第232話 てきらーにゃー

 キララ渾身の訴えは、カキンと真正面から打ち返された。


『美味しいものは、いつかは消える運命だ。だって、食べたらなくなっちゃうもん』


 ぐうの音も出ない真理を突きつけられて、言いたいことがうまく伝わらなかったキララは身悶えた。大事な貝殻を持っているお手々は振り回せないので、代わりに尻尾を大乱舞させ、ペシンペシンと床を叩く。


「だからぁ! もぉー! んんー、えっと、ええっと…………あ、そう! ほら、食べる前に、美味しいものが消えちゃったら! 今度こそ、にゃんごろーだって、お腹の底から悲しいでしょ!?」

「!!!!?!?…………にゃ、にゃ、にゃにゃ! しょ、しょしょ、しょれはっ! しょれは、きゃ、きゃなしいぃぃい! しょ、しょんにゃの、にゃんごろー、ないちゃうぅぅう! ちょーろも、ないちゃう、うううっ! しょ、しょーか、しょーゆこちょ、らっちゃのか! うん、キララのいいちゃいこちょ、わかっちゃ! しょれにゃら、しょーらにゃいね! うん! にゃんごろーも、『ちぇーらーにゃー』でいいちょおみょう! 『ちぇーらーにゃー』は、らいりなこちょなんらね! にゃんごろー、れんきょーににゃっちゃ!」


 にゃんごろーは、「ひょぉおおお」と亜空間に吸い込まれるようなお顔で恐れおののいた後、渾身のお豆腐をご披露し、それから、キララに向かって「うん、うん」と頷いた。

 どこまで本当に分かっているのかは別として、にゃんごろーなりにキララの想いを理解し、「適材適所」についても、何某かの学びを得たようだ。だが、発音が原型をほぼとどめていないせいで、言い出しっぺであるはずのキララに、最後までうまく伝わりきらなかった。


「そうでしょう、そうでしょう! 『ちぇーらーにゃー』は大事なのよ! それで、『ちぇーらーにゃー』って何のことだっけ?」

「ほにゃ? キララら、おしえちぇくれちゃんれしょ?」

「え!? そうだった!?」

「うん。しょーらっちゃよ?」


 にゃんごろーとキララは、お顔をもふっと見合わせて、それぞれ逆の方向へ首を傾げた。お目目を合わせたまま、ふたりのお顔がちょっぴり離れていく。

 キララのお目目が、ハチハチと瞬く。

 にゃんごろーは、釣られてパチパチと瞬きをした。

 それから、ふたりは。

 同時に、首を反対方向へ傾げていった。

 ふたりの目線が近づき、また離れていく。


 ハチハチ。

 パチパチ。


 ふたりは、瞬き合って、同時にくるりとクロウへお顔を向けた。

 そして、順番に叫んだ。


「りょしゅー!」

「出番だー!」


 突然のご指名だったが、クロウ助手は慌てず騒がず、少し考えた後、こう答えた。


「……………………あー、だから。適材適所、だろ?」


 クロウは、子ネコーふたりの齟齬の原因となった言葉だけを教えた。正解ではあるが、あまりにも素っ気ない説明だ。だが、それで十分だった。

 察しのよいキララには、それだけで通じたし、にゃんごろーは、どのみちにゃんごろーだ。


「あ! そっか! 適材適所! たしかに、言ったわね!」

「しょーしょー! ちぇきちぇきにゃーにゃー、ちぇきらーにゃー! みゃふふふふ!」

「あはは! ちぇきちぇきにゃーにゃー、ちぇきらーにゃー!」

「ふ、ふふ。ちぇきらーにゃー」


 にゃんごろーが、原形をとどめないソレを、独特の節で呪文のように歌い、笑い出すと、キララも真似をして、後に続いた。ふたりがあまりにも楽しそうだからか、それまで見守りに徹していたキラリも控えめに笑い、歌い出す。

 歌声と笑い声が、追いかけっこを始めた。

 時に肩を並べ、時に追い抜き、追い越され、どこまでも続くかと思われた可愛い儀式は、誰かが躓いて、それをみんなで笑い合って、そこでおしまいになった。

 みんな、楽しすぎて「はにゃはにゃ」のお顔になっている。

 最後に「ふー」っと一息ついてから、森の子ネコーが楽しい時間を締めくくるように言った。


「ちぇーらーにゃーって、ちゃのしいねぇ」


 その言葉を、そっくりそのまま書き取ったクロウは、儀式の顛末をこう書き記した。


『森の子ネコーが、適材適所の意味を正しく理解したのかは不明である』

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