第239話 長老のお力

 これでダメなら、もう本当にパカッとやってみせるしかないだろうな、と覚悟をきめつつも、クロウは今度こそイケるはずだと確信していた。


「ちびネコー、それは、食べられないハマグリだ」

「もー! まら、しょんにゃこちょを…………」


 声を落として告げるクロウに、にゃんごろーはプンとむくれて、両方のお手々を振りかざした。

 もちろん、これはただの導入、想定の範囲内、勝負はこれから、だ。


「ちび……いや、にゃんごろー。長老さんを見てみろ」

「ほえ? ちょーろー?」


 にゃんごろーのお怒り三角お目目が真ん丸になった。そう言えば、というお顔だ。魔工房見学が始まってから、長老はずっと大人しくしていた。大人しく屍になっていた。加えて、子ネコー仲間がいたこともあり、にゃんごろーは長老のことをすっかり忘れていた。

 クロウは、真ん丸お目目のにゃんごろーと、しっかりと目を合わせてから、真ん丸を誘導するように長老へと視線を流した。にゃんごろーは素直に、クロウの視線を追いかける。

 追いかけていった先で、長老は。

 長老は、カザンに抱っこされて、虚ろな瞳で自分の尻尾の先をハモハモしていた。

 その姿を真ん丸に映したまま、にゃんごろーは、動きを止めた。

 子ネコーのぬいぐるみが、出来上がる。

 まだ何も言っていないのに、なぜ、ぬいぐるみ化したのか理由が分からず、クロウは話を続けていいものかどうか迷った。

 ぬいぐるみは、ひとりで勝手に子ネコーに戻った。

 にゃんごろーのお口がパカッと大きく開いて、絶叫が飛び出した。


「……………………はぁあぁあぁああぁぁあ。ほ、ほんちょうら。ちゃしきゃに、きょんにゃ、かんちゃんにゃこちょに、きじゅかにゃかっちゃにゃんちぇ…………。あぅうう~」


 クロウが説明するまでもなく、にゃんごろーは長老の存在を思い出しただけで、クロウが言いたいことをすべて察したのだ。長老は長老だというだけで、その役目を果たしてくれたようだ。長老自身は何もしていないのに、実にいい働きぶりだった。


「うん、まあ、そういうことだ。これが、食べられるハマグリなら、長老さんが大人しく屍になっているわけないからな。ちびネコーがどうにかする前に、うまいこと言ってだまし取って、今頃は長老さんの腹の中に納まってたはずだぜ」

「うぅうううう。しょのちょーりぃ。これら、ちゃべられるハマグリャーにゃら、ちょーろーがまほーでパカッちぇしちぇ、パックってしちぇ、ゴックンしようちょしゅるよねぇ。ちょーろーら、あんにゃおかおれ、しっぽをおしゃぶりしちぇるっちぇこちょは、こりぇは、ほんちょに、ちゃべられにゃい、ちゃらの、いし、にゃんら…………」

「あー、まあ。お豆腐的には失敗かもしれんけど、魔法石作りは成功したんだし、元気出せよ?」

「うぐぅ~」


 お豆腐的に大成功していたらハマグリは長老に瞬殺されて、むしろ大参事だったな、と思いながら、クロウはにゃんごろーを慰めるが、がっくりと肩を落とした子ネコーに、その声は届いていないようだった。


「うみゅぅう。らいしぇーきょーらちょおもっちゃのに、らいしっぴゃいらっちゃにゃんちぇ…………。うぅう、にゃんごろー、にゃっくり…………」

「う、うん、だから、魔法石はちゃんと出来ただろ? 魔法の修行的には、成功だろ?…………てゆーか、にゃっくりって、がっかりってことか? 新しいちびネコー語だな。メモッとこう」

「うう、クリョー」

「ん? なんだ?」

「これ、クリョーにあげりゅ」


 しょぼくれたお顔のまま、にゃんごろーは床に置いてあったお豆腐魔法石を両手で持ち上げると、クロウに差し出した。

 クロウは、首を横に振った。


「い、いや。せっかくの記念なんだから、ネコー部屋にでも飾っておけよ」

「えー? でも、ちゃべられにゃいし。くいしんびょーのクリョーにゃら、ほしいかちょおも…………はっ! クリョーは、くいしんびょーにゃんらから、ちゃべられにゃいのは、いらにゃいよね。ごごみぇんにぇ、クリョー。にゃんごろーが、うっきゃりしゃんらっちゃ」

「ぐぅっ、こ、こいつ…………」


 お豆腐子ネコーに不本意な気の遣い方をされ、クロウは唸り声を上げた。追い打ちをかけるように、姉妹ネコーたちから、クスクスと笑い声が漏れ聞こえてくる。クロウは「ぐぬ」と眉間に皺を寄せた後、何かを諦めため息を吐き、もう一度お豆腐子ネコーに助言をした。


「あー、もう。何でもいいから、それはネコー部屋に飾っておけって」

「えー? れも、これ、みちぇるちょ、おなから、しゅちちぇきちゃう。おへやれ、いっちゅも、おなきゃら、ぎゅるぎゅるぎゅるるんに、にゃっちゃう」

「……………………」


 しかし、にゃんごろーはクロウの投げやりな助言に「むぅ」とお顔を顰めて難色を示した。そのあまりにもお豆腐な理由に、クロウは何も言えなくなる。

 半眼で、「どうしてくれようか」と子ネコーを睨みつけていると、子ネコーはハッと体を震わせ。お目目を見開いた。もふ毛がわさっと揺れる。


「しょら! わしちゅ! こりぇは、わしちゅにおきょう! しゅびゃらしい、きゃんらえ!」

「は? なんで、和室?」

「わしちゅは、ごひゃんをちゃべるおへやらから! まひょーしぇきをみちぇ、おなからしゅいちゃら、いっぴゃいごひゃんをちゃべれりゅようににゃる! ぴっちゃし! うふふ!」

「ああ、うん。魔法の力かは分からんけど、食欲を刺激する魔法石ではあるよな」

「しょーれしょ! らいしっぴゃいかちょおもっちゃけりょ、やっぴゃり、らいせいこーらっちゃ! みゅふふ! こりぇは、しゅばらしい!」


 にゃんごろーは、お豆腐魔法石を頭上に翳して、涎交じりのお顔で嬉しそうに笑った。

 そこに、ついに本格的に笑い出した姉妹ネコーたちの笑い声が被る。もちろん、ふたりは、お豆腐的成功を祝って笑っているわけではなく、にゃんごろーの可愛いお豆腐ぶりが可笑しくて笑っているのだ。


「うん。そうだなー…………」


 笑い上戸のはずのクロウだったが、この時は子ネコーたちの笑い声の輪に加わることはなかった。

 クロウは疲れた顔でペンを動かし、本日限定の本来の職務を静かに全うした。

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