笑いかけてきた。
「むふふ。クロウよ、よくやったぞ。これで、魔法の通路を使用するクルーたちがおやつを携帯するようになれば…………むふふふふ。わざと一緒に迷子になって、おやつをわけてもらうとしようかのー。楽しみじゃー」
「ふむ。ルドル対策として、通路に持ち込むのは、栄養満点じゃが美味しくない携帯食限定にするとしようかの」
「なぬっ!?」
悪びれずに悪だくみを漏らす長老だが、聞きつけたマグじーじがすかさず対策を講じた。長老は、目を剥いて唸り、お胸の長毛をワシャワシャと激しくかき混ぜる。
にゃんごろーとクロウは呆れ、カザンは困った顔をした。キラキラ組は、その中間のような顔で苦笑いを浮かべている。
すっかり不貞腐れたワシャワシャ長老は、未然に防がれた犯行予告だけでは飽き足らず、過去の犯行について、うっかり暴露してしまった。
「まあ、いいわい。やっぱり、魔法の通路の中では、ナナ達から盗んだお菓子を隠れて食べるのが、一番おいしく感じるからのー」
「にゃ!? みょー、ちょーろーはー!? にゃにをやっちぇるのー!? あちょれ、ちゃんちょ! ナナらーらちゃちに、ごみぇんにゃしゃいを、しゅるんれしゅよ! みょー! めっ! めっ! めっ!」
今度は、マグじーじに代わって、にゃんごろーが長老を叱りつけた。子ネコーはクワッと牙をむき、もふビシと長老へ肉球を突きつける。長老は素知らぬ顔で、誤魔化すように口笛を吹き始めた。
せっかく、通路見学が再開されそうな流れだったのに、茶番の方が再開してしまった。
「一波乱起こさないと、先へ進めないのかね。森のネコーたちは」
「…………最後の茶番劇は、クロウさんの不用意な一言が原因では?」
「……………………」
騒がしいネコーたちを見下ろしながらクロウが他人事のように呟くと、ミフネがそもそもの要因について言及してきた。
クロウは、「そういや、そうだった」と気まずそうに明後日の方角へ視線を逸らす。
長老の調子っぱずれな口笛を掻き消すように、キラキラ組の笑い声が響いた。
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