第238話 屍長老と希望の星
唇を一舐めして湿らせ、ノートの余白にグルグルと円を描きながら、クロウは言葉を紡いだ。
勝算のない見切り発車だったが、それでもやらねばならなかった。
「いいか、ちびネコー。絵に描いてある美味しいものを取り出そうと、絵が描いてある紙をビリッて二つに破いたら、どうなると思う?」
「かみちょいっしょに、おいしいえも、ビリッちぇふたちゅににゃっちゃ。おいしいのは、れちぇこにゃかっちゃ。えほんを、やびゅいちゃらいけましぇんっちぇ、にゃしろーに、おきょられちゃ…………」
にゃんごろーは、クロウの質問に正直に答えた。美味しいものが描かれた絵本を破るという蛮行は、すでに経験済みのようだ。蛮行を決行後、本好きの兄弟ネコーにゃしろーに怒られたことを思い出して、にゃんごろーはお顔を「へにょり」とさせた。
さすがのお豆腐子ネコーぶりに、クロウは呆れると同時に感心しつつも、経験済みなら話は早いとばかりに畳みかけた。
「ちびネコー、ビリッとパカッは、一緒なんだよ」
「ほえ?」
「この魔法石をパカッとしても、中の美味しそうなのも、石と一緒にパカッと二つに分かれるだけで、取り出せたりはしないんだよ。魔法石の中のハマグリは、絵本の中の美味しい絵と同じなんだよ」
「しょんにゃこちょ、ないよ! らっちぇ、こんにゃに、ほんみょの、らのに! こりぇが、えひょんのえちょは、ちらうもん!」
ふたりは、「むむむ」と睨み合う。
今回も、話は平行線だった。
お豆腐子ネコーへの説得は、一筋縄ではいかないようだ。
クロウは「むむむ」の顔のまま、床の上のお豆腐魔法石へ視線を落とす。
石の中のハマグリが、精巧を通り越してお豆腐すぎる出来栄えなのがいけないのだ。
透明な魔法石の中の、プリプリに蒸したてなハマグリ。作りたてホカホカなハマグリのバター蒸しを、そのまま魔法で閉じ込めてみました♡――――と言わんばかりの見事な出来だ。クロウだって、見ているだけで涎が出てきそうだし、腹が鳴りそうだった。
材料が貝殻だと知らなければ、キラリに食べられないと教えてもらっていなければ、にゃんごろーと一緒に取り出す方法を考えていたかもしれない。
それほどに、お豆腐心を擽る出来栄えだった。
いっそ、画用紙にクレヨンで描いた落書きと同じレベルのハマグリだったら、話は簡単だっただろう。それだったら、ビリッとパカッは同じことなのだと、にゃんごろーだって納得したはずだ。
出来栄えがお豆腐すぎるのがいけない――――と、クロウは子ネコーの意外な才能を恨んだ。
もう、実際にパカッとやってみせればいいんじゃないか、とも思うが、にゃんごろーが初めて作った記念の魔法石なのだ。食べられない中身のために割ってしまうのは、忍びない。
クロウは、ダメもとでもう少し粘ってみることにした。
「えっと、だから、これは、本物そっくりのとても上手に出来たハマグリの模様なんだよ。だから、パカってしても、模様ごと二つに分かれるだけだ」
「ええー? しょんなこちょ、やっちぇみにゃいちょ、わきゃらにゃいれしょ!…………はっ! クリョー、もしかしちぇ、にゃんごろーきゃら、ハマグリャーをちょりあげようちょしちぇ、しょんにゃ、うしょを…………! ちゃべれにゃいっちぇ、うしょをちゅいちぇ、にゃんごろーがあきらめちゃら、ちょりあげちぇ、ひちょりでこっしょり、ハマグリャーをちゃべるちゅもりなんれしょ! しょんにゃこちょ、ゆるしましぇんよ! こりぇは、にゃんごろーのハマグリャーにゃんらからね! めっ! ほしかっちゃら、くりょーのも、あちょれ、ちゅくっちぇあげりゅきゃら!」
「……………………………………………………」
ノート端のグルグル落書きから、ザーッと線が滑り落ちていった。線を描き切りノートから飛び出したペンをうっかり取り落としそうになったが、すんでのところで堪えた。
まさか、説得相手の子ネコーから怒られた上に宥められるとは思わなかった。
もう、パカッとしたところまで含めて今日の記念ということでいいのでは、とやさぐれた気持ちになってくる。
クロウは背中を丸めて、恨みがましく長老へ視線を投げつけた。
長老が屍になどなっておらず、子ネコーをうまいこと丸め込んでくれていれば、クロウがこんな目にあわずに済んだのだ。
(くっそう、長老さんが、あんな状態でなければ! 長老さんさえ…………ん? 長老さん?……………………そうか、長老さんだ!)
丸まっていたクロウの背中がピンと伸びた。
カザンに抱かれ、尻尾をハモハモしている屍長老の姿を見て、天啓を得たのだ。
濁りかけていたクロウの瞳は、一瞬で澄み渡り、星を宿した。
希望の星の煌めきが、クロウ自身を照らしてくれた。
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