第277話 涙と鱗がポロポロキラリ
お目目に涙をためて、「むぐぐ」とお口を引き結んでいる子ネコーに、クロウはゆっくりとした口調で語りかけた。
「いいか、ちびネコー。魔法通路は、青猫クルーたちがお仕事に使っている大事な場所だ。今回は、おまえらの魔法の勉強のために、特別に見学をさせてもらっているんだ。魔法の通路は、ピクニックをするような、お遊びの場所じゃないんだよ」
「…………ふぐっ。しょ、しょれは、ちゃしかに、しょう…………らっちゃ。うぅー、れもー! りゃあ、なんれ、クリョーは、おやちゅをもっちぇいけらいいっちぇ、いっちゃの? ちょーりょーも、さんしぇーちぇちゃし、マグりーりも、おやちゅのよういをしちぇくれりゅっちぇ、いっちぇちゃれしょー! みんにゃら、しょーゆーきゃらー!」
にゃんごろーは初めての魔法の通路見学の時に、魔法の通路はお仕事のための大事な場所だという説明を受けていた。それもあって、にゃんごろーはクロウの言い分を一応は受け入れた。お仕事はごはんを食べるために必要なことだから、お仕事の邪魔をしてはならない。お仕事の邪魔をするのは、誰かのごはんの邪魔をするのと同じことだ、とにゃんごろーは考えているからだ。誰かのごはんの邪魔をするなんて、お豆腐子ネコーとして、あってはならないことなのだ。
しかし、それはそれとして。
にゃんごろーに甘い夢を見せた張本人であるクロウが、その夢をポシャリと潰したことについては納得がいかないとばかりに、にゃんごろーはお手々をもふもふと振り回した。ポフポフと腕に当たるそれを甘んじて受け入れながら、クロウは素直に謝罪をした。
「うん。それは、俺が悪かった。おやつ、という言い方がよくなかった」
「……………………ろーゆうこちょ?」
クロウが素直に謝ったからか、にゃんごろーはポフポフ攻撃を中断した。おやつじゃなければ、何だというのかという疑問が湧きあがったせいもある。
「俺はな。もしもの時の、非常食としておやつ持ち込むべきじゃないか、と言いたかったんだ」
「ひりょーしょく?」
「そうだ。魔法の通路でうっかり迷子になって、ずっとごはんが食べられなくなってしまった時のための“おやつ”。それが、非常食だ。一人きりで迷子になって、お腹が空いているのに何も食べられないのは、辛いだろう?」
「しょ、しょれは、ちゅらい! ちゅらしゅりる!」
クロウの『もしも話』に打たれて、にゃんごろーはプルリと身を震わせた。その『もしも』は、お豆腐子ネコーの胸と腹に響いた。それは、想像もしたくない、恐ろしい非常事態だった。
恐れおののく子ネコーに、クロウは打開策を告げる。
「そうだろう、そうだろう。そんな時に非常食のおやつがあれば、ちょっとだけ元気が出る。一人で寂しくて不安でも、もう少しだけ頑張ろうって思えるだろう?」
「お、おみょえる! しょーか、もしものちょきのちゃめの、おやちゅ。しょれら、ひじょーしょきゅ! クリョーらいってちゃのは、たらのおやちゅのこちょら、なかっちゃんら!」
「そういうことだ」
いっぱいに見開かれた子ネコーのお目目から、溜まっていた涙がポロポロポロリと零れ落ちていった。「しょーゆーこちょらっちゃのか!」の鱗がキラキラキラリと光りながら落ちていくようにも見えた。
これでようやく万事解決か、とミフネはニコ顔を崩さないまま、息を漏らした。
しかし、クロウはそこで手綱を緩めたりしなかった。懸念事項はすべて消しておくべし、とばかりに長老とマグじーじについても言及した。
「あと、長老さんが賛成したって言ってたけどさ。長老さんは、長老さんだから、な?」
「は!? しょれは、しょーらね。おやちゅのはにゃしにゃんらから、ちょーろーは、さんしぇーしゅるよね。しょーらっちゃ、しょーらっちゃ。こーゆーちょきのちょーろーは、しんよーしちゃら、いけにゃいんらっちゃ。しょれは、にゃんごろーら、いちにゃんよきゅ、わかっちぇいるにょに。うっきゃり、わすれちぇちゃ。ごみぇんにぇ、クリョー」
「…………フゴ、モゴゴ」
長老の件はあっさりと片付いた。食べ物が絡む事案に限っては、ならず者食いしん坊の長老の言うことを信じてはいけないということを思い出したにゃんごろーは、それをうっかり忘れて責めてしまって済まなかったとクロウに詫びた。
長老は不服そうにお顔を顰めて物申そうとしたが、察したミフネがサッとそのお口を塞いだおかげで、更なる脱線を防ぐことが出来た。
ミフネが長老を押さえてくれている間に、クロウは話を先に進める。
「それから、マグさんだけど、な?」
「うん」
これまでの説明が、どれも納得がいくものだったからか、にゃんごろーは素直に頷いて、お耳を傾けた。にゃんごろーだけではなく、キラキラ姉妹たちも、にゃんごろーと一緒になってお耳を澄ませている。しかし、真面目にお話を聞くつもりのにゃんごろーとは違って、姉妹のお顔はワクワクと輝いていた。
途中で我に返ったとはいえ、マグじーじがおやつの調達に走ろうとした理由は、どう考えてもアウトだ。それを、どう誤魔化して、うまいことにゃんごろーに伝えるつもりなのか、姉妹たちは興味津々なのだ。こうしている間にも、見学の時間は失われているのだが、姉妹たちは、それはそれと割り切っていた。
おやつのために見学時間を削られるのは看過できなくても、茶番劇鑑賞のためならば話は別なのだ。姉妹たちにとっては、これもまた、青猫号見学の一環なのだ。
姉妹たちはお目目をキラキラと輝かせて、にゃんごろー以上の熱心さで、クロウの演説に聞き入った。
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