第241話 ぜーたく子ネコー

 ワクワクどきどきジュルジュルしながら、にゃんごろーは和室のドアを見つめていた。

 いや、正確には。お目目は正面のドアに向けられているが、意識は背後と未来に飛んでいた。

 もふっと丸い頭の後ろからは、美味しい幸せの気配が伝わってくる。

 もふもふと体を揺すりながら、にゃんごろーはジュルリと涎を啜り上げ、大きくゴックンと音を立てる。

 いつも、ごはんを食べる長机の端にドアと向き合う形で、にゃんごろーは立っていた。

 隣には、正座をしているカザンに抱きかかえられた長老が、もふモグとお口を動かしている。

 これから訪れる幸せの予感に胸を高鳴らせ、お腹をキュルルンと鳴らしながら、にゃんごろーは隣の長老を盗み見て、もう一度、ゴクンと喉を鳴らした。

 それから、お耳の前に両方のお手々をのせて、「ああ~~~!」と蹲る。


「にゃんごろーは、じぇーたくみょのに、にゃっちぇしまっちゃぁあ!」

「んー、贅沢者? どういうことだ?」


 もっふりもっふりと身を捩じらせる子ネコーの何処か幸せそうでもある嘆きを、クロウが拾い上げた。

 にゃんごろーは、もっふりを止め、お耳の手前のお手々を頬っぺたまで滑り落し、もふもふをフルフルさせながらクロウの問いに答えた。


「らっちぇえ! もりにいちゃころは、おふねのごひゃんは、あきょがれらっちゃのに。いみゃは、おべんちょうのちゃめに、おににりを、ぎゃまんしゅるらにゃんちぇ! にゃんごろーは、じぇーちゃくみょのに、にゃっにゃっにゃー!」

「ふ、はは! 最後、ちゃんと言えてないぞー?」

「らっちぇぇえ!」

「まあ、いいんじゃね? それだけ、青猫号の暮らしにも慣れてきたってことだろ? それに、まだしばらくここにいる予定みたいだし。食堂の握り飯なんて、頼めばいつだって作ってもらえるんだからさ。キララたちの家のお弁当を堪能しつくすために、少しでも腹の隙間を空けておこうっていうのは、正しい戦略…………んー、正しいやり方だと思うぞ?」

「おおー! しゃすら、にゃんごろーのじょしゅ! しょーか、にゃんごろーは、ちゃらしかっちゃのきゃ。りゃ、りゃあ、にゃっぱり、おににりは、ぎゃまんしにゃいちょらね」

「ふ、ふふ! ふはは! キラキラ弁当のために握り飯を諦めたとか言っておいて、実は未練たらたらなんじゃねーかよ! ふ、ふは! お、お豆腐…………ふはは」

「ほえ? クリョーの、はしっきょマシュチャーのしゅぎょーら、はじまっちゃ…………。うーみゅ、しょれにゃら、にゃんごろーも、おににりぎゃまんの、しゅりょーをらんらる!」

「ふ、ふは! 止めろ! こ、これ以上、笑わせるなって…………っ! ふっ、ふくくっ」


 魔工房見学中は鳴りを潜めていたクロウの笑い上戸が盛大に発動した。

ネコーたちのクロウの紆余曲折の末、にゃんごろーは笑いの発作中のクロウのことを、端っこマスターの修行をしているのだと思い込むようになった。端が転がっても…………から派生して、クロウは笑いの伝道師・端っこマスターの称号を子ネコーから授かったのだ。

 にゃんごろーのお豆腐ぶりがツボにはまって笑い出したクロウを見て、にゃんごろーは「クロウが端っこマスターの修行を始めたから、にゃんごろーは、おにぎり我慢の修行を頑張ろう!」と決意を新たにした。それが、またクロウのツボにがっちりハマってしまったようだ。

 クロウは、長老を抱えたカザンの正面で、しゃがみ込んでいた。記録係をしながら、長老がご乱心して、万が一カザンの手から逃れた時の捕獲要員も兼務していたのだ。

 しかし、今は、そのどちらの役目も果たせそうもなかった。

 抑えきれない笑いを堪えようと畳の上で背中を丸め、全身を震わせている。呼吸もままならない有様だった。

 幸いにも、食堂から差し入れられたおにぎりのおかげで、長老の野生化は抑えられている。クロウがお役目放棄状態でも、しばらくは持ち堪えそうだった。

 正座をしているカザンと、震えるクロウの頭の間に、ノートが開いた状態で横たわり、その上にペンが転がっている。

 カザンは、呆れているのか気にしていないのか読み取れない凪いだ目線をノートに向ける。

 そこには、冒頭に至るまでの過程が、意外と丁寧な字でしたためられていた。

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