第235話 見事なお豆腐が出来ました。
ジュルゥリゴックン。
――――と、お豆腐音が響き渡った。
にゃんごろーが、涎を啜り上げ、飲み込んだ音だ。
お豆腐なイメージが固まり切ったようだ。
子ネコーのお手々が、グルグルを始める。
レイニーやキラリに比べると、ゆっくりとしたグルグルだった。迷いがあるから、というわけではないことは、そのお目目を見れば分かった。
子ネコーのお目目に宿った光に、揺らぎはない。
たった一つの目指す未来を、まっすぐに見つめているのだ。
グルグルがゆっくりなのは、慎重になっているからだ。
お豆腐のためだからこそ、お豆腐に心を乱されることなく、ゆっくり慎重に確実に、魔法を編み上げているのだ。
一世一代の大仕事にすべてを捧げる職人のような気迫が感じられた。研ぎ澄まされつつも、燃え上がる気迫の炎に、ジリジリとお豆腐が焼け焦げていく。いい焼け具合だ。
グルグルが、止まった。
「ん――――にゃ!」
魔法発動の掛け声は、師匠から先輩を通じて後輩へと、着実に引き継がれたようだ。
問題は、この後だ。
キララにも出来たという、材料粉々までは、順調に進んだ。丘の上の巻貝だけでなく、丘になっていた貝殻たちも、粉々だった。粉々になって、空中で渦巻いている。
そのまま霧散してしまわないか心配になったが、子ネコーはうまく制御しているようだった。貝殻だった粉々は、渦を巻いてはいるものの、翳した子ネコーの両手の中に納まっている。
「にゃ!」
子ネコーが叫んだ。
渦巻が、ギュギュっと収束していく。
始まってしまえば、あっという間だった。
ギュギュっとなったと思ったら、もうギュッとしていた。
そして、見事なお豆腐が出来上がった。
「ふー。れきちゃぁー」
子ネコーは笑顔を浮かべ、やりとげた気持ちと共に、詰めていた息を吐き出した。
「お、お豆腐ね…………」
「お豆腐だな」
「こ、これが、にゃんごろーの、お豆腐……………」
「ふみゅ? 初めてでちゃんと形になるとは、なかなか大したもの…………ん? お豆腐、にゃ? 確かに、四角い魔法石だにゃー、けど、お豆腐では、ないんじゃないかにゃ?」
見守り隊は、感心しながら感想をもらした。
にゃんごろーは、難易度高めの『いっぱいをギュッ!』の魔法を初めてで大成功させたというのに、レイニー以外に、それを褒めるものはいなかった。お豆腐を知る者たちは、お豆腐以外に、言うべき言葉が見つからなかったのだ。
“お豆腐”を知らないレイニーだけが、にゃんんごろーの魔法への感想を述べていたけれど、それも途中で“お豆腐”への疑問へすり替わる。
みんな、出来上がった“お豆腐”に注目していた。
にゃんごろーが作り上げたのは、透明な四角い魔法石だった。
子ネコーの両手にちょうどいい大きさだ。クロウならば、片手にジャストフィットな大きさでもある。
魔法石の中には、“お豆腐”が入っていた。といっても、お豆から作る、本物のお豆腐ではない。
にゃんごろーが貝殻から作り上げた“お豆腐”は、ぱっくりとお口を開けたハマグリだった。お口の中では、ぷっくりふっくらツヤツヤな身がホコホコしている。ハマグリは、パセリでおめかししていた。体の半分を、自身から出たお出汁に浸している。ほんのり黄色がかかったお出汁には、油が浮いていた。解けたバターだと思われる。
ホコホコと立ち昇る湯気まで閉じ込めた、ハマグリのバター蒸し入り魔法石。
匂いがしてこないのが不思議なくらいの、美味しい見た目の再現率。
見事な出来栄えだった。
見事なお豆腐魔法石の完成だった。
「ふぅみゅ?」
にゃんごろーは、お豆腐魔法石を両手で持ち上げると、ペロリとなめた。そして、パチパチと瞬いて、不思議そうにお首を傾げる。「思っていたのと違う」といったお顔だ。おそらく、何も味がしなかったのだろう。
にゃんごろーは、お豆腐魔法石を床に戻して、爪の先でトントンと叩いた。それから、ガリガリと引っ掻いてみる。
魔法石には、傷一つつかなかった。
にゃんごろーは、少し考えてから、またお豆腐魔法石を両手で持ち上げ、思い切りよく頭上に掲げた。
ここで、クロウが待ったをかける。
振り上げたにゃんごろーの片手を軽く握り、お豆腐魔法石をもう片方の手のひらで押さえながら、待ったをかけた。
「待て、待て、待て! おまえ、魔法石を床に叩きつけるつもりだろ!? そんなことして、割れた破片が飛び散って、誰かが怪我したり、床に傷がついたりしたら、どうするんだよ!?」
「はっ!? しょ、しょれは、よくにゃいね。にゃんごろー、はんしぇい!」
クロウに諫められて、お豆腐に取りつかれていた子ネコーは、正気を取り戻したようだ。大丈夫そうだなと判断したクロウが手を離すと、にゃんごろーはお豆腐魔法石を床に戻して、もふもふペコリと頭を下げた。
それから、にゃんごろーは、レイニーへお顔を向けて、こう尋ねた。
「しょれれ、こりぇは、ろーちゃっちぇ、なかみを、だしぇば、いいの?」
「んにょ? な、中身? 魔法石の強度を確かめていたんじゃないのかにゃ?」
「ううん。なかみを、らしちゃいの」
お豆腐に馴染みのないレイニーは、職人らしいセリフと共に首を傾げた。どうやら、レイニーは、にゃんごろーのお豆腐奇行を魔法石の強度チェックのためだと思っていたようだ。もちろん、そんなわけはない。
にゃんごろーは、もう一度お豆腐要求を伝え、両手で卵をパカッと割るみたいな仕草をした。
期待を込めたお目目で、レイニーを見つめている。
閉じたお口の端から、ジルジルと涎が滲み出ていた。
大変に分かりやすい。
子ネコーが何を求めているのかなんて、聞くまでもない。
ある意味、期待通りで予想通りな結末だ。
『魔法石の中身を取り出して食べたい』
それは、実にシンプルでお豆腐な願いだった。
クロウとキララは、お豆腐魔法石が完成すると同時に、子ネコーのお豆腐な野望に気づいていた。お豆腐初心者であるキラリも、にゃんごろーのお願いを聞いて、「なるほど、これがお豆腐魂なのか」と理解した。
けれど、お豆腐事に関心のない職人ネコーは、子ネコーの要望とは別方向へ思考を巡らせ始めたようだ。
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