第234話 子ネコーの挑戦

 もふもふお手々が、貝殻平原へ「にょにょっ」と伸びていった。お手々は、「わしっ」と貝殻平原の一角を掴むと、無造作に「ズズイ」と引き寄せる。

 にゃんごろーの前に、小高い貝殻丘が出来上がった。

 その天辺に、にゃんごろーは巻貝を載せた。

 魔法石用にと厳選した巻貝だ。


「にゃんごろーったら、さっそく『いっぱいをギュッ!』を試してみるつもりなのかしら!? それとも、あれは、ただの台座? 巻貝のベッド? お皿? 丼?」

「流れ的には、レイニーさんに触発されて、初心者のくせにいきなり挑戦してみたくなったってところなんだろうけど、お皿とか丼とか言われると、その可能性もある気がしてきたな」


 キララは、にゃんごろーの邪魔にならないようにと声を潜めたりはせず、「にゃっ」と騒いだ。興奮しているようだ。クロウはそれに、声を潜めて冷静に答えた。

 キララの声は大分騒がしかったが、にゃんごろーは反応しなかった。

 森の子ネコーは、丘の上の巻貝をジッと見つめている。


「にゃふっ」


 可愛いお口から、思わずと言ったように笑みがこぼれ、ついでに、ポタリポタリと涎が滴り落ちた。

 ちょうど、巻貝の上に。

 ポタリポタリは、ダラリダラリに変わっていった。

 にゃんごろーは、お口を涎で濡らしながら、真剣なお顔で、涎にまみれていく巻貝を見つめている。

 イメージを固めているのだろう。

 お豆腐な魔法石が生まれそうだということだけは、とてもよく伝わってきた。

 お手々グルグルは、まだ始まりそうもないので、クロウはレイニーへ取材を試みることにした。


「レイニーさん、聞いてもいいですか?」

「みょ? 魔法石のことかにゃ? それなら、別にかまわないんだにゃ」

「ありがとうございます。えっと、一つの材料から一つの魔法石を作るよりも、たくさんの材料から作る方が、やっぱり難しいんですか?」

「うーみゅ。まあ、そうかにゃー。いっぱいのごちゃごちゃをスッキリさせないと、いい感じの魔法石は、出来ないんだにゃー」

「わ、わたしは、『いっぱいをギュッ!』するのは、苦手、です。二つか、三つを『ギュッ!』するなら、出来るけど」

「わたしは、ひとつでも、いっぱいでも、そもそも魔法石を作るのが、苦手ー!」


 取材には、キラキラ姉妹も途中参戦してきた。見習い視点からの意見も聞いてみたかったので、キラリの参戦はありがたかった。得意そうな顔で「はい!」と手を上げて乱入してきたキララの元気すぎる主張は、魔法石の知識を得る役には立たなかったけれど、クロウは苦笑と共に受け入れた。キララの個性なのか、ネコーの特性なのか。無理をしているわけではなく、ごく自然に、苦手を前向きに受け止める姿勢は好感が持てる。羨ましいくらいだった。

 ザっとメモを取ると、クロウは次の質問に移った。次の質問は、レイニーとキラリの話を聞いたうえでの、ある懸念を交えた内容だった。


「えーと、そうすると。もし、ちびネコーが『いっぱいをギュッ!』するつもりなら、初心者のくせに、初っ端から無謀なチャレンジをしてるってこと、ですよね? だ、大丈夫なんですかね? 失敗して、大泣きするハメになったり、しません?」


 クロウの心配も、もっともだった。

 『いっぱいをギュッ!』方式は、先輩ネコーであるキラリだってマスターしていない難易度が高いやり方なのだ。つまり、初心者がいきなり、上級者コースに挑戦するようなものだ。つまり、つまり、大失敗の可能性が非常に高いということだ。

 魔法が不発に終わっただけで、材料の巻貝に被害がないならば、まだいい。だが、キララのように、材料が塵と消えただけで何も作れない類の大失敗だった場合、面倒なことになりそうだった。森の子ネコーは、描いていたお豆腐を生み出せず、お豆腐の種とも言うべき巻貝を失ったことを、大いに嘆き悲しむだろう。

 そうならないためにも、最初はやっぱり初心者コースから始めるべきなのでは、とクロウは遠回しに提言したつもりだったのだが、レイニーはカラリとした笑顔で無情かもしれないことを言った。


「その時は、その時、なんだにゃー」

「え? ええ!? いや、でも、ほら? 最初からいきなり躓いたら、それだけで、もう魔法石づくりへの興味とか、失くしちゃったりするかもしれませんし。そうならないためにも、簡単なヤツから、順番にマスターしていった方が、いいんじゃないんですかね?」


 それならば、泣かしておけばいい!――――とでも言わんばかりの放任発言に、クロウは動揺して慌てた。動揺のままに、慌てて食い下がってみた。今度は、子ネコーの大泣き案件ではなく、後継者育成問題の観点から攻めてみた、が。

 結果は、同じだった。


「それは、それなんだにゃー。縁がなかったってことなんだにゃー。縁があれば、またどこかで、フッと魔法石のことを思い出して、やってみたくなったりするかもなんだにゃ。その時には、やりたいことをうまくできるようになっているかも、なんだにゃー」

「う、いや、でも…………」

「みゅー、人間は、手順とか順番とか、大事みたいだけどにゃー。ネコーの魔法は、やりたいことをやりたいようにやった方が、うまくいったりするんだにゃー」

「…………そういうもの、ですか」

「そういうもの、なんだにゃー。大体、あんなに集中しているのに途中で邪魔をしたら、それこそ、やる気をなくしてしまいかねないんだにゃー」

「う、それは、確かに…………」


 攻防の末、クロウはレイニーの緊張感のない主張に白旗を上げた。ネコーにネコー流を主張されては、降参するしかない。

 それに、レイニーの言う通り、にゃんごろーは、涎まみれとはいえ魔法石作りに真剣に取り組んでいる。集中している最中に邪魔をしたら、材料の巻貝は手元に残るかもしれないが、今生み出そうと描いているモノが消えてしまうかもしれないのだ。掴み取る前に、描いている最中に邪魔されたアイデアは、フッと掻き消えて、二度と形にならないかもしれないのだ。

 止めるなら、せめて丘を築いた時に声をかけるべきだったのだろう。

 イメージが形になりつつある今、それをすべきではないとクロウは判断し、納得した。

 本当に問題があるなら、長老が口を出すだろう、とも思った。

 長老が今、どんな顔をしているのか確かめようと、クロウは入口方面へ視線を流し、固まった。

 長老は、カザンに抱きかかえられたまま、虚ろな瞳で自分の尻尾の先をしゃぶっていた。尻尾の先は、べっちょりと濡れそぼっている。

 にゃんごろーの出番になっても口を挟んでこないと思ったら、空腹のあまり、軽く屍になっているようだ。

 しばらく無言で見つめた後、クロウは、にゃんごろーに視線を戻した。


 何も見なかったことにしたのだ。


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