第236話 レインボーに火が着きました。
にゃんごろーの望みは、至ってシンプルだった。
『魔法石の中のハマグリのバター蒸しを取り出して食べたい!』
ただ、それだけだ。
可能かどうかはともかく、お豆腐子ネコーらしい、お豆腐心溢れるシンプルな願いだ。
クロウとキララは、「やっぱり」もしくは「そんなことだと思った!」と完成したお豆腐魔法石を見るなり気がついた。キラリもその後のにゃんごろーの発言を聞いて、遅れて「なるほど」と納得した。
しかし、工房の主であるレイニーは、にゃんごろーの言動によって、お豆腐は一切関係ない閃きを得たようだ。
レイニーは、「卵をパカッ」の動きをしたにゃんごろーのお手々をジッと見つめていたかと思うと「ふみゅ」と頷いて立ち上がった。レイニーは、顎を肉球で撫でさすりながら、工房内を行ったり来たりし始める。
工房奥の棚の手前で、暗幕方面へ向かったり、暗幕方面から離れたりと、暗幕内メンバーへ大サービスをしながら、「卵をパカッ」の仕草に触発されて浮かんで来たアイデアを捲し立てる。
「ふむ、ふむ。卵をパカッの魔法か。魔法石を使った、割れ物や貴重品、芸術品の運搬などに使えそうだな。青猫号でも需要がありそうだ。閉じ込める方は、私がなんとかするとして、問題は取り出す方だな。うーん、人間の魔法使いでも簡単にパカッと出来るように、あらかじめ魔法を組むとして…………。だが、魔法使いなら、誰でもパカッと出来てしまっては、中身が貴重品の場合、問題があるな。魔法の鍵と鍵穴のようなパカッを考えねばなるまいな…………。ふむむむむ」
カラフルな尻尾をふっさふっさと揺らしながら、行ったり来たりを繰り返すレインボーネコー。
キラリは「さすが、レイニーさん」と大きすぎるひとり言に聞き入り、キララは、ひとり言はそっちのけで、うっとりとレインボーの軌跡を見つめていた。
クロウは、お豆腐子ネコーのお豆腐な仕草を新しい魔法技術と商売へと発展させたレイニーに感心しつつ、本ネコーの宣言通り、あの「ミャア」と「にゃ」は、好感度チェックと好感度アップのための一人称で語尾だったんだな、と遠い目になった。
そして、切っ掛けを作ったお豆腐子ネコーはと言うと――――。
「あの、こりぇ、にゃぅ…………」
レイニーを見つめ、お豆腐魔法石を見つめ、レイニーを見つめ、お豆腐魔法石を見つめ…………。
今のレイニーからお答えを貰うのは無理そうだと分かって、しょんぼりと肩を落とした。
その後もしばらく、レイニーとお豆腐魔法石の間で、お目目の行ったり来たりを繰り返していたが、突然「はっ!」と体を震わせて、キラリにお顔を向けた。
「ね、ねえ! キラリにゃら、なきゃのかいを、ちょりらしゅほうほう、わきゃる…………?」
「へ? え、ええ? え、と、あの、その…………」
期待の眼差しを向けられたキラリは、言葉と目線を彷徨わせてから、縋るような眼差しをクロウへ送った。
それで、クロウは理解した。
『あ、無理なんだな』――――――――と。
何と言って誤魔化そうかと考えた後、クロウはストレートに事実を告げることにした。余計な小細工をせず、手っ取り早く片をつけようと考えたのだ。
「ちびネコー、あきらめろ。それは、全部ひっくるめて、石だ。中身を出せても、それは食べられない」
「え? れも、らっちぇ、こんにゃに、おいししょうにゃのに…………?」
にゃんごろーは、びっくり困惑のお目目でクロウを見上げた。叶えてあげられない期待の直撃から逃れられたキラリは、「ほっ」と息を吐いてから、「押し付けて、ごめんなさい」のお顔になった。クロウはそれに、苦笑と共に小さく頷いてから、説得…………を続ける。
「ああ。それは、つまり、絵に描いた美味しいもの、ってことなんだよ」
「え? えひょんの、おいしいものと、おなりっちぇこちょ? れも、えひょんのえは、おいしそうらけろ、にせものれしょ? しょれは、にゃんごろーも、わきゃる。けろ、れも、きょれは、ほんみょのら、はいっちぇるようにしきゃ、みえにゃいよ? パカッちぇしちゃら、ちゃべられしょうらよ?」
しかし、にゃんごろーは、なおも食い下がった。
目の前のお豆腐を前にして、あっさりとお豆腐心を引き下げるなんて、お豆腐子ネコーには出来ない相談なのだ。
絵本の中に描かれている美味しいものが食べられないことは理解できても、どう見ても本物の美味しいものにしか見えない魔法石の中のハマグリを諦めることなんて、出来ないのだ。パカってしたらアーンが出来そうなハマグリが、食べられないハマグリなんて、納得できないのだ。
クロウは「みゅぐぅ」と見上げて来る子ネコーを、「ええー?」と見下ろす。
気安く引き受けたはいいが、思っていた以上に、とんでもない難題だった。
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