第243話 荒ぶる暴徒を鎮めてみました。

 和室に到着すると、机の上には人数分の取り皿とフォーク、それからおにぎりが盛られたお皿が用意されていた。おにぎりには、ほぐした鮭がまぶされ、軽くノリが巻かれている。サイズは二種類。人間用の三角むすびと、ネコー用の小さめ俵むすびだ。

 それらはすべて、マグじーじが食堂クルーにお願いしておいた品だった。

 みんなを先導していたため、真っ先に和室に入ったマグじーじは、まず持ち運んだお豆腐石をおにぎりのお皿の隣に置き、ネコー用むすびを一つ掴み上げ、入り口に向き直る。

 畳の上に両膝をつき、和室入り口に向かってミサイル発射の構えとるマグじーじ。

 マグじーじの真後ろにいたにゃんごろーは、おにぎりに歓声を上げた後、俵ミサイル発射ポーズで何事かに備えているマグじーじに気づいて、そのお行儀の悪さを叱りつけた。


「ふわぁ。おににりらぁ!…………にょ? マグりーり、どーしちゃの? ちゃれみょのれ、あしょんらら、らめれしょ! おぎょーりら、わりゅいれしゅよ? め!」

「むほっ。い、いやいや、違うんじゃよ、にゃんごろー。これは、お弁当を守るためなんじゃ!」

「んにゃ? おべんちょーを、みゃも…………はっ! しょーゆーこちょきゃ!?」


 マグじーじは、もふビシッめっと肉球を突きつけてくる子ネコーの愛らしさに射抜かれつつも、嫌われては一大事と大慌てで弁明を始めた。

 マグじーじの弁明が終わる前に、開いたままの入り口に長老を抱っこしたカザンが姿を現した。にゃんごろーたちとカザン&長老の中間にいたキラキラ姉妹が「ああ…………」というお顔で、サッと道を開けるように両脇へ避けて、長老を振り返る。

 それらを目にするまでもなく、にゃんごろーもマグじーじのお行儀の悪い行動が蛮行ではなく、蛮行を防ぐための善行なのだと理解した。

 そして。

 キラキラ姉妹たちが脇へ避けたことで、見通しがよくなった視界の向こうにおにぎりというお宝を発見して、屍のぬいぐるみ状態だった長老が蛮族として覚醒する。


「ふ、ふごぉおおおお!」

「むん! これでも喰らっておれい!」

「ふごっ!? んむっ、むっ、むっ…………」

「ふぃぃい。ひとまず、大人しくなったか。おにぎりを頼んでおいて、大正解じゃったわい」

「ちょーろー…………」


 カザンの腕の中で、もっふんもふんと大暴れする長老。目が血走っている。蛮族というよりも、しばらく絶食していた獣のような狂気を、毛足の長いもふ毛の先から振りまいている。

 狂気を孕んだお豆腐系暴徒と化した長老が、カザンの腕の中からヌルンと逃れだす前に、マグじーじはお豆腐系暴徒の大口の中に向けて、「てい!」と俵ミサイルを発射した。

 涎を振りまくお口の中に、無遠慮に俵が押し込まれる。

 長老は大人しくなった。

 大人しく、お口をモグモグさせている。

 ギラギラしていたお目目には、キラキラと澄んだ光が宿っている。

 まるで、大きな子ネコーのようだ。

 マグじーじの思惑通りだ。

 マグじーじの計らいにより、深刻な被害が出る前に、お豆腐系暴動はあっさりと沈静化した。

 にゃんごろーは、呆れたジト目を長老に送りつけたが、ジト目はすぐに羨ましそうなお目目に様変わりした。ジュル、ゴクンとはしたないお豆腐音を立てて、ムグムグしている長老とおにぎりのお皿を切ないお目目で交互に見つめ、最後に机の上のお弁当が入っているバッグをチラ見してから、「くぅっ」とばかりに目を閉じる。

 にゃんごろーは、お行儀のよい子ネコーなのだ。

 キュルキュルと切ないお腹を美味しいもので満たして慰めるのは、みんなで「いただきます!」をしてからと、自分に言い聞かせる。長老のような、お行儀の悪い“ならず者”ネコーになっていはいけないと、自分を戒める。にゃんごろーは、涙と涎を飲んで、おにぎりへの未練を無理矢理に断ち切った。

 この時、「お弁当>おにぎり」というお豆腐計算を無意識の内にしていたことも、苦渋のお豆腐決断に一役買っていた。


 ちなみに。

 末尾をミフネと並んで歩いていたクロウが、この一幕を実際に目にしたのは、暴徒が鎮静してからだったが、クロウは気配と会話から、おおよそを読み取っていた。

 クロウのノートには、マグじーじ入室からの一部始終が、まるですべて見ていたかのように詳細かつ鮮明に書き記されていたという。



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