第240話 お豆腐な石

 パカッと問題に片が付いたところで、新しい魔法技術と商売に思考を巡らせていたレイニーが、一通りの算段をつけて見学会に舞い戻ってきた。

 レイニーは、改めてにゃんごろーが作った魔法石への評価を述べた。


「うみゅ。芸術点は高いのかもしれないが、魔法石としての価値は皆無なんだにゃ。芸術性を高めることに、魔法の力を使い果たして、魔法石そのものには魔法の力が全く残っていないんだにゃ。というか、魔法の力で作ったというだけで、最早これは魔法石ではないんだにゃ」

「ほぇほぇ…………?」


 なかなかに辛口だったが、言われたにゃんごろーは、あまり意味を理解していないようだ。分かっていないお顔で、首を傾げている。

 先輩ネコーであるキラリがフォローを兼ねた解説をしてくれた。


「あ、あのね。ハ、ハマグリをお豆腐にするために、ま、魔法の力を全部、使っちゃったから、で、出来上がった、石には、魔法の力が、全然、なくって。だ、だから、これは、魔法石じゃ、なくて、魔法で作った、げ、芸術的な、石? え、えと。魔法石じゃないけど、初めてで、ちゃんと石が作れるのは、す、すごいと思う」

「ほぇ? こりぇ、まひょーしぇきら、にゃいの? はっ! らから、ちゃべられにゃい…………?」


 キラリのフォローは正しく届かなかった。

 にゃんごろーは明後日の方向だが、お豆腐的には真正面である結論を導き出した。

 それを、キララが他意なく拾い上げ、きゃらきゃらと笑いながらいい感じにまとめ上げる。


「つまり、これは、魔法石じゃなくて、お豆腐石ってことね! すごいわ、にゃんごろー! 初めてで、いきなり新商品開発なんて!」

「おとーふしぇき?」

「な、なるほど、たしかに。ま、魔法石じゃなくて、お豆腐石。ふふ、ま、魔工房では役に立たないけど、う、うちのお店でなら、売れるかも」

「でしょ!」

「ほ、ほほぅ? おとーふしぇき。にゃんごろーは、まほーしぇきらにゃくちぇ、おとーふしぇきを、つくっちゃっちゃのきゃ」

 一部、他意のない辛辣な意見も混じっていたが、幸いにもお豆腐子ネコーのお耳を素通りしたようだ。それなりに褒められているらしきことを感じ取って、にゃんごろーは満更でもなさそうだ。

 キララはにゃんごろーに、きゃわきゃわとおねだりをした。


「ねえねえ、にゃんごろー。わたしにも、お豆腐石を作ってよ! ハマグリじゃなくて、もっと可愛いスイーツとかのお豆腐石がいいな! うふふ。子ネコーが魔法で作ったスイーツのお豆腐石! これは、お店でも売れるわね!」

「う、うん。いいと思う。わ、わたしも、欲しいな。卵焼きのお豆腐石とかも、可愛いと思う。あ、あと。お豆腐のお豆腐石とか、面白い、かも」

「ほぇ? ふちゃりちょも、にゃんごろーのちゅくっちゃ、おとーふしぇきら、ほしいにょ?」


 姉妹ネコーたちに、お豆腐席を作って欲しいと強請られて、にゃんごろーはお目目をパチパチさせた。そんなことを頼まれるとは思っていなかったので、お首を傾げながら、ふたりに尋ねる。

 ふたりは、もふもふズズイとにゃんごろーにお顔を近づけた。


「うん! お願い! にゃんごろー!」

「は、はい。お願いします、にゃんごろー」

「ほ、ほわぁあ! ま、まかせちぇー! うふふふ! うれしぃー!」


 にゃんごろーは舞い上がり、ぽふんと胸を叩いて請け負った。お友達からお願いをされるなんて、初めての経験なのだ。

 大喜びの大張り切りだった。

 請け負った後は、両方のお手々を頬っぺたにあてて、もふっり、もっふりと体を左右にひねり出す。

 お願いを引き受けてもらった姉妹ネコーたちよりも大喜びで、もふ毛の先から小花がポンポンと飛び出してきそうだった。

 微笑ましい様子に、記録係のクロウの口元も自然に緩んでくる。

 ほんわりした時間を断ち切ったのは、工房の主であるレインボーネコーだった。


「うみゅ。では、オチもついたところで、お開きとするんだにゃ。子ネコーたちよ、お片付けの時間なんだにゃ。散らかした貝殻を、ビンの中に戻すんだにゃー。あ、三にんで、順番に戻していくんだにゃ」

「はーい!」

「はい!」

「はい」


 レイニーが、元々貝殻が入っていたビンを、貝殻平原の脇へコトリと置いた。それは、先ほどレイニーが子ネコーたちに翳していた空きビンでもあった。

 子ネコーたちは名残を惜しむ風でもなく、素直にお返事をして、言われた通り、順番に貝殻をビンの中に戻していった。

 レイニーは、「みゅふふ」と含み笑いながら、暗幕方面へキュピンと目を光らせる。獲物を狙う、ハンターのお目目だ。狙われているのはもちろん、暗幕裏の子ネコー過激派たちだ。


 それで、クロウは察した。


 レイニーは、子ネコー過激派相手にアコギな商売をするつもりなのだ、と。

 子ネコーの可愛い成分をふんだんに取り入れた魔法石ですなどと謳えば、過激派たちは言い値を支払うだろう。

 ただレインボーなだけの職人ネコーかと思ったが、レイニーはしたたかな商売ネコーの一面も持っているようだ。

 仕事を頼むときは気をつけようとクロウは認識を新たにしたが、記録には残さないことにした。


「おかちゃりゅけ、れきちゃよー!」

「うみゅ。よくやったんだにゃ。それでは、これにて魔工房見学はおしまいなんだにゃ」


 お片付けが終わり、にゃんごろーが中身の減った貝殻のビンをレイニーに差し出した。レイニーはニンマリ笑ってビンを受け取る。


「ではでは。これにて、解散!」

「はい!」

「はーい!」

「はい」


 キュピンと光るお目目を暗幕へ向けて、レイニーが宣言した。語尾の『にゃ』が抜けている。心は既に商談の場に飛んでいるようだ。

 暗幕ロックオン中で、子ネコーたちのことは眼中にない様子のレイニーだが、子ネコーたちは気にした様子もなく、元気にお返事をした。それから、律儀にもお礼を述べる。


「ありあちょーごりゃーみゃーしちゃ」

「レイニーさん、ステキなレインボーをありがとう!」

「あ、ありがとう、ございました。ま、また、来ます」


 三にんの子ネコーは、もふもふペコリとお辞儀をした。

 レイニーからのお返事はなかったが、子ネコーたちはあっさりと気持ちを切り替え、来るお昼ごはんのことを話しながら、何の未練もない様子で出入り口へ向かって、もふもふと歩き出す。


 こうして、魔工房見学は、とてもネコーらしく終了した。

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